Punica wars II (後編)

 それにしても、何処を見渡してもプニカばかり。この『ノア』にはプニカしかいないのだからそれは至極当たり前の話なのだが、外部からここを訪れた者は間違いなく困惑することだろう。あるいは発狂か。

 一体どのプニカが何のプニカで、何のプニカがどのプニカなど、見た目で区別することはまず困難だ。

 だが、プニカはプニカがどのプニカであるかを把握することができる。

 それというのもプニカにはそれぞれコードが割り振られており、そのコードを認識することでそのプニカが誰なのか、プニカは判断できる仕組みになっている。

 コードという制度が作られたのもこの時代から遡ることおよそ二十億年。

 それまではアドレス管理というアナログな処理で個人を判別していたが、人類を簡易に生産できる施設の登場により、管理、掌握するためには個人を識別するコードが必要になった。

 施行された当初は大量生産される人間だけに振られるものだった。

 何せ、人間に連番を張る行為は非人道的。物扱いでしかない。

 大量生産された人間は奴隷という扱いだったがために施工された。

 しかし、後に奴隷がその任務を解雇され、一般人となり、それまでの一般人と同等の扱いを受けたいという運動が起こり、長年、コードの制度が人類で反響に及んだ。

 そこから何処をどう議論が巡ってきたのかは定かではないが、奴隷ないし、クローンなども含めて、人類はあまりにも繁栄しすぎていたがためか、あらゆる人類にもコードが付与されるというところに落ち着いた。

 当然、元々が奴隷を識別するための用途だったため、酷い暴動は絶えなかった。それによって大規模な戦争すら起きるほどに。

 一般人がコードを持つことが当然のようになった時代でも、完全にそれが当たり前のものとして浸透するまでにもまた時間を要した。

 それから何十億年と経った今でこそ、便利な制度として扱われているし、今もまた有効活用されているため、もはやコードというものは必要なものだろう。

 やはり、プニカやプニカがどのプニカでどんなプニカなのか、プニカを識別するにもコードというものは必要不可欠というもの。

 コードがなければプニカがプニカなのか、プニカがプニカだったのか、ひょっとするとプニカじゃなかったのかさえも分からないままだろう。

「プニカ十八号、まだ落ち込んでいるのですか? プニカ九号やプニカ三十六号に言われたことは気にしなくてもよろしいかと思います」

「プニカ四十五号……、ですが、私はこれからデザートのない絶望の食事が待っているのです。一体日々、何を楽しみに生きればいいのか分かりません」

 まるで世界の終焉を目の当りにしたかのように言う。

「私の方からもプニカ三十六号に取り合っておきます。少しでも早くデザートの注文権を返してもらえるように」

「それは本当ですか? ありがとうございます、プニカ四十五号」

「プニカ四十五号、では私の方もお願いします!」

「プニカ九号、あなたは反省の色が見られませんので却下とします」

「そ、それは不公平なのではないでしょうか!」

「私はプニカ四十五号の意見に同意します」

「そんな、プニカ五十四号まで……」

 こうして、プニカとプニカとプニカと、それとプニカによるプニカたちの一日は過ぎていく。人類を滅亡の危機から救おうという任務の傍らに、途方もなく平穏でありながらプニカらしいプニカな日々がそこにはあったのだった。

 もちろんこれは、プニカしか知らないことなのだが。


 ※ ※ ※


 あれから何十年ほど経っただろうか。

 宇宙の歴史からしてみればほんの一瞬にしか過ぎない時が経過した。

 あの頃から宇宙を漂っている『ノア』そのものはこれといって変わり映えすることはないが、この『ノア』にかつて数百人といたプニカも今やたった一人。

 しかし、回収されたネクロダストから何人かが蘇生に成功し、新しい共同生活も始まり、一先ずはプニカたちの人類繁栄という任務は無事に実を結び始めていた。

「ねえ、プニー」

「なんでしょうか、ナモミ様」

 ふと、蘇生されたうちの一人であるナモミが思いだしたかのように、最後のプニカへ一声掛ける。

「前にちょっと話してたけど、昔この『ノア』にはプニーのクローンたちがいっぱい暮らしてたんだよね」

「……ええ、そうです。あの頃はとても賑やかだった記憶が私の中にあります。勿論この記憶も今の私のものではなく、かつてのプニカたちのものですが」

 あれだけいたプニカたちの記憶はこの一人のプニカに集約されていた。

 何処かで記憶障害が発生しそうなものだが、そういうところの技術は優れているのか、多少なりの負荷が掛かっている程度で済んでいる。

 ただ、インストールされていた技術データは容量の都合もあり例外で、今のプニカには特別な技能は習得できていない。

「自分がいっぱいいるってどんな感じだったの? やっぱり姉妹みたいな感じ?」

「姉妹……確かにそうかもしれません。プニカは共に任務を遂行する仲間である以前に、家族のようでした」

「あたしは兄弟とかいないからなんかそういうのってちょっと羨ましいなぁ、なんて思っちゃう」

「まあ、ナモミ様が思うほど良いものではなかったと思いますよ」

 思いだすように、プニカがそっと顔を俯かせる。

 浮かんでくるのはプニカ、プニカ、プニカの顔。

 指示を出したり出されたり、喧嘩をしたりされたり。過酷な仕事を共にすることもあれば、極めて平穏でくだらない日々を過ごしたり。

 大して身分に違いがあるわけでもなかったが、そのときそのときに振り分けられた役割によって上にも下にもなり、入れ代わり立ち代わりは目まぐるしかったことだろう。

 ホワイトプリンの味もシアンバニラの味も覚えている。

 とにかく、プニカ、プニカ、プニカの思い出がプニカの中に鮮烈に残っていた。

「そうだよね。プニカが何百人もいたんだっけ……それだとちょっと大変だったのかな」

 それはナモミが想像できる程度のプニカでは、到底考えられまい。

「強いて言えば、そうですね。あれは、戦争でした」

 そう、プニカは静かに言葉を切った。

 ナモミは軽く頷きつつもそこまで納得いったような顔をしていなかった。

 ただ、その一言は、少なくともプニカの全てを物語っていた。

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