命短し恋せよ乙女 (5)

 ※ ※ ※


「うわあぁぁんっ! ごめんなさいッスうぅっ!」

 宇宙空港まで戻ってきたあたしたちに、いの一番に駆けつけてきて、エメラちゃんに言われた言葉はこれだった。

 今回の騒動について、かなりの責任を感じているらしい。

 絶滅危惧種保護観察員として、その対象であるあたしが危うく死にかけていたという状況で、できた対応といえば、あちこち改竄されていたセキュリティの作り直しという極めて外野な仕事くらい。

「エメラちゃんがそこまで気負う必要ないんだよ。だってこれは身内のもめ事みたいなものだったんだし……」

 外部からの攻撃ならまだしも、犯人は内部から秘密裏にその権限を悪用していた人物だったのだから、手の打ちようがなかったような気もする。

「今回の件はわたくしの不手際でもあります。エメラ様だけが咎められる話ではありません」

「でもまさかボクが強化したセキュリティでナモミさんを危険な目にあわせてしまったことには変わりないッス……。それに、あのとき、あの場で待機するように促していればこんなことには……、ボクの判断ミスッス」

 そういえば、プニーを探すように言われてなければリフトに乗ることもなかったのか。でもあの状況、プニーがいないことにはどうしようもなかったわけで。

 ある意味、あらゆる面で、エメラちゃんの施してきた結果がアレになってしまったと言えなくもないのか。

「で、でもほら、あたしも無事だったんだしさ。ね?」

 気休めにもならない言葉を言ってみる。

「ロストナンバーのプニカがあそこまで領地を拡大していたのはわたくしとしても予想外のこと。もっと早く情報の改竄に気がついていれば……」

「プニちゃんはずっと怪しいとは思わなかったん?」

「……実は以前から工業区域で不審に思っていたところはありました。ですからエメラ様にも協力いただき、セキュリティを強化していたのです。まさか防衛システムを掌握されたばかりか、拠点まで作られてしまうとは」

「そうッスよ……ボクも色々点検したつもりだったんスよ……。それで見落としてしまうなんて、ああ……ごめんなさいッス……」

「いえ、相手はわたくしと同じ管理権限を持つ者。外部からの潜伏者ならいざ知らず、隠蔽の余地などいくらでもありました。その可能性を除外していたわたくしの落ち度です」

 責任問題の応酬だ。

 そもそもプニーも何百年と生きているわけじゃなく、最近になって記憶を引き継いだだけだ。その記憶が改竄、ねつ造されてて直ぐに気付けるかという話で。

 しかし、実際に死にかけた身であるあたしがこれ以上何を言えよう。

「反省会は必要だが、それよりも事後処理を徹底しないとな。まだ全部が全部解決したとも限らないんだろ?」

 まだプニーのクローンが残っている可能性もゼロじゃないわけだ。一人いたらそれで終わりとも限らない。今もこの『ノア』の何処かに生き残ったプニーがひっそりと息を潜めているのかもしれない。

「そ、そうッスね……ここで落ち込んでいる時間はないッスね」

「行きましょう、エメラ様。工業区域以外にも改竄の痕跡があるかもしれません」

「それじゃ、またしばらく『ノア』を診てくるッス。ナモミさん、本当に、本当に申し訳なかったッス。今度という今度は、このようなことがないよう」

「猶予はありませんよ、エメラ様。時は一刻も争います」

「わ、わ、あ、はいッス!」

 謝罪を打ち切り、いつになく強く感情的なプニーに制止され、エメラちゃんが連れられて、ずいずいとリフトへと消えていく。

 途端になんだか静かになってしまう。

「とんだ災難やったなぁ……ナモナモ」

「あはは……死にかけたなんてもうウソみたい。お姉様にもまた命救われちゃった」

「危うく真っ二つやったなぁ。あのときは加減もせんと、ごめんな。まだ痛むんちゃうん?」

 そう言われると背と脇腹辺りがズキズキする。シャッターのときに思いっきり突き飛ばされたんだよね。

「全然、大丈夫。ありがとう、お姉様」

「俺もホッとしたよ。よく無事だった」

「……ここだけの話やけど、ゼックンが一番取り乱しとったで」

 ボソリとお姉様に囁かれる。

 確かに、何故かゲート付近や壁の至る所に大砲でもぶち込んだみたいな大きな痕が残っているのは気になってた。

 あんなものは『エデン』から帰ってきたときにはなかったはずだ。

 まさかと思うけど、素手で破壊しようとした形跡じゃないよね。

「ごめんね、ゼク。色々と心配かけちゃったよね」

 申し訳半分、ゼクの顔を見上げる。

「それじゃ、うちも疲れたし、先帰ってるわぁ。にゅふ」

 何を察したのか、我先にとお姉様がふわふわぁっと離脱していく。

 ハッと気付けばゼクと二人きりだ。

 そういえば今日はずっと二人きりになるチャンスがなかった。『エデン』でも護衛さんがいっぱいついていたし、今ここでようやく二人きりになれたんだ。

 そう思うと、急激に込み上げるものがあった。

 もうたまらなくなり、あたしの体はほぼ反射的にそうしていた。

 バッと腕を広げて回し、ギュッと、ゼクの中に飛び込んで収まる。ぬくもりが全部届いてくる。トクン、トクンという音までも心地よく聞こえてくるくらい。

 ゼクもあたしの体を受け止めて、優しく抱いてくれる。

 今までずっと、気が張っていたんだと自覚する。

 こうやっているだけで、あふれるほどの安心感があたしの中から色々なものを持っていく。怖かった、辛かった、痛かった、寂しかった。そんなもの全部。

 ああ、あたしは生きているんだ。

 今、この時を間違いなく生きている。

 そして、この生きているっていうのは、あの先代のプニーが何よりも欲しがっていたもの。

 人は結局のところ、人である限りいつかは死んでしまう。人であることを捨てない限りは、この命も限りがある。

「ねえ、ゼク。もうしばらくこうしていてもいい?」

「……ああ」

 その返答を待つ間も惜しみ、唇を重ねる。心ごととろけてしまいそうだった。

 この命、紡いでいかなきゃいけない。

 もっと、ゼクと一緒に過ごしていたい。この胸のうちに広がるあたたかいソレが、より熱を帯びる。こう感じていられる時間さえも有限なんだ。

 きゅんとくる。ああ、ゼクの子供を産みたい。

 別に不純な理由なんかじゃないよ。

 あくまで、プラトニックに、ね。

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