ざっぶ~ん (後編)
「プニー、プニーも一緒にこっちきて遊ぼうよ~」
「え、あ、は、はい、でも私泳げな……」
ナモミにくいっと腕を引っ張って連れられて、プニカが波の押し寄せる海へと引きずりこまれていく。本来はああいう風に遊ぶのが目的だろう。
何を勘違いしてあっちの路線に走るのか。もしかしなくとも普段からそういうことしか考えていないのかもしれない。
「ゼ~ックゥ~ン、遊~ぼぉ~!」
「うのわっ!」
突然足元から巻き起こる砂塵。足をとられバランスが崩れる。
巻き上がって砂の竜巻が俺の頭の先まで包んできた。
熱い白の粒子がチリチリと肌を焼き付けるように襲い掛かる。
「あち、あちち、ちょ、熱っ!」
「うわははは、ちぃっとやりすぎたかなぁ」
割と普通にシャレになってないくらいに熱いぞ。
「ぺっ、ぺっ、ちょっと口に入っちまったぞ……」
「あはは、ごめんごめん。ゆるしてぇな」
とても許しを請うような態度には思えないのだが。
「だってゼックンさっきから呼んでも全然来ぃへんし、なんかつまらなそ~な顔してるやもん」
この顔は生まれつきだ。
「せっかくの海なんやからもっと遊ぼうや」
笑いかけながらキャナが言う。まあ確かにわざわざプニカに用意してもらった仮想の海を無駄にしてしまうのもしのびない。
「ああ、分かった分かった。悪かったよ」
「えぇぇ~いっ!」
何が起こったか。
次の瞬間、俺の身体は吹っ飛んでいた。
宙を舞い、白い砂浜を言葉通りに飛び越えて、青い海へと頭からダイブしていた。
「ぶはぁっ!? な、何をするんだよ!」
「えへへぇ~、なんかゼックンの目ぇがえっちやったから」
失礼なことを言う。
確かに視線的なものはそれに類似するところはあった可能性は否めないかもしれないが、その要因は主にキャナにあるのではないかと俺は思うわけで。
「頭の中で言い訳考えるのやめてくれる?」
「べ、別に言い訳など……」
浅い海面から見上げると、ふわふわとしたキャナがこちらを見下ろしていた。
ドキリとくるくらいに、このアングルは刺激が強かった。
キャナの豊満なそれが一望できるこの状況下はなんたることか。
言い訳の言葉を全て粉砕されてしまいそうだ。
「ざっぶ~ん」
不自然な波が追い討ちを掛けてくる。
流されこそしないが、踏んだり蹴ったりだ。
娯楽とは、行楽とは一体なんだったのか。
※ ※ ※
「そろそろ引き上げて昼食にいたしましょうか」
波打ち際で水遊びに没頭していたプニカが言う。なんだかんだ泳げないながらも満喫していたようだ。
しかし、ナモミがいかにも名残惜しそうな顔をする。
「折角だからここでご飯食べたいなぁ」
まあ、海の雰囲気を満喫した気分のまま食事をとりたいという気持ちは分かる。
「……では、ハウスを出しましょう。プリセットにありましたので」
と、言ってプニカが浜辺の方に向かって両手を突き出す。
一体何の儀式かと思えば、砂の下からゴゴゴと生えてくるように木造のハウスが出現した。本当なんでもありか、プニカ。
「凄い……リゾートって感じがする……」
感無量だという表情でナモミがジーンとしている。自分の理想に近かったらしい。
ただの休息場ではなく、カウンターやキッチンまでついている。
少々贅沢なような気がしないでもないが、娯楽というのはこういうものだろうか。
「では、料理も出しましょうか。外から搬入します」
全員がテーブルにつくかつく前かにプニカがハウスに備え付けの端末を操作するところだった。しかしそこでナモミが声を掛ける。
「ねえ、折角キッチンがあるんだし、自分で料理作ってみたい!」
などと提案を持ちかけた。
「ここのキッチンって実際に使えるんだよね?」
「ええ、火も水も接続しています。再現性に抜かりはありません。必要な材料を言っていただければそちらも取り寄せることができます」
それはマジで言っているのか。
まさか自分の手で料理を作ろうなどというのか。
そんなことが人類に可能なのだろうか。
料理なんてものは端末操作とプログラミングで生成するものではないのか。
「なあゼックン、何を考えてるか知らんけど多分それ人類バカにしとるで」
ナモミとプニカがカウンター奥のキッチン側へと向かう。
色々とリクエストに応対しているらしい。
どのようなものが作られるというのか。
「レシピは表示しなくてもよろしいでしょうか? なんでしたら立体ガイドも」
「うん、大丈夫。プニーありがと」
どうやらいよいよ調理が開始されるらしい。
大丈夫なのだろうか。
ナモミが刃物を手にとっているぞ。あんなもの取り扱いを間違えれば怪我をしてしまうではないか。
あろうことか具材を両断している。なんだあの躊躇いもない動きは。
とうとう火も起こしたぞ。
あの取っ手のついた金属製らしきプレートはなんだ。あんな分厚い鉄の塊を火につけて何をするつもりなんだ。その程度の火力では鉄は融解しないはず。
何、バラバラに切り刻まれた具材をプレートの上に載せるだと。
それは一体どのような風習の儀式だというのか。
ジュージューと凄まじい音を立てている。煙も立っていないか?
火災が発生しているのではないか。安全は確保されているのか?
「なあゼックン、何を考えてるのか分からんけど顔が鬱陶しいで」
「よし、こんなものかな」
金属プレートから均等に、皿の上に中身が分けられていく。
テーブルに並べられたこれは、一体なんなのだろう。
茶色く変色した触手生物の死骸か?
香りは悪くないが、これは食していいものなのか?
「味付けあんま自信ないけど、召し上がれ」
プニカとキャナが微塵も躊躇することなくそれを口へと運ぶ。
「美味しいです」
「美味いなコレ」
「焼きそばとか久しぶりに作ったからあれだったけど良かったぁ」
この流れで食わないわけにはいかない。
一口、運ぶ。
ピリリとくる濃厚な味が食感の良いものに絡み、ほどよく甘い。かと思えば酸味の強い刺激も割り込んできて食欲を刺激される。なんだこれは。これが料理なのか。
「凄いな、ナモミ。こんなものを作れるのか……」
「えへへ、凄いでしょ!」
満面の笑みで返された。いやはや、これは圧倒された。
波間の見える浜辺のハウスで、仲間で囲って食べる料理の美味しいこと。
行楽というものを少し理解できた気がする。
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