イレギュラー (2)

「どうした、ブロロ。何かあったのか?」

「いえ、ホール内に異物の反応が。そんなのありえないんですがね」

 ディメンション・ホール内に物体が存在しているなどということがありうるのかどうかと聞かれれば、ありえない。それが正常な判断だ。

 もしそんなことがありえたとするならば、それはイレギュラーなものでしかない。

「ビリア姫の安否はどうなってる?」

 嫌な予感がした。

「大丈夫です。艦内にいます。今こちらに向かって……ん? 何か凄く移動速度が」

「ちょっと待って、ブロロ。あ、ありえませんわ!」

 監視映像を内部的に再生しているのか、目の前の俺には見えていない光景を覗き見ているようだ。しかもその様子はただならないことらしい。

「ビ、ビリア姫は異常はありません……」

 含んだ言い回しだ。

「大変じゃっ!」

 ブロロに答えを求めようとした矢先、ドゴンという打音と共にこの操舵室内へたった今、安否が問われていた当人が言葉通り飛び込んで現れる。

 血相を変えたその表情を見て、俺は嫌な予感が色濃くなっていく、そんな確信に、酷い耳鳴りのようなソレを覚えた。

「な、な、ナモミが、ナモミが、妾の目の前にいたナモミが!」

「何があった!?」

 俺の頭は真っ白になっていたのだと思う。ビリア姫をとっつかむ勢いで声を張り上げてしまっていた。それに怯んだのか、ビリア姫が俺の腕の中から滑り、ペタリと床に落ちる。

「現状を報告しろ!」

 酷く頭に血が上っていて、思考がぐちゃぐちゃになっている気がした。今何が起こっているのか、一刻も早く知りたかった。誰に向けてなのか、自分でも分からず、俺は吠えていた。

「エメラ! どうなっているんだ?」

「……艦内からナモミさんの反応が消えてるッス」

「あ、ありえません、わ……どうやって……」

「どういうことだ! 答えろ!」

 何を言っているのかが分からない。理解できない。どういう理屈なのだとか、どんな理由を持ってなのか、考えることもできない。ただただ頭は明確な答えを求めて警鐘を鳴らし続けている。

「ホール内で、解析の痕跡が。空間移動の僅かな時間に次元への干渉、横からくすめる形で、ナモミ姐さんだけを連れ去っていったようです。ありえないです、こんな意味の分からないやり方」

 解析? 干渉? 言葉が耳をすり抜けてしまう。理解しなければと思っているのに、頭は冷静に解釈してはくれない。理由はなんだ? 目的はなんだ? 頭が空回りする歯車のように噛み合わないまま、無数の思考が巡る。

「高度な権限を持っている何者かが、こちらの渡航申請を察知し、ディメンション・ホール内にトラップを仕掛けていたようですわ」

「どうやって解析なんかを。反応が早すぎるであります。そもそも相手の目的が不明であります。無差別にホール内の乗組員を拉致する機構が?」

「ルート解析。別の座標にワープホールの出口を検知。やられたでござる。正体不明の小型船が移動中」

「何処だ、何処に向かっている!」

「うぐっ、ぜ、ゼクラさ、ん、く、苦しいでござ、る……、軌道から算出して、おそらく『フォークロック』の方である可能性が九十パー、ゲホッ」

「す、すまない」

 何をしているんだ俺は。何故ネフラを責めているんだ。違う。そんなつもりじゃなかった。悶えるネフラの顔を見て、一つ大きく呼吸する。

「一体どうなっている……? 何故ナモミがさらわれた……?」

 さらわれた。そうなのか?

 何者かがホール内に何かを仕掛けた。

 それによってワープ中の艦内に干渉して、ピンポイントでさらった。

 しかもソイツは別の出口からワープを抜けだし、今『フォークロック』に向かっている?

「どういうことじゃ! さらうなら妾じゃろう? 何故、ナモミが連れて行かれるんじゃ! 相手は一体何者なのじゃ!?」

 意味が分からない。そんなことをできるものなのか。頭での理解が追いついてこない。だが、これだけは確かだ。ナモミは今、この船にはいないということ。

「ナモミさんが連れて行かれた理由は分からないッス。おそらくビリア姫をさらうつもりで取り違えたと思われるッス」

「どうしてそんなことに?」

 心を落ち着かせるように、なるべく冷静になるように、声を絞って訊ねる。

「ビリア姫には強固なプロテクトを掛けていたッス。だから向こうにはビリア姫の正確な位置を特定できず、またワープに干渉させることもできなかったんス」

「ナモミには、プロテクトを掛けていなかったのか?」

「そんなことはないッス。この船の乗組員全員には乗船前から外部からの襲撃に備えてプロテクトを掛けてあったッス。……けど、ビリア姫のものと比較すればやや脆弱性が」

「だからって、何故ナモミなのじゃ? 他のものは何故無事なのじゃ?」

 ハッとして辺りを見回す。他にいなくなっているものがいないのか。

「キャナは?」

「ああ、うちならここにおるよ」

 振り向くと、壊れた扉の前に立っているキャナの姿がそこにあった。何やら申し訳なさそうな顔をしている。

「ちょっと入りづらくてなぁ。話も聞いてもうたわ。まさかナモナモが……」

 別にお前は悪くない。ただやはりナモミのことを心配してか、今にも涙をこぼしそうだ。

「お前は何処にいたんだ?」

「え、いや、ちょっと一人で散策を」

「アニキ、記録によれば、ここよりやや下の辺りの仮眠室にいたようです」

「ナモミとビリア姫は何処にいたんだっけ?」

「談話室。操舵室から一番離れた部屋ですわ」

「……どう思う?」

 誰に尋ねるわけでもなく、呟く。

「相手がもしこちらのビリア姫以外のメンバーの位置を把握していたとするなら、ナモミお嬢様以外は全員固まった位置、ナモミお嬢様だけ孤立した状態に見えていたはずでござる」

「判断材料としては乏しいところであります。が、しかし、相手がどのように判断したのかを推察するのであれば、おそらくは最も警戒の薄いとされる者を狙ったという可能性が高いのであります」

「あるいは、孤立している状態を、隔離して保護していると踏んだか。いずれにせよ、ビリア姫と取り違えたのは確定じゃあないかと」

「な、ナモミ……妾のせいで……」

 床に落ちたままのビリア姫が、そのまま泣き崩れる。

 そんなことがあっていいのか。どうして、よりにもよって。

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