もっかい、ギュってしてよ (後編)
さしもの人間のスタミナが無尽蔵ということはなく、とうとう力尽きたナモミはベッドの上、ひそやかに寝息を立てていた。
その安らかな寝顔の心地よさそうなこと。
どのような夢を見耽っているのかは知りようもないことだが、まだ見ぬ我が子を愛する母の顔をしている。
ここまで安心されてしまうと、その期待に答えなければならないように思う。
思い起こせば、ナモミは七十億年前より蘇った唯一人の地球出身者。
その戸惑いと混乱はきっと他者が理解しようとしてもしきれるようなものではないはずだ。
人は極限状態に行き着けばストレスで精神がイカれることだってある。
それが今ではこんな風に、普通に振舞える唯一人の女だ。
出会った頃と比べると随分と気丈なものだ。
赤ちゃんが欲しくなった、か。
少し前では考えられなかったんじゃないだろうか。
いつだったかは俺も激しく蹴り飛ばされるほどだったし。
ナモミがここまで至れたのは俺だけの力ではないだろう。
この『ノア』で共同生活を共にしてきた仲間に感謝しなければならないだろうな。
これからの人生はまだ長い。
さて、何人くらい子供を生むことになることだろうか。
後世に伝えなければならないことは数え切れないほどある。
俺たちがその礎になるなんて、やはり計り知れないほどに重く圧し掛かってくるものがあるが、障害を乗り越える力は十分にあるはずだ。
ナモミの提案がなければ機械との和解など考えられなかったし、プニカの手回しがなければ交渉までこぎつける事もままならなかった。
キャナがいなかったと考えるとあのとき、銃口を突きつけられたときに誰も守ることができなかっただろうし、全員の力を束ねて、今を生き抜いているわけだ。
全員で紡いだ結果、これから『ノア』の環境はまた大きく変わっていくだろう。
なんともはや人類滅亡寸前という過酷なる試練を突きつけられてしまったものだが、こうやって次に繋ぐことができているのだ。人類はまだまだ繁栄できるだろう。
「んん……ゼクぅ……、好きぃ……」
ベッドの上で何度か聞いた言葉を寝言でもまだ繰り返す。
こんな言葉をナモミの口から聞くことになるとは正直驚きだ。
だが、その言葉は普段はあまり聞くことはないだろう。
ナモミも頑固なところを見せたがる。二人きりでもなければ聞けないに違いない。
しかし、本心でそう言っているのであれば深くは追求しまい。
こんな嬉しそうな笑みも、ある種の特権ということで拝ませてもらおう。
こういう夜もあと幾度訪れることか。
今ある感情も、いつかはそのうち薄れてきてしまうのだろうか。そんな懸案事項は頭の隅っこの方に寄せておいて、これからの新しい朝を迎えるとしよう。
そっとナモミの前髪をなでる。
くすぶったそうに、ふふと息をもらし、身体をよじらせる。
この一瞬すら今はただただ愛おしく、尊い。
※ ※ ※
「昨晩はお楽しみのようでしたね」
廊下で出くわすなり、プニカが一声。
相変わらずの無表情であまり感情をあらわにはしていないが、少なくともそこに怒りの感情は含まれていないと思う。
だが、かといってそれを平然と口にするのはどうだろうか。
「知っていたのか?」
「ええ、消灯時間を越えてもお二人が同じ部屋にいたので少々確認を」
そういうのをいちいちチェックしているのかよ、この子は。
「秘密にしておきたいのであれば、
侵害と分かっててそういう行動していることは気になるが、秘密にしてくれるのであればそれは助かる。
「で、私の番はいつになりますか?」
今度は無表情で燃える感情が滲み出てきた。これは嫉妬に近いか。
プニカもあまり表に感情をむき出しにすることはないが、けしてそれは感情がないというわけではなく、ただただ内側に隠れているだけだ。
「特別、優先順位を設けているわけじゃない。また今度、な」
あのプニカの顔はいかにも「早く私も子作りがしたい」と強く訴えかけてきている。二人きりのナモミはかなり甘えてくる方ではあるが、プニカは我が強いな。
野生的というのか何というのか。普段理性的を装っている裏返しなのかもしれない。日ごろからアピールに余念もないし。
「ゼクラ様……やはり私ではダメなのでしょうか?」
餌をねだる小動物か。
「いや、プニカが悪いわけじゃない。人間という生き物は気まぐれだからな」
「そういうものなのでしょうか。私には今ひとつ分かりかねますが」
「そういうものだ」
そう、理解しといてくれ。
「それに人間である以上、体力にも限度はあるしな」
「それでしたら私の方で特別な精力増強ドリンクをご用意いたしますが」
ひょっとしてまともに性教育が今一番必要なのはプニカなのでは。あれだけの優れた教材が揃っていてこうも貞操観念に難があると矯正が必要な気がする。
「ゼクラ様、どうなされましたか。頭を抱えて、もしや頭痛ですか?」
「これはまあ気にしないでくれ」
頭痛であることは確かに変わらないが。
いずれはプニカとも当然のことながら人類繁栄を目的とした活動をしなければならないが、それよりもまず学ばなければならないことが多すぎる。
「確かに私の体躯では平均的に考えて少々小さいかもしれません。私への負担を気にしているのであれば大変嬉しいことですが、気にする必要はありません。子を生むことには何ら問題ありませんから」
この、子作りしたいですアピール光線がかえって痛々しい。
「あ、ゼク……とプニー。おはよう」
俺の方からは若干視線を外しつつ、ナモミが現れる。
やはり昨日の今日では目も合わせづらい様子だ。
「おはようございます、ナモミ様。昨晩はおた……」
思わず、プニカの口に手をやる。
今、何を言おうとしていたのか伺ってもいいか。
「うっかり忘れていました」
あっさりとそう答える。
確信犯か? こいつは確信犯なのか? 本当に忘れていただけなのか?
珍しく不敵な笑みを浮かべるプニカに、少々殺意が芽生えてきそうだった。
空気を読んで空気を読まないとは高度な戦略を使ってくる。
「……ふぅ」
しかしその様子を見てもナモミはぼんやりとした調子。
心なしか、がに股気味になっているところを踏まえても不自然だが何もいうまい。
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