Another

Punica wars II (前編)

 このあまりにも広大なる漆黒の宇宙の何処かを漂う、この宇宙でも残り僅かな人類が集約されたコロニー『ノア』。

 そこでは相変わらずも同じ顔、同じ性格、同じ体格を持つプニカのクローンたちが、やはり相変わらずも共同生活をしていた。

 この『ノア』を統括しているコンピュータ、マザーノアからプニカたちに与えられた任務は人類の繁栄。

 それは少しでも多くの人類を増やしていかなければならない重大な使命だ。

 だが、プニカのいずれも性別は女性。ただの一人として男性はいない。

 クローンのベースとなったオリジナルプニカが女性なのだからそこは当然特別に何かしらの手が加えられない限りは変わることはない。

 あいにくのことながら『ノア』の技術では人類は同じ性別同士で生殖活動ができないのだ。性転換手術といったことも技術の都合で推奨もされていない。

 この時代の技術力を持ってしてすれば、プニカのようにクローンを量産することも当然のように可能であったはずだが、これも残念なことに『ノア』にはその技術が搭載されておらず、その技術データすらも配備されていなかった。

 それがもしできたのなら今頃この『ノア』は数百人と言わず、何万人ものプニカによって埋め尽くされていたことだろう。

 人類は知恵を得た生物ではあるが、いかに優れた技術が開発されようとも、それが何らかの手段で誰かに引き継がれなければ無いも同然だ。

 よって、今のプニカたちにできることといえば、『ノア』にある船を使い、宇宙の漂流しているであろうネクロダストの回収及び、そこでスリープしている人類の蘇生くらいのものである。

 ネクロダストは点在しているとはいえその存在は不確定。時代もまちまちで正確な数も算出することができないし、ものによっては検知することすら困難なことさえあるくらい。

 そんな何処をさまよっているかもしれないネクロダスト探しは、時には何日間、何十日と宇宙を延々と探索し続けることもあり、一口に言っても存外過酷な業務である。

 また、蘇生するにしてもそう。

 専門の技術者でなければ、まずネクロダストの開封すらできないし、保存状態によって対処の仕方もまちまちで、それによってあらゆる専門分野が必要となる。

 実際のところ技術をインストールされたプニカでも蘇生というものは難しく、成功確率も実はそこまで高くない。これもまた生半可ではない労力を要するのだ。

 おおよそ、プニカたちの日課はこれらだ。

 とはいえど、『ノア』にある運搬船は数少なく、『ノア』に居住しているプニカたち全員を乗組員にするにはなかなか狭すぎる。

 そのため、任務で唯一の日課であるネクロダストの回収は当番制となっており、乗船できないプニカたちは『ノア』で待機せざるを得ないわけだ。

 そして今日もまた『ノア』に残されたプニカたちは平凡な日を送ろうとしていた。


 ※ ※ ※


 『ノア』にある居住区の一角、広い大衆食堂内にて、幾人ものプニカが集い、食事を摂っていた。

 何列も並ぶ長いテーブルを端から端まで同じ顔が埋め尽くす光景はある種異様だ。壮観ともいえるのかもしれない。

 献立にもバリエーションはあるはずだが、揃って同じ献立を選んでいる。

 特にルールとして取り定められたものではないが、いつの間にか日替わりで皆同じ献立を食べるようになっていた。

「プニカ九号、今わたくしのホワイトプリンに手をつけませんでしたか?」

 プニカが声を荒げる。

「何を言っておられるのか分かりませんよ、プニカ十八号」

 プニカは何食わぬ顔で答える。

「私は見てました。プニカ十八号のホワイトプリンをプニカ九号が突いていました」

「ほら、目撃者がいるではないですか。自分ので満足してください」

 ごたごたと、長いテーブルの途中、何やら小さな揉め事が起きる。ざわざわとしているが、どうにも大した内容でもない。

「働かざるもの食うべからずです。私は先日作業から帰還したばかりで栄養補給を求めているのですよ」

「認めましたね。今、あなたは私のホワイトプリンをくすねたことを認めましたね」

「プニカ十八号、落ち着いてください。プニカ九号、今のはどういう了見ですか?」

 くだらないながらも、周囲のざわつきが加速してくる。何人ものプニカたちがプニカに意識を向け始める。

「プニカ十八号だって前に私のシアンバニラを横取りしたではないですか」

「本当なのですか? プニカ十八号」

「……該当する記憶が検出されません」

「無駄なデータのインストールのしすぎなのではないですか?」

 ムムムと頬を膨らませたプニカがプニカを睨み付け、今にも取っ組み合いが始まりかけたが、プニカがそれを制止する。

「プニカ九号、プニカ十八号、これは何の騒ぎですか? 説明してください、プニカ二十七号」

 そして、また違うプニカが現れる。

「プニカ九号が私のデザートを」

「いえ、プニカ十八号が先に……」

 二人のプニカが揃った顔を揃えて言う。

「私はプニカ二十七号に聞いているのですが。まあ内容は把握しました。プニカ九号とプニカ十八号はしばらくデザート抜きです。献立から注文権を剥奪しておきます」

 死刑宣告でもされたかのように、青ざめた顔で二人のプニカが呆然とする。

 注文権がなければ当然のことながら注文することができない。

 これからしばらくの間、二人のプニカはデザートのない侘しい食事を味わい、心のどこかにぽっかり隙間の空いたような空虚な気持ちをも味わうのだ。

 残念ながら、自業自得である。

「許しませんよ、プニカ九号」

「それはこちらのセリフです、プニカ十八号」

 やいのやいのとプニカはプニカを、プニカがプニカをまくし立てる。

「二人共はしたないですよ。食事そのものの注文権も取り上げられたいのですか?」

 さすがにそれ以上は勘弁だったのか、プニカもプニカもうなりつつも黙る。

 そして一しきり説教を終えたところでプニカはやれやれという面持ちで溜息をフゥとつく。

 それを傍らから見ていたプニカたちも自分はああなるまい、と食事を再開する。

 プニカも、プニカもプニカも、皆プニカであるため、好みや趣味などが被り、このような些細ないさかいは実に頻度が高く、プニカも頭を痛めている。

 明瞭な、そして究極的な同族嫌悪というやつだろうか。

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