絶滅危惧種保護観察員 (4)

 ※ ※ ※


 エメラは絶滅危惧種の保護観察員というよりかは、有能な召使いだろうか。

 身の回りの世話をするとは言っても、相手は俺たち人間。

 マシーナリーに劣るとはいえ、言語による会話もできる知的生物だ。

 仮にも保護されている身のはずだが、エメラは共同生活をしているルームメイトのうちの一人のようにしか思えない。これで仕事が成り立っているのか疑問ではある。

 観察にいたっても同じこと。人類の生態系を逐一チェックするような記録係を担っているのかと思えば、別段、常に監視されているわけでもない。

 まるで俺たち人類と同じような生活サイクルを持ち、寝るときは寝て、食うときは食うというごく自然な活動をしている。

 人類と同じ目線で生活するために形だけを真似している……などといった意図があるわけでもなく、実際に普段からもこうらしい。

 人類とマシーナリーの違いは何処にあるのか、頭で理解していたはずなのだが、存外エメラは元々人類だったのでは、とさえ思えてくるくらいだ。

 保護観察員とは、こういうものなのだろうか。

 人類の繁栄のために繁殖の方も支援してくれるとの話にもなっているが、その辺りについてもどう考えているのやら。

「これだけの技術があるのなら、人類を量産する機構なんてものも用意できるんじゃないのか?」

 などとついうっかり聞いてしまった。

「それは推奨されないッスね」

 きっぱりと即答で、いつかのプニカみたいなことを言う。

「そりゃあやろうと思えばできるッスよ。細胞のサンプルでも採取しといて、それをベースに無限増殖させるような工場とかドカァーンと建てちゃって、人間作り放題なんてのも全然いけちゃうんじゃないスかね」

 やっぱりあっさりとできてしまえるのか。どちらかといえば、俺もそういう機構で作られた側の人間なのだからできないことがおかしい話なのだが。

「人間は、生き物ッス。動物ッス。それを道具だか消耗品みたいに生産するなんて倫理的におかしいじゃないッスか! ボクは生物としての人間を保護するためにここにいるんスよ」

 悪いな。俺とかまさに道具だか消耗品みたいに作られた側だったんだ。

 しかも、マシーナリーに提供される身でな。

「そういう線引きはハッキリしとかないとダメッス!」

 思いの外、俺の知っている時代のものとは大きく倫理観念が異なるようだ。

 かつてはマシーナリーに兵器として扱われた俺が、マシーナリーに道徳についてを説かれるとは思わなかった。これも時代の流れというものか。

「勃起不全とか不妊症とか、そういう障害があるなら検討するッスけど、皆さん健康そのものッス。ボクもその健康状態を維持するためにこうやってお仕事しに来ているんスからあんま酷いこと言っちゃイヤッスよ」

「わ、悪かった。ちょっと聞いてみたかっただけなんだ」

「分かってもらえたならいいッス」

 エメラは普段こそアレだが、仕事に関してはかなりの大真面目で、プライドを持って臨んでいるのがよく分かる。さすがは一歳で公務員になっただけはある。

 ここで俺の知っている二十億年前の話をしようものならさすがのエメラも怒り心頭に発すること間違いないだろう。黙っててもバレる、あるいはとっくに知っている話だと思うし、あえて言うまい。

 時代も変われば思想も変わる。そこに人間も機械も変わりはない。


「それにしても、本当に驚くことばっかりッスね」

「ん? 何のことだ?」

「この『ノア』のこともそうッスし、人類がまだ生きていたことにも驚いてるッス」

 『エデン』で初めて出会ったときもそのようなことを言っていた気はする。

 マシーナリーからしてみれば、人類はとっくの昔に絶滅していたと噂されていたらしい。

「ボクが一通り検査、メンテナンスした限りじゃ、『ノア』は本当かなりあちこちヤバかったッスからね。あと百年持ってたかも分からない状態だったッス」

 百年も持てば十分のような気もしたが、将来的に考えれば次の世代か、そのさらに次の世代のときにはダメになるのだから短すぎるくらいか。

 それはなかなかギリギリのところだったな。

「専門の技術者なしでよくここまで頑張ってたもんだと感心しちゃうッスよ。これもゼーンブ、プニカ先輩がやってたんスよね」

「ああ、そう聞いてる」

「もっと早く、頼ってほしかったのが本音ッスかね……。まあ、勿論マシーナリーが人類にとってあまりよく思われてないのは知ってるッス。そういう歴史があったわけッスから」

 お互い、考えていることは同じようなものなのか。

 エメラ本人を前にして口には出さないが、俺もてっきり観察員なんて調教師のような高慢な野郎が派遣されてくるとばかり思って、警戒はしていた。

 ディアモンデ氏のようなマシーナリーも他にもいるもんなんだな。

「ボクがもし、この状況にいたら気が気じゃないッスよ。オンボロ、なんて言っちゃ悪いッスけど、こんな状態で絶滅寸前の人類をどうにかしようなんて無茶にも程があるッス」

 プニカもあまり普段からそういった無茶な素振りを見せることはないが、やはり焦っていたのだろうか。

 長年暮らしてきた『ノア』の状態がどうだったのかなんてプニカならとっくに知っていたはずだ。

 最初にマシーナリーと友好関係を築けないかを発案したのはナモミだったが、交渉までの手引きを考え、実行にまでこぎつけたのはプニカだ。

 人間との関係が劣悪だということはプニカもよく知っていたことだったろうに、それでもその決断に至った。俺よりも先に、だ。

 今でこそ、成功して、人類繁栄の礎が繋がったが、あのときはリスクの大きさは考えるまでもなく途轍もなかった。それをプニカは検討すると言ったのだ。

「プニカ先輩には感謝しといた方がいいッスよ」

「ああ、いつも感謝しているつもりだ」

 今までずっと俺たちのために働いてくれたんだからな。俺も力不足であまり労ってはやれなかったが。

「これからはボクが全力で皆さんを助けるッス。ボクが皆さんの力になるッスからガンガン、バンバン、ハチャメチャ頼りにしてほしいッス」

「ありがとうな、エメラ。頼りにさせてもらうよ」

「えへへ、これがボクのお仕事ッスから」

 俺が知っているマシーナリーのどれとも違う、眩しい笑顔でそう答えてくれた。

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