白馬の王子様なんていない (後編)
理想の男子を王子とするならば、はたして、あたしにとっての王子様って誰なんだろう。そもそもいるのかすら分からない。それはあたしがただ高望みしているだけだったりするんだろうか。
第一、自分の将来すらボヤけているというのに、理想の伴侶との生活なんて想像もできやしない。毎朝毎晩ご飯作ってあげたりとか、おはようからおやすみのキス。マンガ知識の偏った生活が思いつくが、自分にはとてもじゃないが合わない。
誰かのために何かをするということも、実のところあまり自分に合っているようには思えない。一応は陸上部のマネージャーとして細かい仕事を色々とやってきたけれども、なんというかその場の流れ、その場のノリでやってた感が強い。
それでも回りには頼りにはされているみたいではあるけど、みんなが思うほど、あたしは立派じゃない。いつもそう思っていた。
「ナモミさん? 中野ナモミさん? 上の空でどうしたんだい? 王子様の想像でイッてしまわれないのかい?」
目の前で手のひらをパタパタされる。ちょっとぼんやりしすぎたみたいだ。
「いや、なんというか、王子なんて何処にもいないなぁ、なんて」
「そういう発想も真面目たるゆえんだよね」
「そう?」
「もっとこう、さ。自分の内から溢れ出す欲望に身を任せてみなよ。何年後だか何十年後だか何億年後だか先のことを見据えようとしてたでしょ」
「何億年て……」
そんな先のことなんて考えてられるか。生きてすらいないじゃない。骨も風化しちゃってるよ、そんなの。
「だって、そんくらい遠い目してたもん。じゃなくてさ、目の前見ようよ。現実」
「むしろ現実にこそ王子なんて」
「まさか年収何億とか世界レベルの美貌とか、とんでもスケールで見てる? リアルに王族の血筋引いちゃってる人とか」
「いやいや、そんな理想高くないって」
とはいうものの、自分の理想というものが引き出せてこないということは、理想が高いということの裏返しなのかもしれない。
「大体、何? 王子って。スペック的な? それとも将来のお婿さん的な?」
「えぇー……そんな未来のことまで考えられないよ……。うちだって誰と結婚、だなんて全然漠然としてるし。仮に今いたとしても数年後には違うヤツに変わってるかもしれないし」
尻軽いな。それはそれで。
「身近にいないの? 頼りになるぅー的なさ、肩を預けてみたくなる系なさ」
「いないなぁ……。いや、まあ、別に身の回りの男子を見下してるわけじゃないんだけどさ、あたし自身、なんとなく誰かにひっついて生きてるみたいなところあるし、そういう人だったら誰でもいいかなぁ」
「誰でもいいという発想はむしろ逆の逆をついてビッチ的発想だぜ、ナモミさん」
「誰がビッチだ、誰が」
ふわりと青空を見上げてみる。
将来のビジョンが見えてこないのは、やっぱり何も考えていないからなのかな。
あたしを引っ張ってくれる形のない王子様をただただ待ち望んでいるだけだったりするのかな。
それを理想だとするならば、高い高い。突き抜けて宇宙の果てまで行ってしまいそうなくらい、高い理想だ。そんな高いところにいる王子様なんてどうやって会えるというのか。そりゃもう何億年、何十億年待ったって出会えそうにもない。
あまりにも天文学的な確率だ。
こんなあたしを引っ張ってくれる王子様だなんて。
「プラトニックな乙女だねぇ、ナモミは。そういうとこだよ、真面目ってのは」
「プラトニック? どっちかというとプラスチックじゃないの?」
「考えてもみなよ。人生って短いじゃん? でもこの世界にいる人間なんて数え切れない、星の数ほど沢山いるんだよ。その中の一つだけを探し求めようとしてたら人生終わっちゃうよ。そんな奇跡を待つ方がおかしい。だったらさ、届く距離の星に手を伸ばすのが普通なんじゃないの?」
その発想こそビッチなのでは、と思ったけれどあえて口に出しては言うまい。
そしてさりげなくこちらもプラスチックについてをスルーされてるし。
「手の届く星だと何だか妥協しすぎな気もするけどね。ちょっと手も届かないくらい空高く輝いてる星にこそ理想があると思うし」
「つまり、ナモミは星の王子様を捜し求めているわけですね。はぁー……」
何か話をごっちゃに混ぜられた上に露骨な溜め息をつかれた。
「人のこと色々言ってくれちゃってるけどさ、アンタこそどうなのよ。手の届くお星様はどのくらいいるのよ?」
「いやぁ~、選べませんなぁ~」
でへでへと笑ってみせる。これが妥協の顔か。
別にそれが間違いであるとは一概には言えない。だって、そうだ。形も輪郭もぼやけた理想を束ねた王子なんてお伽噺くらいにしかいない。
だったら、今まさに自分の手の届く範囲、自分の目に見えるはっきりとした輝きを見せている王子に惹かれていくのが至極当然の話だろう。
「……ナモミはさ、気付いてないかもしれないし、そう思いたくないのかもしれないけどさ、高嶺の花、手も届かないくらいの星なんだよ。料理もできるし、気配りもできるし、頭も良い方だしね。これ、本当だよ?」
「いやいや、だからあたしは別にそんな……」
「ほら、まあ、そういう頑固なところもあるし。ぶっちゃけ、ナモミなら向こうから王子様が手を差し伸べてくるくらいだよ。つーか、何回も色んな人の告白を断ってきたの、あたしは知ってるんだからね?」
確かに、そういう呼び出しがあったのも事実で、断ってきたのも事実だ。ただそういう付き合うっていうのがあまりよく分からなかったというのが本音。
でもそうだ。事実としてそうだ。
高嶺の花かどうかは分からないけれど、きっとあたしはそうなんだ。
誰かの気を惹くことはあっても、自分の方は手を伸ばさない。頑固者。
「きっとナモミは理想が高いわけじゃなくてさ、自分の目の高さくらいでもいい、ってくらいに思ってるのかもしれないけど、ナモミと同じ目の高さに合わせてくれる王子様なんて、結構ハードル高いよ。マジで」
「そ、そんなこと言われてもなぁ……」
「あ~あ、ナモミが羨ましいなぁ~」
そういって、結局ちゃかされてしまった。
あたしの理想なんて、そう高いつもりはないのに。
だって、そうでしょ。
白馬の王子様なんているわけがないんだから。
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