第六章 After After After

ふこーへーちゃうのん? (前編)

「なあ、ゼックン。そーゆーのって、ふこーへーちゃうのん?」

 凄まれて、キャナに詰め寄られる。いつになく、えらいまた不機嫌のご様子だ。

 俺の体が丸ごとふわふわと天井付近に真っ逆さまで宙吊り状態にされてしまっているのがその証拠といえよう。

「一体何のことだ?」

 と、至極当然の疑問を投げかける。

 キャナに対して、不公平なことをした記憶はあまりないわけだが、そんなことも察せないのかと言わんばかりに、ふくれっ面で返してきた。

「ナモナモとプニちゃんとえっちしたやろ?」

 こちらの身動きがとれないことをいいことに、指先二本で鼻をグッとつまみながら具体的に指摘してくる。言い返す言葉もないが、現状から見ても不可抗力に分類されるものではないだろうか。

「ズルいわぁ……そんな肉食系やったなんて……」

「ちょっと言っている意味が分からないが、そろそろ解放してくれると助かる」

「……うちとも……シてよ」

 ボソリと耳元で囁く、というよりか呟くように言う。それはどちらかというと耳打ちではなく、恥じらいを持った小声に近いだろうか。

 俺という男はあまりにも甲斐性なしのように思えてくる。

 男として、この不甲斐なさは呪いたくなるくらい。

 もう少し俺は自覚を持った方がいいのだろう。この『ノア』において自分は唯一の男であるということを。

「ふんぬっ!」

 軽く制限を加えつつ、その身に力を込める。

 綿毛をちぎるような感触と共に、何かが消失した感覚があった。

 それと共に拘束された身体は重力装置の作り出す引力によって頭から落ちていき、床という名の天井へ腕一本を支えにして着地する。

「うわっ……、ゼックン乱暴」

 そこでドン引きされても困る。

「視認できなくとも、やっぱ原理は物理的に力を加えているだけなんだな」

 さしものサイコスタントとやらの力も、結局のところは見えない紐がまとわりついているようなモノでしかないということが今改めて分かった。

「ふつーに力技すぎるわぁ。どんだけムチャクチャなパワーやねん」

 半ば呆れている表情か、あるいはサイコスタントの力を無理やり引き剥がした反動による疲弊の表情か、キャナはハフゥと息をつく。

「悪いな……二十億年分眠ってたせいで身体もなまって加減ってものが難しくてな」

 壁際のキャナを追い詰めるように、一歩。そして軽くのつもりで壁に手を、ドンと押し当てる。

 思いのほか、その打音に怯んだのか、キャナの身体が僅かに震える。少し力を入れすぎたかな?

「ゼックン……、か、顔近い……」

「覚悟も了承もできているという認識でいいのか?」

「は……、はい……、よ、よろしゅうに……」


 ※ ※ ※


「はひゅぅ……、け……、けだものぉ……」

 息も絶え絶えに、くったりとベッドの上に横たわるキャナがあられもない姿でそう呟いた。心なしか、悦びを含んでいるようにも見えなくもない。

 ひくんひくんと小刻みに身体を震わせて、すっかり腰砕けのご様子だ。

 最初の勢いは何処へ行ったのやら。ベッドに乗った時点でもうしおらしく、見る影もなくなっていた。よくその様で強気に出られたものだと思う。意地っ張りもほどほどに頼む。

 お前、初対面の時にも俺になんて言ったか覚えてるか?

 日頃はナモミを相手に、なにやらいちゃこらよろしくしているくせに、こういうことには慣れていないというのもなかなか不思議だ。矛盾している。

 思えば、ナモミに対してはあれでいて実質サイコスタントの力を利用していて実際には指一本触れていないのだから、ノーカウントという扱いなのかもしれない。

「ぜ、ゼックぅン……、ほんま肉食系やん……」

 力なく、芋虫のようにベッドをぐねりとよじらせる。

「あ、あかん……、おなかの奥がしびれて動けへん……」

 じっとりと汗ばみ、妙に照るような肌が艶めかしく見える。意識しているのかはさだかではないが、その何気ないお腹をさする仕草さえも扇情的に思えて仕方ない。

「不公平には不満があるんだよな」

「はひ? どゆこと?」

「回数で言うとだな。足りていないんだよ」

「ふぇ……? 何の回数が足りひんの?」

「他の二人との、だよ」

 そこでようやく察したのか、キャナの背がヒックンと跳ねる。逃げようとした意思表示を感じられるが、悲しいかな、腰が持ち上がらなかったようで、ベッドの上から転げるのも難儀な様子だ。

 こういうときこそサイコスタントの力とやらでふわふわと飛んでいけばいいのではないだろうか。それとも、そんな余裕もないほどに消耗しているのか。

「俺も気遣いがなってなくて悪いな。こういう環境であることに慣れるべきだとは思うんだが……せめて平等にするべきだよな」

「怖っ、ゼックン、怖っ。あ、いや、ええんよ、別に。うち、満足やし。赤ちゃん作るんも急がなくてええて」

 ちぐはぐで、しどろもどろなあがきを見せつつも、逃げられそうな様子はどうにも見られない。獲物を前にした肉食獣の心境たるや、よぉく理解できる。

 弱々しい抵抗さえも誘惑の素振りにしか見えない。これを据え膳と呼ばずして、男を名乗れるか。これは義務ではない。男として果たすべきこと。

 キャナもキャナでいかにも嫌がるような態度のようでいて、いかにも逃げたくて仕方ないような抵抗感を装っているようでいて、その口元は何処か緩んでいる。内心、期待をしているのが隠せていない。

 まだ半端なんだ。この期に及んでまだ踏み切れていない心が残っているんだ。ならば、その半端を遠慮なく断ち切らせてもらおうじゃないか。

「な、なあ……ゼックン……、怖い、怖いて……」

「大丈夫だ、安心しろ。すぐに終わっているから」

 もう既に一頻りことを終えた後ということもあるだろうか。感覚は掴めたようには思う。そう無茶をするつもりはない。

 加減というものを把握し、優しくエスコートしていくのもまた男の役割だろう。二十億年前の価値観は今では化石よりも古い思想なのかもしれないが。

「でも、うち……、これ以上やったらおかしくなってまう……」

「先ほど覚悟も了承もできている、と確認をとったはずだ。互いの合意を一方的に無効にするのは勘弁願いたいな」

 などと半ば強引に切りつつも、ベッドの上、完全なる無防備なキャナの上へ。

「あ、あ、あかぁ~……んぅ」

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