第二十九章
赤ちゃん産ませてください
「んっ……、んん……、は、んん、ぁぁ……、はぁ……ゼ、ゼクラ、様、んっ!」
肌を隠すものを何一つ身に纏うことなく、言葉一つの発音も明瞭にならないほどに息づかいも荒く、それでいて、その見た目に反して、とでもいえばいいのか、一瞬たりとも放したくない意思表示のように、プニカが俺に力強くしがみついていた。
あたかも締め付けられている。いや、実際にこの加減のない感じはそう表現しても過言ではないだろう。いずれにせよ、必死だということには変わりない。
何かを堪えるようなくぐもったソレは、痛みなのか、快感なのか、それはさすがに当人にしか分かりようもないことだが、吐息にこもる色めいたものがその答えのように思えた。
「ドリンクは、飲まなくてよかったのか?」
再三の確認だ。この期に及んでは今更ではあるのだが。
「はっ……はぁ……ふぅ、はふ、ゼクラ様……ゼクラ様……」
どうも聞こえている感じがしない。肌と肌を擦るほどに近いのに、プニカのその潤んだ瞳は一体何を見つけているのか。俺の姿がその先にちゃんと映っているのか、ただただ不安になり、伸ばした手をプニカの後ろ頭へ。
そして指先と髪を絡めるようにして、優しく、そう優しく、撫でる。
そうすると、プニカも息を整えて、こちらに身体を委ねてくる。そしてそのまま継続するように、身体を揺するように動かす。野性的、はたまた本能的、という言葉が適切かどうかはさておいて、酷く、本当に酷く興奮気味だ。
耳元で聞こえる呼吸音が悲痛のソレに聞こえてしまったくらい。
だが、俺はプニカに対して言える言葉を喉奥につっかえさせたまま、吐き出すこともままならず、受け入れるように、抱き留めることで精一杯だった。
※ ※ ※
「すみません、ゼクラ様」
事を終えて、長めの沈黙をプニカが破る。そんな涙の痕を残した顔で言われてしまうと、あたかも俺が何か悪いことをしてしまったみたいじゃないか。
「何を謝る必要があるんだ」
ポンポン、と頭を撫でてやる。余計にまた泣き出しそうな顔をされてしまった。
プニカの心の内は誰の目にも明白なほど不安定だった。俺は俺のしてやれることをやるしかない。それ以上に踏み込むことはできない。
「
語尾をすぼめて言う。確かに今日のプニカは様子がおかしかった。
いや、その要因については理解しているつもりだが。
少なからずとも、妙に焦燥感に駆られているような、不安さを感じられた。きっと本人からしてもそのモヤモヤを払いきれないでいるのだろう。
「気にすることはない。俺はそんなこと、思ってないからな」
そんな俺の言葉もすり抜けてしまっているのだろうか。プニカの物憂げな顔は正直見ていられないものがある。俺にできることはないとでもいうのか。
「マスター・プニカ。お召し物の手配、それとこちらで顔をお拭きください」
横から入ってきたのは、プニカだった。正確に言うなれば、クローンプニカだ。
当然のことながら声も見た目もそのままプニカなので奇妙な感覚だ。
一応、俺の目の前にいるプニカは涙の涸れた顔をしているから、そこにいる無表情で感情の汲み取りにくいプニカとは区別がつくが、変な錯覚に陥りそうだ。
「ありがとうございます、プニカ
そういって、クローンプニカから端末越しにデータを受信して受け取り、タオルケットを顔に当てる。
今、『ノア』には何十人ものクローンプニカが存在している。彼女たちに与えられた指令は「コロニー『ノア』の保全」である。
現状、絶滅危惧種保護観察員たちが雑務も含め、そういった役割もこなしてくれているが、本来『ノア』は人類の管理下にある。あくまで、マシーナリーはサポート側という体面なわけだ。
クローンによって人員が確保された今、手の足らない部分はこうして補われているようになった。
ちなみに、このクローンプニカ、α4と呼ばれているが、彼女は主に管理者であるプニカ、つまりは今、目の前で顔をごしごしとタオルで覆っているプニカの世話係として働いてもらっている。
ついでに言うと俺のところにはα1、ナモミのところにはα2、キャナのところにはα3とそれぞれにクローンプニカが割り当てられている。言わば家政婦のようなものだろう。
「……」
タオルをのけたプニカがプニカを見つめる。ゲシュタルト崩壊しそうだ。プニカ自身が何を思っているのかは分からないが、やはり思い詰めた表情をしている。
今こうしてプニカとプニカを見比べると、プニカよりもプニカの方が感情豊かに思えてくる。この場合のプニカとはα4ではなく管理者プニカのことであり、つい今しがたまで涙目で腰を振っていたプニカのことだ。
この部屋の外に出ればまた廊下にもプニカは何人も徘徊している。それぞれのプニカがまたプニカとは違う役割を持って、主にプニカの身の回りの世話をしてくれる。
以前のプニカであれば、人類の繁栄を任務としていて、プニカたちと共にネクロダストの回収であったり、人類の再生や復元技術の研究に明け暮れていた。何よりプニカには余裕がなかったのだ。プニカしかいなかったのだから。
人類が繁栄していくためにはまず第一優先事項として子作り、とどのつまり性行為が目標となるが、あいにくとプニカは女性のみ。そうなると当然子作りに至れない。
プニカは男性の確保ができないまま、何百年かの年月を費やし、何人ものプニカが消えていったことをこのプニカは記憶している。いつかのプニカが言っていた焦燥感の正体はその記憶から生じていたものに違いない。
だが、今のプニカが感じている焦燥感はソレとは異なるものだろう。
今はそのときとは違う。人類よりも遙かに高い技術や文明を持つマシーナリーたちによって保護される立場になったのだから。絶滅危惧種保護観察員の介入はとても大きなものだった。
管理者プニカだけが人類の繁栄の任務に就いていて、クローンプニカたちはコロニー『ノア』の保全の任務に就いている理由はそこだ。
ならば、何故、今プニカは途方もない焦燥感に駆られているのか。
きっとプニカは悩んでいるに違いない。今の自分というものに。
これまで自分がしてきたことに。
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