イレギュラー (3)

「ゼクラのアニキ、お気を確かに」

 周囲から視線を強く感じる。これは心配のまなざしだろうか。どうやらよほど取り乱しているように見られているようだ。そこを否定することはできないが、冷静さを欠いていては何もできない。

「分かってる、分かってる、大丈夫だ」

 こういうときこそ、状況を把握することだ。

「ナモミはビリア姫と取り違えて、さらわれた。そう仮定しよう。ああ、ビリア姫は何も悪くない。ともなればだ、相手はサンデリアナ国の者だろう。ブーゲン帝国ならあえてこちらのセキュリティをかいくぐってくる必要はない。こんなリスクの高い方法をとることは不自然だからな」

「ごめんなさい……ボクたち護衛がついておきながら……」

 力なく、エメラが呟く。だが、今それを責めるときではない。咎めたところで何にもなりやしない。

「明確な理由は、今は断定することができない。だがビリア姫を一刻も早く確保する必要があったんだろう。おそらくは似たような手口のトラップをあちこちに張り巡らせていたのかもしれないな」

 汗がしたたり落ちる。腹の底から込み上げてくるものを押さえ込む。

「ナモミがビリア姫ではないことなど直ぐバレる。だとすれば、何らかの形で解放されるだろう。あるいは、ナモミを人質にビリア姫の引き渡しを要求してくるかもしれない」

 最悪の場合は、ナモミを処分……いや、あまり考えたくはないが、可能性の中では低いものとは言い切れない。

「エメラ。ステルスを切って、惑星『フォークロック』までの最短ルートを算出してくれ」

「む、向こうからの通信を待つんスね?」

 ステルスを切るということはつまりそういうことだ。向こうにこちらの居場所を教えるということになる。まず、現段階で最も警戒すべき相手にこちらの存在がバレてしまっているのだ。ならば連絡を取りやすいようにすべきだろう。

「危険ではござらぬか? そのようなことをして向こうから迎撃を……、ああ、しかし、そもそも攻撃するつもりなら最初から拉致なんて方法は」

 もし敵意があっての行動なら俺たちは今頃ワープホール内にて文字通り散っているはず。そうなっていないということは攻撃の意志がないことは明白だ。

「ゼクラ兄さん、サンデリアナ国と仮定しましたが、それが誤りで、ブーゲン帝国であった可能性はありませんの? ほら、ブーゲン帝国ではまもなく即位式が行われるのでしょう? ビリア姫を今一番必要としているのはブーゲン帝国の方ではなくて?」

 代わる代わる言葉が交わる。

「ワープへの干渉。ある程度の権限がなければ無理だ。ブーゲン帝国は今、サンデリアナ国に進駐され、まともに身動きがとれるとも思えない。上層部がそんなときに権限行使すればすぐにサンデリアナ国に情報が届く。ブロロ、どうだ?」

「解析完了。ゼクラのアニキ、ビンゴですぜ。ワープの痕跡から辿れた。サンデリアナのキングコードが出てきやがった」

 ボーっとしている暇もない。新たな情報はすぐに舞い込んでくる。

「なら、決定だ。目的は依然として『フォークロック』。その間に向こうが交渉しにくる可能性も考慮し、ナモミを取り戻す」

「で、でも、ゼクラさん、相手がナモミさんを交渉に使ってくるとしたら、それはつまりビリア姫を引き渡すってことッスよね?」

「妾は構わん。遅かれ早かれ、『フォークロック』に着けばこのような状況に直面することは分かっておった。おぬしたちに迷惑をかけるつもりはない。妾を引き渡してそれで穏便に済ませればよい」

「せやけど、姫おらんくなったら、こっちは用済みやないか。相手が穏便に済ませてくれる保証はないんやで?」

「そのときは覚悟を決めるしかない。戦闘が避けられないというのなら、こちらも武器を取り、身を守る。それだけだ」

 もうとっくに引き金は引かれている。想定されていなかった事態ではない。予想されていた不測の事態だ。ならば、対策を今から作るしかない。

「あんな、ゼックン状況分かってんか? うちら、襲撃されてんで? こんだけいて、ナモナモさらわれてんで? そんな相手に敵う思うてんか?」

 これみよがしにエメラたちの方にキャナの視線が泳ぐ。相手の戦力は未知数であり、こちらよりも上回っている可能性は極めて高い。何せ、マシーナリーの技術を持って固めたセキュリティの隙をついてナモミを連れ去っていったのだから。

 責任を深く感じているのか、エメラが視線を落とす。加えて言えば、今回が初めてのことでもない。以前もナモミが危険な目に遭ったのは記憶に新しい。絶滅危惧種の保護をする役割としてあるまじき事態が重なっている。

「敵う敵わないの話じゃない。背負ったリスクは分かっていたことだ。手をこまねいたって仕方がない。最悪の事態だって想定していた。ならば、今ここで選択すべきことは、この現状で考えうる最良のみ」

 無理難題を突き付けている。それは自覚している。俺も自分の考え方が本当に正しいのか。そして最良の選択などというものを見出すことができるのか、不安がないと言えば当然ウソになる。

「……ゼックン、あんま無理せんといてや」

 見透かされてるのか、それともそれほどまでに分かりやすい顔をしていたのか、呆れるほどの呆れた目で俺を刺す。

「ゼクラ殿、惑星『フォークロック』までのルート構築完了でござる」

「通信端末のアプリケーションの拡張も完了であります」

「サンデリアナの船舶の位置を捕捉しやした。アニキ、いつでも追尾可能っす」

 瞬きだってする余裕もない。みんなが目まぐるしいくらいの高速で処理を進めている。そうこうしているうちに事は進んでいるんだ。

「エメラ殿、おぬしもいつまで消沈してるでござるか。別におぬしだけの責任ではないのでござる。拙者たち全員の連帯責任なのだから一人だけ背負い込むのは無しでござるよ」

「エメラ、頼む。ナモミの命が掛かっているんだ。お前も協力してくれ」

「……申し訳ないッス、そッスよね。ボクも頑張らないといけないのに」

 目的は着実に定まり、このイレギュラーにも対応しつつある。

 あとは、相手の出方を見極める。不明ばかりのこの状況を打破するには、相手の力量も、相手の目的も、肉薄にしないことには始まらない。

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