第六章 Atfer After

私はもう焦りません (前編)

 それは予想していたと言ってもいい。

 以前からそんな素振りはいくらでも見せてきていた。

 いつかはこういう日が来るのだろうと思っていたからさほど驚きはしなかった。

「ゼクラ様、どうかわたくし性行為セックスしてください」

 わざわざ俺の部屋にまで来て、そう直接頼み込みにきたのはプニカだった。

 あまりにもストレート、いっそストレートすぎるくらい。だが、プニカならば何の違和感もないくらいに自然で、いっそ自然すぎるくらいだ。

 このまま追い返すという選択肢もあったとは思う。思うのだが、今この場で追い返したところで、今後何が変わるというのか。ただ日を改めるだけの話だろう。

「ナモミ様とはシたのに……」

 その無表情からは分かりやすいくらいにジェラシーが滲み出ていた。

 プニカから赤い炎が轟々と燃え滾っているようにさえ見えた。

 これほど迫られては、追い返すことが無意味であることが分かる。

「……入れよ」

 そう言わざるを得ないだろう。

「はい、失礼します」

 そう部屋に受け入れた矢先、あろうことか部屋への一歩目にしてプニカはそこでもう服を脱ぎ出し始めた。失礼すぎるだろうそれは。

 どこかの風習か仕来たりだろうか。

 男の部屋に招かれたら直ちに脱ぐべし、と。

 それを異様な光景と捉えることがそもそも不自然なのかもしれない。

「やはり私の身体には魅力がございませんか?」

 キレイな身体はしている。全体的につるっとして、ぺたっとしているし、まあまあソレを魅力的であると表現することには異議はあるまい。

 そこまで悲しみに暮れた顔をしなくてもいいだろう。

 プニカがスッと、俺に近づきぴったりと密着してくる。

 ここにきて、あまりものは語らない。

 意地でも意識させようと必死になっているのだろうか。それともこれから性行為に至ることに今になって不安を覚えたのだろうか。

 かつて古代の人類は言っていたらしい。

 据え膳食わぬは男の恥、と。

 据え膳というのは、準備された食事を示す。

 あとはもう食べるだけという状態のことだ。

 出された食事を己の好き好みで残すなどという行為はその食事を準備した人への無礼。つまりは恥ずべきという意味合いらしい。

 元より、人に用意してもらったものを無駄にするな、という教えだろう。

 しかし、この言葉にはソレとは異なる意味がある。

 人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲と並ぶが、この言葉は食欲で性欲を例えるという隠語としてよく用いられたらしい。

 まったく、据え膳とはよく言ってくれるものだ。人は食い物ではないだろうに。


 ※ ※ ※


「痛っっっっったあああぁぁぁぁ………!!!」

 背を仰け反らせ、耳を劈くような強烈な悲鳴を上げる。プニカらしからぬ声量だ。そんな声を張れたのか。

 逃げるように引き抜かれ、赤いソレがベッドを汚してしまう。

 そして、プニカはベッドの上をびったんびったんとのた打ち回っている。

「こ、これは、この痛みは何なのですか……わ、わ、私は死ぬのですか? こんなにも血、血が出て……、これが性行為セックス? こここ殺す気ですかぁ!?」

 その点については例の教材で学習済みのものと思っていたが、実際に経験すると知識も何も全部吹っ飛んでしまっていったようだ。

 ナモミとはえらい違いだ。

 個人差はあると聞いていたが、こんなものなのか。

 しっかりと準備は怠らなかったつもりだが、現にプニカは両手で股間をガードしながら足をピンとさせ、ベッドの上を飛び跳ねている。なんだこの生き物は。

 鎮痛剤でも用意しておくべきだったか。

「続けられなさそうか?」

「つつつ、続ける? 一体ここから何を続けるというのですか? 性行為セックスは成功したのではないですか?」

 残念だよ、プニカ。

 お前は本当に残念だ。

 あらゆる意味で、もう全部残念だ。

 これが自ら性行為セックスを望み、己のアピールの限りを尽くし、ついには男のもとまで辿り着いた一人の女の姿なのだと思うと、あまりにも幼稚さが際立って哀れむ気持ちさえ沸いてくる。

「性行為の手順を、覚えているか? プニカ」

「うぐぐぐ……、てじゅん……? ええと、いんけぇを、ちつどうにそうにゅう、ぜんごうんどうで、しゃせい……、しきゅうにせいしを……んきゅうううぅ」

 痛みでとうとう意識が朦朧としてきたのか、舌の回りもよくない。

 頭の中の知識を羅列しているが、この様子ではもう自分で何を言っているのかさえ分かっていないだろうな。

 顔も酷いもんだ。あへあへと息を切らしている。

 普段は知的なイメージのあるプニカだが、もうその面影は何処にもない。

 今にも気を失いそうだ。

 可愛そうなことだが、今日のところはお開きとするしかあるまい。

 据え膳でもひっくり返されてしまえば食えないからな。


 ※ ※ ※


「ゼクラ様、今夜もお願いします」

 またしてもプニカが何食わぬ顔で現れる。

「昨晩は大変お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

 平静さを装っていても、昨晩の醜態は容易に拭えるものじゃないぞ。

「あれから私も冷静になって調べなおしてみたのですが、あれはまだ性行為セックスではなかったようですね」

 それに気付くとは。一歩前進したようだな。

 ほんの一歩だけなわけだが。

「初めてのことに私も錯乱しておりました。ですが、今夜はもう大丈夫です。昨晩のような失態は繰り返しません」

 そういって、プニカは何やら透明のボトルを取り出す。

 見たところ中には薬が入っているようで、ちゃぷんちゃぷんと波打っている。

「昨晩の失敗。それは想定していたよりも苦痛が大きく上回ってしまったことです。ですが、今夜は違います」

「一応訊くが、それはなんだ?」

 いつだったかはナモミに排卵を促す特製ドリンクなるものを飲ませていたが、まさか今回のソレも似たようなものじゃあるまいな。

「こちらのドリンクは痛覚を麻痺させ、一時的に快感神経へと置き換えるという快感ドリンクです。しかもただ痛みが快楽になるだけではありません。その感度は通常の三倍、四倍と増幅させられます」

「そ、そうか……」

「痛みを耐えることは辛いですが、快感であれば我慢する必要がありませんからね」

 随分とまた自信たっぷりという面持ちで言ってくれる。

 ここまでドヤ顔のプニカなんて滅多に見られるものではないだろう。

「ゼクラ様。今日こそは赤ちゃんを作らせてください」


 ※ ※ ※

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