第二十章

穢される!

 何が起こったのか、全く理解できなかった。何の前触れもなく、あたしの目の前はブラックアウトして、細長いチューブ状の滑り台を高速でギュンギュン移動するかのような不可解な浮遊感の後、気が付いたらガラスケースの中にいた。

 誰か説明してほしい。何処からか夢だったのか、あるいはそれまでが現実じゃなかったのか、何もかもが分からない。

 あの浮遊感は、以前にも経験したワープのような感じだった。いつだったか、大したメンテナンスのされていない船で機械都市『エデン』に向けてワープしようとしたときのあの不快感に似ている。

 加えて、何かに無理やり引っ張られているみたいな、不思議な感じだった。

 ワープといえば、これから惑星『フォークロック』に向けて、ワープしていく予定だったはずだ。渡航領域とかいう、なんかこう関所みたいなところを抜けて、各駅停車から新幹線に乗り換えるようにワープを使う、そんな話だった気がする。

 まさか、ワープが失敗して、変なところに飛ばされてしまった?

 いや、まさかそんなことがあるのか。だって、護衛艦はエメラちゃんたち、マシーナリーによって完璧にメンテナンスされたはず。人間よりもずっと優れた技術を持っている、あのマシーナリーの集団に改造を施された船だ。

 ワープ失敗だなんてこと、ありうるのか?

 というか、あたしは今、何処にいるんだこれ。

 ガラスケースの中は意外と狭い。まるで人一人分を収容するためだけに作られたみたいにおあつらえ向きなサイズ。円柱のようで、出口らしいものが見当たらない。

 こんな場所はあたしが乗っていた護衛艦にはなかったはず。

 一体何を目的とした部屋なんだ。ガラスケースの外側は薄暗くてよく見えない。誰かがいるような気配も感じない。理科準備室みたいな、そんな寂しさがある。さながらあたしはホルマリン漬けの標本か。

 夢オチってことなら、今頃あたしは護衛艦の談話室で居眠りこいてるってことになるのだけど、こっちが現実だとしたらどういうことになるんだ。

 人類滅亡だとか、繁栄のために性行為だとか、ああいうのは全部夢で、こうやって宇宙人だか何かに標本にされているあたしが現実だったりするのか。いやいやいや、まさかそんな。

 そこでハッとする。今気付いた。

 あたし、服、着てない。そんなバカな。

 慌てて端末から服を出そうとする。ない。端末がない。何処にもない。いつもなら腕時計みたいに手首辺りに付けてるのに。マジでガチのすっぽんぽんだ。夢でしょ、これ。さすがにこれは夢でしょ。

 コン、コン、コン。ガラスケースを叩いてみる。

 普通に固い。普通に手が痛い。当然のようにビクともしない。なんで、どうして、どういうことがあって、どうなってあたしはこうなってるの?

 なんでいきなり裸でガラスケースに閉じ込められて標本みたくされてるの?

 どうしたもんなの。どうすりゃいいの。何もできないじゃない。


「おいおいおい、こりゃあどういうこった」

 室内に明かりが付く。誰かが入ってきたみたいだ。いや、ちょっと待って、こっち服着てないんだけど! 何も隠せるものないんですけど!

「どうやらワープホールが使用されたようですね。まさかこのタイミングで引っかかるものが現れるとは」

「あー、ずいぶんとマヌケなのがいたもんだぜ。コード検出はできてるのか?」

 何、何、誰? 盗賊? 山賊? 宇宙海賊?

「えーと……、おかしいですね。コード、確認できないんですが……」

「は? いやいや、お前もなまったな、おい。そんなわけないだろ。何処から拾ってきたんだよ」

「逆探知掛けたところ、マシーナリーのコードが検出されました。しかもこれは随分と権限が高い。国家レベルのナンバーですよ」

「バカいうなよ。厄介なところから拾ってきやがって。だからお前のオートシステムはアテにならん。何を基準にこんな小娘を……」

 何やら揉めている様子。ただ分かることは、なんかあたし誘拐されたっぽい?

 何を言っているのかよく分からないけれど、目の前でギャーギャー言ってる男の仕掛けた網に引っかかった感じ?

 でも、もしそれが想定外のことだというのならもしかしたらまだ助かるかも。このまま奴隷市場に売り飛ばされるエンドにはならないでしょ、さすがに。

「ねぇ、よく分かんないけど、あたしなんかをさらったって大した価値ないよ。ここから出してよ!」

「ああ? なんか言ってるみたいだな」

「どうします? フィルター解除して話を聞いてみますか?」

「いいや、キンキン声で怒鳴られるのは好きじゃない。そんなことより解析を進めろよ、コイツは何処の誰なんだ?」

 聞こえないのかよ! いや、話聞いてよ! くぅ、手が痛くなってきた。ビリビリしてきた。このガラス、思っていた以上に硬い……。

「ワープの解析見た感じ、かなり強固なプロテクトだったみたいですね。何重にも張り巡らされていて、これじゃまるで本当に国家機密クラス。保護ライセンスが一般コードのソレではありません」

「おい、待てよ。つーことはなんだ? コイツはビリア王女じゃないのか?」

 え? この男、ビリアちゃんのこと知ってるの?

 それってなんかヤバいような気がするんだけど……。

「データと容姿が全く一致しませんけど」

「そんなこたぁ、俺だって分かってんよ。アレは獣人族ブルートゥのはずだが、コイツは似ても似つかない。まるでこれじゃヒューマンだ。だが、コードはどうだ?」

「依然として、確認できません。よほど綿密に隠蔽されているのかも……」

「お前が解析できないってのが腑に落ちねえよ。つまりだ、カモフラージュの可能性が高い。ワープ航路使った船の解析を急げ。不穏な動きをしていないか?」

「……正規の手続きで渡航領域を超えていますが、確かに妙ですね。巧妙に改変された形跡があります。ええと、解析。申請されたルートとの不一致を確認。これは推測ですが、ステルス状態でこちらに感知されないように移動していたと思われます」

 あれ? なんかどんどん雲行きが怪しくなってくるんだけど。

「ステルスだぁ?」

「ええ、航路の逆算及び不定形デブリの軌道偏移、改変された領域からして該当の船は視認もできない、レーダーにも察知されない状態で渡航領域の境目まで移動しています」

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