番外編

第八章 After

やってみた (前編)

「ヘローヘロー、こんちゃっちゃ、ナモミでーす」

 思いの外、小型なカメラに目線を合わせつつ、マイクの位置を意識して声を張る。テイク数はもうあまり重ねたくはないところだ。

「今日は古代の食事法、地球飯の紹介をー、したいと思いまーす」

 取り出したるは普通のお箸。構えるはホッカホカの白いご飯。あたしにとっては何一つ物珍しいものはない。

 今、あたしは何をしているのかと言えば、エメラちゃんに頼まれて、あたしの時代、つまり現代にとっては古代の文化の紹介動画を作っているところだ。

 ノリはまるでマイチューバーだけど、かなりの貴重な資料になるらしい。

「はいっ、こちらはですね。白米。ハクマイです。見た感じ、白い粒々ですね。虫とかのたまごではありません。これも植物の一種なんです」

 ちょっと白々しいかもしれないけど、肝心なのは情報だ。箸の先でちょいとつまんで食べて見せる。うん、美味しい。

「栽培方法は少々特殊です。単純に種を土に植えるといったものではありません。あらかじめ種の中から良いものを選出して、水につけて芽を出させます。これが苗になります。そして広い土壌に水を張り、そこへ苗を一本一本植えていきます」

 抑揚の付け方がなかなか難しい。カンペをチラチラ見なくてもそれなりに言えるようになったのは練習の成果だろうか。

 元々知っている知識だからこそスラスラ言えるのかもしれないけど。

 ご飯が冷めないうちに、何とか手早く説明を終えていく。もうこれで何度舌を噛んだことか。あのプニーの滑舌の良さを見習いたいくらいだ。

「そして収穫した稲から脱穀してー、を乾燥させちゃったりするわけですねー。この白い粒々はこの中に詰まっているんです。ただー、ただー、ですね。白い粒々は取り出しただけでは食べられませーん」

 ひょいパクとまた食べて見せる。ここで一旦カットだ。

 一呼吸置く。次のシーンはエメラちゃんお手製のイメージ映像と編集が仕上がっているし、アフレコの方も既に収録済み。生放送じゃないからこういうところは慌ただしくなくていい。

 とはいえ、シーンのつなぎに違和感がないように自分のナレーションをおさらいしておかないといけない。再生用端末を起動してみる。

『一合、百五十シーシー、正確無比に計ること。次に洗いだけど、直接お米に水を当てずに二本指で――』

 自分の声を自分で聞くというのはこれもなんだか不思議な気分だ。いつも喋っている割には、「え? あたしの声ってこんななの?」ってなってしまう。正直言って気持ち悪いとさえ感じるくらいだ。

 普通、声というのは空気中の振動を伝って聞こえてくるもの、なのはまあまあ誰でも知っていることだと思う。

 ところが、自分の声というのは自分の中からの振動で聞こえてくるから周囲とは違って聞こえるらしい。いわゆる骨伝導というヤツだ。

 そういうあれこれがなかったとしても、こう録音されてしまったものだと自分の声が自分のものとは思えなくなってしまうところもあるし、「あたしこんなこと喋ってたの?」という気恥ずかしさもそこに足されてくる。

 まあ、こんなお米の美味しい炊き方とか、お米を食べることによるその効果なんてものを解説するくらいならマシな方だ。

 当初の予定では気恥ずかしいどころじゃない、顔から火が出るほどの恥ずかしい収録だったことを思えば、もうなんでもこいというところ。あの収録は見返して一発で没にさせてもらった。

 自分の中の何処からあんな声が出ていたのか、思い返すだけで熱くなる。

 エメラちゃんは残念がっていたけれどとんでもない。あんなものを永久保存版にされてたまるか。

 なら、これはいいのかといえば、それはそれで悩むところなのだけど。

「ナモミさん、調子はどッスか?」

 エメラちゃんが現れる。きっとメンテナンス帰りに立ち寄ってくれたのだろう。

「ああ、うん。七割くらいかな。前半は大体終わった感じ」

「あんま根を詰めなくてもいいんスよ? 編集でいくらでも直せるんスから」

 編集すれば表情も、声の張りも全部修正できてしまえるらしい。そこまでしてしまうともはやあたしが喋る意味があるのか意義を問いたくなる。

 いっそ声のサンプルだけとって、立体モデリングしたバーチャルなアイドルでも作って、全部やらせてしまった方がいいんじゃないのかと。

 ただ、聞くところによれば、まあ、既にそういうのは腐るほどいるらしい。というか、むしろこうやって収録してやってる方が珍しいくらいだとか。

 マシーナリー基準で考えてしまえばそうなってしまうのか。ニュースキャスターみたいな職業ですらリアルタイムに収録なんてバカらしくてやってられないらしい。

 情報を流すだけなのだから考えてもみれば合理的、なのだろうか。取材したり、編集したり、何か色々と手間があって、実際の発信までにラグが発生しそうなものだけれど、そういうのは全く問題にならないレベルらしい。技術革新か。

 事実、今あたしが収録しているお米情報の編集もかなりパッパと終わってしまっていた。録画したその場からもう番組一本が出来上がってるレベルだ。簡単なテロップやBGMまでついている仕上がり。

 いちいち恥ずかしいという理由で小一時間も録り直ししているあたしがのろまみたいだ。いや、そもそもまだ始めてから半日ちょっとしか経っていないということに驚いているくらい。

「ま、大切な資料ッスからこだわってくれる分には全然いいんスけどね。むしろ積極的に協力してもらえて嬉しい限りッス! ノリノリで助かるッス」

「の、ノリノリだなんて……、あたしもまだ色々と戸惑うところばかりだし、これでちゃんと役に立ててるのか全然不安だし……」

 はふぅ、と息をつく。

 自信がないのが本音だ。とてもじゃないけどノリノリと言えない。

「よし、じゃあ続きの収録に入るね」

「よろしくお願いするッス」

 機材をセッティング。カメラの位置を確認。次に使う小道具を整理。

 冷めかけたお茶碗をプレートに乗っける。板状の電子レンジのようなものだ。あっという間にご飯がほっかほかに戻る。

 さあ、カメラを回す。

「はぁ~い、ってなわけで~、こうやってご飯が食べられるんですねぇ!」

「……ノリノリじゃないッスか」

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