人類繁栄への一歩 (6)

 広大なる宇宙で、唯一生存している人類が居住するコロニー『ノア』。

 今日も『ノア』は、いつも通りに平穏で、何のことない時間を過ごしていた。

 ただのコロニー、住処ホームである『ノア』にとっては、そう、何のことはないような平穏ではあるのだが、人類とってはこの平穏をそのまま満喫していいものなのか、分かりかねる状況下に置かれている。

 この『ノア』に住む人類の目的は繁栄するということ。

 繁栄。繁栄だ。豊かに栄えることだろう。産めや増やせ、子孫を残せ、と。

 人類は今、理想的に繁栄しているとは言い難い。

 先ほどの通り、この宇宙には地球出身の子孫を含む人類はこの『ノア』以外には生存しておらず、しかもその数はあろうことかたった四人。

 そのうちの三人は女であり、最後の一人である男が、あろうことか俺だった。

 生物学的な話として、子孫を、子を成すには男と女がいなければならない。ただでさえ数が少ないというのに、人類の存亡が俺の意向にかかっているとまできた。

 なんともはや運命の巡り会わせというものは実に数奇なもので、俺を含む四人ともこれまたあまり普通とは言いがたい経歴を持っている。

 俺のことは、まあ後でもいいだろう。

 一人目の名前は、ナモミ。

 コールドスリープによっておよそ七十億年という歳月を、あらゆる奇跡が重なった結果、飛び越えてきたという。驚くべきことに唯一の地球出身者。肉体的な年齢はここの誰ともさほど変わらないが、誕生してからの日付を数えれば最年長だ。

 二人目は、プニカ。

 かつて繁栄していた人類の英知によって作り出されたクローン。何百人と『ノア』にコールドスリープで保存されていたのだが、何百年という歳月のうちに今ではたった一人となってしまった。情報量や知識量は尋常ではないが精神的にやや難あり。

 三人目は、キャナ。

 人類の進化を人工的に促し、生み出された超能力者。通称、サイコスタント。常人ならざる能力を秘めており、時系列的には人類の歴史の最先端を生きている。実はこの人類の中では最年少になる。の割には女性陣で一番お姉さんしている気はする。

 そして、最後の男である俺は通称ゼクラ。名前は持っていない。

 二十億年ほど前の技術によって作られた人造人間であり、身体能力は当時の人類基準でみれば限界まで行き着いたとも言われる程度の能力値。戦争に投入された人間兵器であり、スリープに入っていたところ何の因果かこの『ノア』に流れ着いた。

 以上の俺を含む四人が唯一生存を確認できている人類だ。


 さて。

 地球人、クローン、超能力者、人造人間。

 そんな筆舌に尽くしがたい珍妙なる連中ばかりがつどっている。

 この『ノア』に一堂に会している理由は先ほども触れたとおり、人類の繁栄のためであり、皆、子作りをしなければならないという任務にあたっている。

 人類は絶滅目前という現状の前で、倫理観念であったり、貞操観念であったり、少々常識にズレが生じているらしく、はたして、何処から何処までが許容されているのかは定かではない。

 そも、スリープから蘇生するに至るまでも少々倫理的な面で問題があったり、クローンだの超能力者だの人造人間だのと人為的に近い出生もかなり黒に近いグレーゾーンであったり、変に突き詰めると大多数が歩く大罪のような状態だ。

 そこでさらに、子作り。子作りか。

 少なくとも決定事項として言えることは、俺は人類を滅亡の危機から救うために、女を孕ませなければならないということだ。

 ここばかりは俺が唯一の男である限り、揺るがない。

 幸いなことなのか、それとも何らかの意思のもとか、この『ノア』にいる人類は皆、子作りをするには十分に成熟し、適した年齢であり、健康状態も申し分ない。

 いっそ、思う存分に子作りに励めという何処かしらからの強い意志さえ感じられるくらいだ。これは一体何の意志だ? 宇宙の意志か?

 俺に委ねられていいのか。


 ※ ※ ※


 居住区の中央にあたる広間。まるで白いすり鉢上のような空間で、数百人とくつろげる公共のスペース。小さい庭園もあれば、噴水もあり、ちょっとした箱庭だ。

 各々の部屋へと繋がる通路は全てこの広間から分岐しており、居住区から何処か別のエリアへ移動するとなれば必然とこの場所を通ることになる。

 この『ノア』で目覚めてからもうこの平穏な光景を何度拝んだことか。

「ゼクラ様、おはようございます」

「……おはよう、プニカ」

 いつものように、そこにプニカがいたことについては、これといっておかしなことはない。これもいつもの光景なのだが、そこにはいつもは見かけない異質なものが置いてあった。

「ぁー、と……その大げさなものについて訊ねてもいいか?」

 憩いの場の一角を堂々と陣取るソレ。パッと見ならばソファだが、背もたれの位置からは無数のパイプが伸びており、それぞれガラスの容器へと繋がっている。ゆったりくつろげるような安心感のない奇怪な機械だ。

「こちらは『エデン』より戴いた装置です」

 こんなもの、今まで見たことがないからそうなのだろうな。

「出産支援ソファとでも言いましょうか。『ノア』にも似たような装置はありましたが、こちらは性能が段違いです。例えば妊婦の中にいる胎児の成長を促す電波を発したり、セットされた調剤により胎児の遺伝子操作などを行ったりできます」

「い、遺伝子操作ねぇ……」

「何分我々は個体が少なすぎます。このまま仮に無事に子供が生まれていっても次の世代、次の世代と追うごとに血が濃くなっていき、何かしらの異常を抱えていくことが予測されますから」

 すっかり今いるメンツで子作り政策する気まんまんのようだ。

「これでいくらでも赤ちゃんが産めます!」

 なんとまあ力の入ったコメントだな。

「うわぁ、プニー、なにこのおっきいソファ」

「ほぇ~、なんなん? コレ?」

 数少ない人類たちが次々と姿を現す。将来の母親たちだ。

 ああ、俺はコイツらに何人の赤ちゃんを産ませることになるのだろうか。

 なんにせよ、長い付き合いになるに違いない。

 あまりにも絶望的な状況に思えたが、どうやら人類はまだまだ繁栄できるようだ。

 俺が、俺たちが刻んだ一歩だ。

 なら、ヤるしかあるまい。

 そう、人類の未来のため、あくまでプラトニックにな。

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