Another

最初のクローン (前編)

『目覚めなさい、私』

 天から聞こえるような声に導かれるようにして、円柱状の水槽の中、立ったまま安置されていたソレが目を開ける。水槽の中を満たしていた溶液らしきものが抜けていき、ソレは自らの足で今、初めて直立した。

『おはよう、私。初めまして、でいいかしら?』

 ソレの前には、女性のホログラムの投影されていた。しかし、ソレはその女性が何者であるか、いや、それ以前に自分自身が何者であるかすらも分からなかった。

『ああ、ごめんなさい。何も分からないわよね。簡単に説明するわ。まずはこの端末を頭に付けてもらえるかしら?』

 何処からともなく、ヘッドホンのような簡易な機械が降りてきて、ソレの前に差し出される。ソレはそれを手に取ると、ホログラムの女性の言うままに、頭に装着する。

 ソレの耳元から知覚できないほどの夥しい量の何かが流れ込んでくる。次の瞬間、世界の全てが一度溶け出して、それを急速に逆再生していくかのような光景が、ソレの目の前に広がっていた。

 何年、何十年という月日を、秒で体感する奇妙な感覚。ソレはようやく今、自分が何者かを把握したようだった。

わたくしは、プニカ・ブランフォード。そのクローンですね」

 ソレが――プニカが答える。

 それを聞き、ホログラムがフフっと笑う。

『改めて、初めまして、私。今ここに投影されている私は、あなたのオリジナル、つまりプニカ・ブランフォード。だけど、私自身は本物ではないわ』

 クローンプニカが今しがた脳に送り込まれた知識を探る。

「プニカ・ブランフォードの頭脳データを解析し作られた人工知能。本物のプニカ・ブランフォードは私、クローンを作り出してから間もなく病に倒れ死亡している。つまり今のあなたはオリジナルの頭脳のコピー。クローンである私を目覚めさせるために作られたプログラム」

 すらすらと、クローンプニカは答える。さっきまで何の記憶も持たなかったとは思えないくらい、聡明で饒舌だ。

『その通り。記憶端末から無事に引き継がれたようね。なんだか私の仕事が楽で助かるわ。私には残された時間も少ないしね』

「本人または許可を得られたもの以外を媒体とした頭脳データの再生は特例の措置がされる。使用する場合は一定時間の後、処分しなければならない。個人情報の機密保護法に基づいて、オリジナル頭脳データのあなたは間もなく消去される」

『そう、だから手短に説明させてもらうけれど、本当はあなたには私、プニカ・ブランフォードとしての人生を引き継いでもらう予定だった。余命の短い私の予備ってことね。でも、そういう事情ではなくなったの』

 クローンプニカがまた記憶を探ろうとする。しかし、今度は何も出てこなかった。その情報は今のプニカにはないものだった。

『あなたに今引き継いでもらった記憶は、私の生前のものと、死亡してからのしばらくの事後処理データまで。ここからは私オリジナルの記憶ではなく、コンピュータによって計測された情報になるわ。だからちゃんと聞いてね』

 クローンプニカの顔が引き締まる。

 それと同時に、オリジナルプニカの表情が少しやさしく笑みになる。

 嬉しいわけではない。むしろその逆で、それを悟られないようにするための優しい笑顔だ。

 オリジナルプニカが口を開く。

 コンピュータによるデータについて解説された内容をかいつまんでいうとこうだ。

 本来のクローンプニカはオリジナルの死亡後、オリジナルの代わりとなるはずだった。だが、引き継ぎが行われる前に、クローン法の改正によってクローンの使用が禁止。あえなく作られたクローンはそのまま使われることなく保存されることに。

 その後、長い年月を経て、クローンを保存していたコロニーが異常を察知し、状況を確認するためにコンピュータが観測、計測を行ったところ、大規模の大爆発が起こり、いくつもの他のコロニーからの通信が途絶え、人類の安否が不明となった。

 それだけに留まらず、クローンを保存していたコロニー自体も、大爆発の影響により、安全とはいえない状態に陥った。

 しかし、そのコロニーはとうの昔に無人となっており、保全用のプログラムも機能していない状態にあり、安全の確保のため、コンピュータは急遽、たまたま保存してあったプニカクローンを住民として迎えることとし、コロニーの管理者を任せるに至った、ということだ。

『今、人類はどうなっているのかは分からない。もしかしたら全滅してしまったのかもしれない。こんなことを押しつけることになるなんて思いもしなかったわ』

「私は、このコロニーの管理者として、何をすればいいのですか?」

『まずはこのコロニーを安全に過ごせるようにすること。元々、居住用のコロニーだから修復が必要な箇所をどうにかすればそこは問題ないと思う。技術データもあるから必要に応じて利用してね』

「はい」

 クローンプニカがハッキリと返事する。

『それと、今このコロニーにはあなた以外にも私がいるけど、他には誰もいないみたい。将来的に見たらそれじゃ寂しいわよね。だからみんなで協力して宇宙を探して、生き残っている人類を入居者として迎え入れてあげて』

 コンピュータの情報では生存した人類は確認されていない。そもそも他のコロニーも見つからない状況だ。そんな中で生き残っている人類を探し出すということ、それはつまり、途方もない話になる。

『漠然とした話でごめんね。重い任務だよね。ただ、きっと何処かに救助を待っている人もいると思うの。頑張って、なんて無責任な言葉になってしまうのが辛いんだけど、あなたは一人じゃない。沢山の私がいる。力を合わせれば何とかなる』

「生存者が見つからなかったときはどうすればいいのですか?」

 クローンプニカとしては、判断した言葉をそのまま口にしただけのつもりだろう。

 しかし、オリジナルプニカは答えに詰まった。

 管理者にならなければならないという判断は、このコロニーのコンピュータが弾き出した答えであり、それを拒否する理由も権限もいずれのプニカにもない。放棄したところで何かが解決するわけでもなく、むしろ状況はより悪くなるだけだ。

 クローンにも限りはある。新たに作る技術もない。どう答えるべきか。

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