最初のクローン (後編)

『少なくとも、あなたには、いえ、私には幸せに暮らしてほしい。これもけして簡単な話じゃないと思うけど、これは私からのお願いよ』

「幸せに、ですか?」

『ええ。だって元々あなたは私の代わりに生きるために生まれたんですもの。本当だったら記憶だけの引き継ぎじゃなくて、私自身、人格ごとをあげたかった。でもそれはダメみたいね』

「クローン法の規約に違反します」

『うん、そう。今回の引き継ぎだって緊急時の特例ってことだしね。こういうとこ融通利かなくてイヤになるわ。知識だけだなんてケチなんだから』

 はぁー、やれやれ、といった表情でオリジナルプニカが顔を伏せる。

『……大規模の大爆発の原因についてはまだ判明していないの。もしかしたら事故なんかじゃなくて誰かが意図したものの可能性も考えられる。多くのコロニーを意図的に壊滅へ追いやった組織があるんだとしたら――窮屈な生活を強いられるかもね』

 そういって、オリジナルプニカは何かのコードらしきものを表示させる。空中に出現されたディスプレイにはおそらく現在いるコロニーと思われるものの全体像の映像が表示されていた。

『緊急措置としてステルスプロテクトを展開しておいたわ。これで外部からこのコロニーが発見されることはない』

「仮に外敵と仮定した存在がいたとしても私たちに危害が及ぶ可能性が低くなるということですね」

『うん、賢い。さすが私。そしてこのコロニーには同様のプロテクト処理を施された船もある。さっき言った救助活動はこの船で秘密裏に行うのよ』

 ただでさえ、要救助者が何処にいるのか、そもそもいるのかさえ分からないという状況で、秘密裏という条件も加わるとなる。

「はい、分かりました」

 しかし、クローンプニカは依然として二つ返事だ。その任務の重大さ、過酷さを把握できていないわけではない。認識もできているはずだ。

 十分な記憶や知識だけを持ち、思考能力が正常に働いているだけで、今のクローンプニカは生まれたての赤子と変わらない。むしろ、それよりもずっと精神は未成熟な状態といえるのかもしれない。

 オリジナルプニカがまた少し、俯く。

 そうじゃない。そう言いたげな表情だ。

 もし、オリジナルプニカがクローンプニカの立場にいたのなら、こんな任務を快く引き受けたくなどないはずだ。だが、真っ新ともいえる人格の未成熟なプニカは、あまりにも純粋で、全てをそのまま受け入れてしまう。

 違う、そうじゃない。

 オリジナルプニカが望んでいるのは、苦難を与えることではない。

 そう、ただ幸せに生きていてほしい。それだけだ。

『ごめんね……』

 クローンプニカに聞こえるか聞こえないかくらい、小さく呟く。

 例えそれが聞こえていたとして、その言葉の含む意味を今のプニカが理解できるとは思えないが。

『もし、本当に生存者が見つからなかった場合は、ネクロダストを利用しなさい。管理者であるあなたには回収、復元、蘇生の権限も付与される』

「ネクロダスト。それは宇宙に投棄された死体の棺桶のことですね」

『ええ、そうよ。中には復元もできないものもいるでしょう。蘇生に至るものすら希少でしょう。ましてや、住民として受け入れるなんてこと……』

「ですが、それは私の任務なのですね」

 何も知らない、無垢な言葉を告げる。

 また再び、オリジナルプニカが溜め息を堪える。

『……探索船にはネクロダストのカモフラージュ識別信号も搭載してある。だから見つけることはできる。けど、きっと長い旅になると思う。この任務は楽なものではない。それでも引き受けてくれるかしら?』

 オリジナルプニカは淡々と必要な説明を続ける。

 この問いには「はい」以外の答えなどない。仮に「いいえ」と答えたとしても、その言葉に意味などない。

「はい。それが私の任務であるならば」

 やはり、クローンプニカは飄々と答える。それは「いいえ」という選択肢がなかったからではない。ただ純粋なだけ。苦難も苦痛もまだ何も知らない。言葉や単語、知識を備えているだけで、それらを本当の意味では理解などできていない。

『頑張ってね、私。無責任でごめんなさい』

「責任は管理人である私が負います。あなたが無責任であることには問題はありません」

 少し的を外れた答えを返す。

 言いたいこともまだまだ沢山ある。けれど、オリジナルプニカにはもう時間は残されていない。

『ああ、そろそろ私は消去デリートされるみたい。名残惜しいけれど、お別れの時間だわ』

 何処かでアラートでも鳴っていたのか、オリジナルプニカは自身の終わりの時間に迫られる。自分のクローンを前にして、二度目の死を迎えようとしていた。

『じゃあ、最期。もう一度これだけは言わせて』

「はい、なんでしょうか」

『私の分も、幸せに生きてね』

 言葉尻に、優しく「バイバイ」と付け加えて、手を振り、オリジナルプニカのホログラムはクローンプニカの目の前から煙のように、あっさりと消失していった。

 これにより、クローンプニカはプニカとなる。このコロニーに眠る他のプニカたちのリーダーとなる、オリジナルプニカだ。

「分かりました、オリジナルプニカ。私は、幸せに生きます」

 もう姿も見えないソレに向かって、プニカは一言添える。

 はたしてプニカにはその言葉の意味をどれだけ受け止めきれているのかは定かではないが、最期に託されたその言葉を胸に、プニカは決意を新たにした。

 無表情で、無垢な、生まれ出たばかりの格好で、プニカは歩き出す。しっかりとした二本足で、ゆったり、ゆったりと移動し、先ほどまでの言葉を反芻する。

「コード登録申請」

 何処かに向かってプニカが呟く。すると何処からともなく、ディスプレイが現れ、夥しい情報量の記された何かが表示される。

『新規登録。権限、管理者。ヒューマンコード、エンド。認証』

 先ほどとは打って変わって感情の伴わない機械音声が断続的にアナウンスする。その間もディスプレイの情報は次々と目まぐるしく入れ替わる。

『――登録完了。エンドナンバーPunica-KCMPIZ-0。認識名称、プニカ。ようこそプニカ様。あなたをこの『ノア』の住民として迎え入れます』

「これからよろしくお願いします」

 そしてプニカは小さくお辞儀した。

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