赤ちゃん産ませてください (2)

「α4、少し席を外してください」

「分かりました。マスター・プニカ」

 何かを察したかのような表情ではなかったが、クローンプニカが指示のまま、部屋から出ていく。ややこしい話ではあるが、こちらの部屋に残ったプニカもオリジナルのプニカではなくクローンプニカなのだから差別化に困るところだ。

「ゼクラ様、わたくしは……私のしたことは正しかったのでしょうか?」

 さりげなく、防音装置を起動させてからこちらに向き直り、口火を切る。

「それは、なんだ。自分のクローンを作ったことを後悔しているという意味か?」

 プニカは首を横に振る。ソレが答えの全てではないらしい。

「人類の繁栄、その任務のことです。私は、ずっとこの任務にあたり、そしてゼクラ様を、皆様を蘇生してきました。倫理として許されざる行為であることを知っていながらです。ルールの内から許可を得ることで、私の中でも容認されていました」

 喉奥にものをつっかえさせたままのように、何処か息苦しそうに、言葉を紡いでいく。多分、今、口から出た言葉よりももっと言いたい言葉があるのだろう。

 どれから口にするべきかと悩み、少しずつ吐き出そうとしているようだった。

「人類は絶滅させてはいけない。それを大義名分に、私は生きてきました。いえ、今の私ではありませんが。それは過去の私、私のクローンたちの何百年もの記憶……」

 どうしてそんなに辛そうな顔をするんだ。

「疑問に持ったことは、なかったわけではありません。私自身、私たち自身、人類の存在意義について、何度も、何度も、何度も反芻して考えていました。任務であるから。答えはそこに帰結してしまう。だから私自身の答えも考えたんです」

 やはり、ズーカイに言われた言葉を思い返しているのだろうか。

 あまりにもプニカが感情を剥き出しにして、言葉を吐き散らすかのような物言いで迫るものだから、おそらくそこに感じる何かがあったのだろう。

「でも、本当は分かっていないんです。ただ、自己の正当化をしたかっただけなのかもしれません。私には本当は私自身の意志なんてものがなくて、言い訳だけを束ねて私は私なんだと思い込みたかったのだと……」

「いつかも、似たような言葉を交わしたと思うがな。俺はお前が間違っているだなんて思っちゃいない。ましてや、プニカに意志がないとも思ってないさ」

 プニカの唇が震えているように見えた。多分こう言ってもらいたかったと同時に、そう擁護されることを恐れていたのだと思う。他人の言葉で一時でも安心を得てしまう自分に、本当の意味で自信を持てなくなってしまうから。

「なんだったら、改めて聞くよ。プニカは人類の繁栄という任務に就いて、そして今こうやって俺たちが生きている。人類が絶滅しないためにだ。それは、間違っていることだと思うのか?」

「わ、分かりません……」

「なら、人類は絶滅してもそれが当然か?」

「い、いえ、そんなことは……。人類は希少なる知的生命体で……だから失うわけにはいかなくて、だから絶滅させるわけには、いかないんです。七十億年もの古から生き長らえてきた種族が、絶滅して当然だなんて……私は、思って……」

 しどろもどろに、歯切れの悪い言葉で言う。ズーカイに言われたときはもっと怒りを露わにしてズバズバと言ってのけたはずだ。だが、やはりそれをハッキリと口にすることを恐れている。迷っているんだ。それが本当に自分の意志なのかどうか。

「俺の見解を述べよう」

 プニカの消え入りそうなその身を、何処かになくなってしまわないよう、そっと抱き留める。プニカの身体は小刻みに震えていた。それが伝わってくる。

「人類はかつては猿だった。他の動物を狩ったり、あるいは狩られたり、一定の縄張りを作ったり、はたまた住処を追いやられたり、そうやって変化を繰り返してきた。地球という場所で様々な出来事を乗り越えた末に、人間という形に落ち着いたんだ」

 全ては偶発的なもの。人類を生み出した環境が自然の中で同じように再現される可能性は限りなくゼロに等しい。人間が人間と成ったことは天文学的な数値にもなる、極めて僅かな確率だ。

「知恵を得て、文化を創り、文明を発展させ、人類は繁栄してきた。七十億年という途方もない歳月も経るほどな」

 俺の腕の中でプニカはまた、泣いているようだった。ゆっくりと言い聞かせるようにプニカを慰められる言葉を頭の中で探る。

「どうやら今、人類は絶滅しかけているらしい。何せ俺とプニカ、それとナモミとキャナのたった四人しか存在していないんだからな」

 プニカの肩がヒクンと揺れる。

「だが、ほんの少し前まではプニカだけだった。今よりも人類は絶滅の危機に瀕していた。それをプニカはここまで貢献してくれたんだ。それは揺るがない事実だろう」

 嗚咽が聞こえてきそうだったが、そっと背中を撫でる。

 一呼吸だ。プニカを納得させる言葉を、理解させる言葉を、そして安心させる言葉を。俺は深く息を吸う。

「プニカが何もしなければ人類は絶滅していた。俺たちもネクロダストに眠ったまま忘れ去られ、蘇生もできないくらい破損か腐敗か、いずれにせよ本当の意味で宇宙の塵と化していただろうな。それはある種の自然淘汰って奴だ。はぁ。しかしそれは咎められることじゃない。人類は別に絶滅したってそれ自体は何の問題にはならない。保護をしようと言うことはただのエゴでしかないんだからな。生まれた生命が絶滅してきた数を知っているか? ふぅ。数えるのも面倒な数だぜ。観測もされていない記録もされていない、未知のまま消え去った生物だって無数にいる。人類だって既知であっても、それらと大差があるわけじゃあないさ。価値がどうこうなんて、やっぱりエゴなんだよ」

 正直、息が持たなくなってきた。プニカやズーカイはよくぞまあ、あの場で超高速早口でまくし立てられたもんだな。俺には到底真似できない。

「悩むな、プニカ。善意や悪意の物差しでものを考えるんじゃない。お前は望んだんだろう? お前はその選択肢を選んだ。プニカのしたことが正しかったのかって? お前の目の前にある結果を見て間違っていたと心の底から言えるか?」

「そ、そんなこと……そんなの……私」

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