私はもう焦りません (後編)

「あひいいいぃぃぃぃ……っっ!! んほおおおっっ……!!!」

 背を仰け反らせ、耳を劈くような強烈な悲鳴を上げる。昨日よりもまた一段と声量が上がっている。

 脳天に電撃でも食らったかのような顔をしている。

 逃げるように引き抜かれ、ベッドの上を跳ねるも、恐ろしくのた打ち回る。

「はひぃっ! ああ、ああああっ!! ら、らめえぇ……っ!!」

 何をこいつはこんなにも大げさに悶えているのだろうか。

 まるで全身の皮膚でも剥がされたかのように、ベッドの上で転がる度にビクンビクンとうごめき、そしてまたビクンビクンとのた打ち回る。

 気付いていなかったわけではないが、そもそも性行為セックスというのは快感も伴う行為だ。そこから痛みをなくせば当然快感しか残らない。

 ただでさえドリンクの効果によって何倍にも感度が増幅されている状態で、痛みの分の快感と本来の性行為セックスの快感が合わさればどうなるか。

 プニカは情報に頼りすぎるあまり、少々想像力が欠落していたらしい。

 度を過ぎた快感がどのようにその身に影響を及ぼすか、少しでも考えられたらこんなことにはならなかっただろうに。

「あひぃっ、んあああおぉっ……ひ、ひんじゃううぅ……っ! わらくひ、ひんじゃううううぅっ!」

 この様子を見る限りでは感度も数倍どころか数十倍くらいになっているんじゃないだろうか。肌が触れるだけでもう激しく感じてしまっているようだし。

 動けば動くほどに繰り返される、快感の無限ループに陥ってしまっている。

 これだったら昨日の方がまだマシだったような気がする。

 失態はしないといいつつ、こんな乙女が人前では見せてはいけないような恥ずかしい格好で、人として発していいようなものではない奇声をあげて、もはや人類としての尊厳が失われるレベルの失態じゃないか?

 いくらなんでも無様にもほどがあるだろう……。

「んおおおっ! あおぉっ! んひいぃぃ……っ!」

 哀れすぎて、掛ける言葉もないよ、プニカ。


 ※ ※ ※


「こ、子作りが……んひぃ! こんなにも大変なものだったとは……ぁん! お、思ってもみみみませんでした……」

 しばらくして落ち着いたところで涙目のプニカが語る。

 まだドリンクの効果は残っているようで、服も着れず時折身体をビクつかせては震わせている。

「プニカ、赤ちゃんはまだ欲しいか?」

「欲しいです……当然ですよ。でででも……ぁひ! こここれでは身体が持たないかもしれませんね……」

 ぐしゅん、と鼻をすする。

 ここまで惨状を招いているが、その決心は揺らがないらしい。

「慌てる必要はないんだよ、プニカ。命は限られているが、焦ると色んなものを見落として、失敗してしまう」

「ぅぅ……でも私は……私は……」

「失敗を恥じろ、って言ってるわけじゃない。地道に堅実にいくのもまた一つの道のりだってことだ。成功のない失敗なんて意味がないからな」

「ぜ、ゼクラしゃまぁ……」

 ずびずび顔でプニカは舌足らずに言う。

 プニカがどれだけの焦燥感にかられているかなんて俺には分かりようもない。

 かつて、この『ノア』に何百人とプニカがいた頃から何百年。

 時とともに次々といなくなっていく自分たち。

 いつ壊れてなくなるかも分からない住処ホーム

 進展の乏しい日々を送り続けて募り募った焦りだ。理解してやることも難しい。

「先日の一件で絶滅危惧種に指定されたおかげで時間には余裕ができた。もう慌てる必要はないんだよ」

「そうですね……私はずっと焦っていたのですね……」

 ほんの少し前までは子作り以前の問題だった。宇宙をさまよい、死体回収。

 生き返るかどうかも分からない蘇生作業。

 そんな日々を経て、長年の夢だった子作り、赤ちゃんが生める環境が整ったのだ。

 そのことが返ってまたプニカの焦燥感を煽ってしまったのかもしれない。


 ……先日のナモミとの一件もまた何処か絡んでいそうだが。

 やはり、女の嫉妬というものは恐ろしいものだ。

 これがどのように変容していくかなど予測がつかない。

 プニカの違う一面を見て、改めてそう思い知らされたよ。


 ※ ※ ※


「ゼクラ様、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 通路で出会いがしら、プニカが会釈をする。

 一晩を越えて、もうすっかりいつものプニカだ。

 無表情で、冷静で、知性を感じさせる。俺が知っている通りのプニカだ。

「身体はもういいのか?」

「ええ、中和剤を調合しましたのでもう大丈夫です」

 そこは自然治癒でどうにかならなかったのだろうか。副作用や後遺症を懸念してしまうところなのだが、深く気にしてはいけないところか。

「私はようやく気付きました。焦っていてはロクなことにならないと」

 そこに気付いていただけて光栄だよ。

 またプニカのあんな無様な姿は見たくはないからな。

「これからは地道にコツコツいきます」

 そういって、プニカは俺の腕を掴みにきた。

 それは一体どういう意図がある行為なのだろうか。

「まずはスキンシップからじっくりと重ね、ゼクラ様との親密度を高めていきます」

 機械的に言う。すりすりと肌をすり寄せて、飼い主に懐く小動物か。

「私はもう焦りません」

 俺が焦るわ。

 これで一体どうしろというのか。

「ゼクラ様、私に赤ちゃんを生ませてくださいね」

 今まで内面に秘めていたプニカが積極的に表に出てきただけじゃないか。

 むしろ、これは以前よりもずっと悪化しているのでは。

 これだったら謎アピール体操していたときの方がマシだっただろう。

「私の身体はゼクラ様のためにあるといっても過言ではありませんから」

 すりすり、すりすり。

 普段よりもまた余計に積極的だ。

 ただ単純に性行為セックスを求めてくるよりも対処の仕方が難しい気がする。

 よもや、いつも常日頃からこのようなことを考えていたが、あまりにも回りくどいからしていなかっただけだった、などということはないだろうな。

 ストレートにストライクを狙ってくるのがプニカだとは思っていたが、これは思いもよらない変化球だ。これがプニカの本性だというのか。

 確かに今までと比べれば回りくどく、気の長いやり方だ。

「子供の名前も今から考えておいてくださいね」

 何処ぞの誰かの受け売りの言葉も添えて、アピールにも余念がない。

 しかし、理性を何処かに置き忘れているぞ。

 一番肝心な理性がぶっ飛んでいるぞ、プニカ。

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