イレギュラー (4)

 サンデリアナ国は、ブーゲン帝国の陥落を計画していた。そして、その思惑通りにことは進み、王族は脱出させられたビリア姫を除いていなくなった。

 それによりブーゲン帝国は、立場が逆転しているらしい。それまではサンデリアナ国に支援などの関与してきたらしいが、現在は一方的に半ばブーゲン帝国から略奪するような形で私腹を肥やしているとか。

 いずれはサンデリアナ帝国と名を変えて、ブーゲン帝国もその支配下に置かれる日も近いのだろう。

 まもなく行われる即位式はおそらく形だけのものだ。現在のブーゲン帝国のトップを定めて、それをサンデリアナ国に継承させる出来レースが目に見えている。

 慕われていた国のトップである王族がいなくなった今、それは国民へと見せしめにしかならない。徹底した敗北を与えるための式典というわけだ。

 だが、ここで王族の生き残りが現れたら、不備が生じる。そう考えたものがいたのかもしれない。思えば、あまりに用意周到だと思った。向こうとの時差は知らないが一年もの期間を不在にしていた姫をさらう計画など立てられるものではない。

 場合によっては一年と言わず何十年、何百年と現れない可能性すらあるのだから。これは即位式が行われる直前に現れることを予測して警戒していたと考えた方が自然だろう。こればかりは不運な偶然の一致だったのか。

 しかし、どうして姫を生かす必要があったのか。情報によれば、現役の国王と王妃は戦火の中で亡くなっていることが判明している。影武者がいたのかどうかは知らないが、公表されている情報ではそうなっている。

 なら、姫も亡き者にするはずなのでは。サンデリアナ国の目的がブーゲン帝国の王族の血を絶やすことではないのか?

 考え得る話としては、許嫁の存在。元々、ブーゲン帝国とサンデリアナ国は平和条約を結んだ友好的な関係にあったらしい。そして、平和条約の証としてお互いの国の王族を許嫁にしたという話だ。

 平和条約は破棄されているが、不思議なことに婚約が解消されたという記述が何処にも見当たらなかった。お互いの国が戦争になってしまったからこそ、そんなものを更新する意義もなく婚約を残したまま放置された、ということにしても不自然だ。

 明確に書いてあるのだ。ビリア姫と、サンデリアナ国の王子との婚約について。

 聞くところによれば、サンデリアナ国の王子は大層ビリア姫のことを気に入っているとのこと。加えて、今回の戦争の引き金となったのもサンデリアナ国の王子だという噂もあがっている。

 利口な考え方とは到底思えない。もしこれが真実だとするならば、あまりに浅はかで、愚かな理由だと思う。だが、もしや王子はブーゲン帝国を乗っ取り、ビリア姫を自分のものにするために戦争を起こしたのでは。その可能性の濃さを拭えない。

 はたして、ビリア姫は何処まで知っているのだろう。隣国の王子が、こんなにもさもしい考えで帝国を落とそうとしたなどと察していたのだろうか。

 自分が帝国に戻れば、物事が解決する自信があったような気はする。それが虚栄なんかではなかったとするならば、この戦争の根本的な問題を理解していたのでは。

 不意に頭が痛くなってきた。本当にそうなのか?

 俺も真実を全て知っているわけじゃない。情報を見聞きしただけだから。この情報自体が誤りである可能性もあるはずだ。

 俺の手元にある情報は何処からきたものだ?

 ああ、そうだ。エメラやネフラたちが持ってきた例の資料だ。

 出所までは分からないが、とんでもなく細かいところまで情報が記されている。俺たちの知らぬ間に『フォークロック』まで偵察しに行っていたのでなければ、この情報はおおよそ国民にさえも周知の事実だったのでは。

 確かにここにしっかりと書いてある。王子はビリア姫に言いよっていたが、一蹴されるばかり。王子は止むことなくビリア姫に求愛していた。こんな、こんなくだらない情報が映像つきで残されているのだから、これが理由としては最も分かりやすい。

 ビリア姫は、このバカ王子と結婚することで物事を収束させるつもりでいるのか。

 パズルのピースがハマった気がした。これが真実である確証はないが。

 これで収束するのかどうかといえば、なんとも分かりかねる。少なくとも、バカ王子はビリア姫のお眼鏡に適う相手ではないことは明白で、政略結婚という形で事が進んだとしてもその後のことをビリア姫はどうするつもりなのか。

 いや、これは本人に聞かないことには分からない。憶測に憶測を束ねたところでどうにもならない。そんなことよりも、もっと考えるべき話がある。

「なあ、ゼックン。ちょっと休んだらどうや?」

「うおわっ!?」

 目の前にキャナの逆さまの顔が出てきた。

「な、なんだ、脅かすな」

「さっきから声掛けとったんやけど……」

 全く気付いていなかった。

「あ、ああ、すまなかった。大丈夫、別に疲れてはいない」

「そんな耳から血ぃ噴いてぶっ倒れそうな顔しといてよう言うわ」

 どんな顔だ、それは。

「そうッスよ、ゼクラさん。今後の話はボクたちにも任せてほしいッス。ゼクラさんが倒れちゃったらそれはそれでボクたちも困るんスからね?」

 恐ろしく心配されている顔だ。そして、そこはかとなく後ろ暗い、申し訳なさそうな表情も浮かべている。やはりエメラもナモミがさらわれたことを責任に思っているのだろう。それは、俺もそうだ。

 そうだ、考えるべきことは、どうやってナモミを取り戻すかだ。

 相手の要求も分からない、相手の出方も分からない、相手の目的も定かにはなっていない。今のナモミの状況を知る手段をいち早く知りたい。

「ほら、ゼックン、ええから休めや」

 見えない手でどつかれた。どうも思い耽っている俺の顔は相当疲れて見えているらしい。続けざまに背中をトントンを押される。

「ゼクラ殿、鎮静スプレーを」

 ネフラからも妙に手慣れた感じでボトルを手渡される。こんなものを渡されるほど俺は酷い顔してるのか?

 いや、心配されても仕方ない。

 本当に辛いかどうかなんてことは自分が一番分かっているのだから。

「みんな、すまないな。何か進展があったら直ぐに連絡をくれ」

 渋々と、引きずるように俺の足は仮眠室の方へと向かった。

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