命短し恋せよ乙女 (4)

 暗がりの空間の中、不気味な蛍のように飛び交うが一層おぞましく見えた。ついさっきまで、あたしはアレに殺されるところだったのだ。今も、いつ狙ってくるのか分かったものじゃない。

ばたくしは、修復して、蘇りました……。でも、ゲホ、完璧にはいきませんでした……。当然です。ゴホッ、ゴホ。この身体は……いえ、人間には寿命がありますから」

 見ているだけで痛々しい。人としての形を保っているのに、それが今にも崩れてしまいそう。

「それでも、ばだくしは、生きたい。生ぎたかった……。もっど、もっと技術があれば……ばたくじは完璧に、なれる……。もっと生きていげる……」

 壊れかけているのはその見た目だけじゃない。

 心さえも、ネジが外れて締め直せないくらい、脆くなっているのがゴーグルを通さなくても分かった。


「なるほど。ですから『ノア』を乗っ取ろうとしたわけですか」

 不意に違う方面からプニーの声がした。

 しかも、妙に滑舌の良く、感情の伴わない声。

「プニー!?」

 一体何処から現れたのか、今度こそ間違いなく、プニーがそこにいた。

「すみません、ナモミ様。セキュリティの改竄を直すのに少々時間を要してしまいました」

 いつものプニーだ。この無表情具合も全部含めて。

「ああ……、ああ……、どうじて……。完璧に隠蔽した、はず……ゲッホ……」

 先代のプニーがうろたえる。いや、ただ単に身体そのものが万全な状態じゃないからだろうか。

「……プニカ九十六号。あなたには随分と手間を掛けさせました。インストールされた技術力や知識量ではクローンの中でもトップだったでしょう。ここまで広い空間を確保されていることには驚きました」

ばたくしは……あらゆる能力を……が、が、が……」

「自惚れないでください。わたくし、怒っています。ネクロダストは死人を蘇らす機構ではありません。それはレギュレーション違反です」

「倫理に反する……などというつもり、ですか? では、我々が長い年月を掛けてきて、やってきた、あれは、あれはなんだったのですか? 死人を蘇らせる、それと、一体何が、ゲホ、何が……違うというのですか?」

「規定の復元可能範囲を超えています」

 そこはそういう返しなんだ。

 生きているか死んでいるかの違いでいいんじゃないの?

「自分でも分かるでしょう? プニカ九十六号。あなたの身体はもうそれ以上の修復は見込めません。少なくとも、あなたの技術では」

「まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ……ばたくしんでいませんっ!」

 先代プニーの頭上に構えるいくつものが、赤い閃光を放つ。

 それは一瞬、目の前が真っ赤に染まるほどに、強烈な光だった。

 蚊帳の外に放り投げられていたあたしには、それが何なのか理解するのも遅れてしまっていた。

 あれ? もしかして、あたし、死ぬの?

 そう、のんきに構えていたくらいだ。


「セキュリティの改竄は直した、と言いましたが?」

 目が眩むほどの閃光がかき消え、目の前が真っ暗になる。ただでさえ暗かったのに、目がなじんでくるまでもうしばらく時間が掛かりそうだった。

 何が起こったのか、まるで状況が見えてこない。

「ぁ……が、が、が……、マシーナリーの技術があれば……、ばたくしも修復……、もっと生きて……、ぐ、が、が……」

 先ほどよりもずっとか細い声が聞こえる。見えないけれど多分先代プニーだろう。

「留守の間に『ノア』ごと奪うつもりだったのでしょうが、そのまま潜伏し続けていた方がまだ延命できたと思いますよ、プニカ九十六号」

「し……、死にたく、ない……、ばたくしはまだ……、死にだく……」

 消え入りそうな、苦痛に苛まれる、悲痛の声が、徐々にまたかすれていく。

「あなたはとても優秀でした。わたくしの中のわたくしもそう記憶しています。あなたの二度目の最期は、記憶に留めておきたくはありません」

「ぁ……、が……」

 先代プニーの声がとうとう聞こえなくなる。暗闇に馴染み始めた目で辺りを探るが、その姿を確認することができない。

 ようやくして、ぼんやりと見えてきたと思ったら、先代プニーは床に倒れていた。一体何がどうなってこんな結果になっているんだろう。

「どうなった、の……?」

 混乱を極めるあたしの質問も、華麗にプニーにスルーされる。

 その代わり、プニーは床の上で動きそうにもない先代プニーのもとへと近寄る。

 そこで、膝をつき、子を寝かしつける母のように手を添えた。

「もう手遅れ……、いえ、最初から手の施しようがありませんでしたが」

「そのプニー、死んじゃったの……?」

 バカみたいに拍子抜けした質問をしてしまう。自分の言葉で心臓が打ち抜かれるような喪失感に苛まれた。

「本人も言っていたように、元々死んでいました。彼女はその権限を悪用して『ノア』に隠れ住んでいたようです。しかし彼女の技術ではその延命も限界が近かった」

 先代プニーはしきりに何度も言っていた。生きたかった、死にたくない、と。

「つい先日、我々が『エデン』からの支援を受け、その高度な技術が『ノア』に入り込んできたと知り、すがりたかったのでしょう。もっと延命ができるのだと」

「で、でも何も『ノア』を乗っ取るだなんて乱暴なことしなくても……」

「彼女はいくつもの規定、禁則事項に触れていました。私の……我々の許可や賛同を得られないと判断したのでしょう。それに、彼女自身、思考能力も著しく低下している傾向が見られました」

「じゃあ、協力できていたらこのプニーも助けられたの?」

「……ナモミ様。我々は人類です。人類の命には限りがあります。潰える命を救うなどできません。人類である以上我々は限られた時間の中、生きていく種族なのです」

 至極当然のことを説教されてしまった。

 自分の考えていることがいかに幼稚な発想であるかを諭される。

「彼女は……わたくしもですが、長い年月を掛けて、かすかな命を集めてきました。そこにはナモミ様も、そしてゼクラ様もキャナ様も含まれます。しかしそれは潰える命ではありません。紡ぐための命です。彼女にはその区別もできなくなってしまっていたようです」

 あたしにもまだ区別ができない、なんて言ったら怒られるだろうか。

「ナモミ様。わたくしたちはわたくしたちに与えられた命を、全うしましょう」

 無表情のまま向き直り、そう言った。

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