人類繁栄への一歩 (5)

超能力者サイコスタントがいなければもう先ほどのように逃げられまい」

 状況は先ほどとはまるで違う。

 俺以外の全員は外に逃がしてしまったからな。

「さあ、お引取り願いますよ」

 紳士が合図を送る。

 銃口から途切れることのない破裂音と、弾丸が放たれてくる。

 次の瞬間には焦げ痕を残していく。

「また消えた!? どういうことなんだ?!」

「少しは学習したらどうだろうか」

 俺は

 今度は自由に動き回れる。

 さっきは本当にヒヤリとしたもんだ。勘が外れてたら後ろにいたアイツらが挽き肉になってたところだ。

「いつの間にっ!? まさかアナタも超能力者サイコスタントだったのか?」

「いいや、俺はサイコスタントじゃない。コードをスキャンしたのなら、もう少し把握できたんじゃないか」

「コード……Z-o-E-a-K-k-Rズィオエアケケラ……コードZだと? アナタまさかシングルナンバーなのか?」

 ヒューマン・コードというところまでは理解しておきながら、そこまでは把握しきれてなかったらしい。処理が早いんだか遅いんだか。

 俺たちが一歩踏み入れたところで閉鎖に至るまで迅速に対応できても、そこのところはやはり機械的にしか判断できていなかったのだろうか。

 人間嫌いが昂じた条件反射なのかもしれない。

「シングルナンバー……今から二十億年前に兵器として生み出された人造人間。人類の進化を極め、細胞単位から人体改造を施し、かつて機兵大国として栄えた数多の星を制圧し、破壊の限りを尽くした経歴を持つ忌々しい世代か」

 情報の索引早いな。二十億年前のデータだぞ。

 今の時代にはキャナのようなサイコスタントという人類の人工的な進化を施された世代がいるようだが、あいにくと俺の時代の技術はそこまではない。

 当時の人類の限界まで身体能力を高めた使い捨て人間だ。

「奴隷風情が今になって暴動か? アナタ、どうやって生き延びてきたというのか」

「生きてはなかったさ。ちょっと起こされてしまってな」

「我がコーポを襲撃して、一体何が望みだ」

「こちらの目的はあくまで交渉だ。襲撃する意図はない」

「何を白々しい……ヒューマンめ!」

 ここまで話が通じないといっそ清々しさも覚える。

 少しでも説得を試みようと考えた自分を恨みたくなるな。

「シングルナンバー……よりにもよってコードZとは……!」

 苛立ったように、また合図を送る。

 銃撃の雨の再開。しかし、もう分かっているはずだ。

 それが俺を捉えることはない。

 数にして数千、数万発の弾丸は床を豪快に叩くだけで終わる。

「コードZ……ヤツらの、アナタ方の遺した闘いの爪痕は、人類の後世に残るほどの誇りの象徴になってしまった。死してなお煩わしいヒューマンの亡霊め……」

 何度目かの銃弾が尽きる。警備員も俺の姿を捉え切れてはいない。

「アナタさえいなければ……ヒューマン共は反乱を起こすことなどなかったのに……我々の先祖の心すら動かす忌々しい亡霊よ」

「そいつは冷めたホットニュースだな」

 初めて知ったよ、二十億年越しに。

 コードZとは、シングルナンバー最後の世代。

 俺の世代の先に、生まれたときから奴隷としてではない、ごく普通の人間が作られるようになったことは知っている。

 それは俺と、その前の世代を含むシングルナンバーの功績だから。

 しかし俺の、俺たちの戦いは、もう何も生まないものだとばかり思っていた。

 機械たちの傘下で、平穏に暮らせるようになっただけかと思っていた。

 そうか。誇りの象徴か。

 後世の人類に機械相手への反乱なんてものを起こさせちまったのか。

 ましてや機械の心さえも変えてしまっていたのか。

 そいつはまた、随分と大層なものを遺せていたんだな。

「歴史の汚物、ヒューマンなんぞ、この銀河の全てから根絶やしにしてくれる!」


「そこまでにしなさい」


 ふと、何者かが転送されてきた。

 それと同時に、けたたましい音も止み、警備員たちも動きを止める。

「大変失礼いたした。私が不在の間にお客様にはとんだご無礼を」

 封鎖していた壁が消えうせる。銃器も影も形もなくなる。

 目の前で血相を抱えている紳士よりもさらに強い権限を持っているということだけは明白だろう。

 つい今しがたまで殺気立っていたはずのこの場が、最初から何事もなかったかのようにリセットされていた。

『ディアモンデ。コークス・コーポ代表』

 すっかり忘れていたが、プニカの用意していたガイドが作動する。なんとまあ丁寧な説明だ。どうやら本当にお偉いさんのようだ。

 まさか責任者が現れるとは。

 頭を下げて、腰を90度ほど曲げる。

「ディアモンデ様。連絡もなく突然の訪問で、こちらこそ失礼いたしました」

「ははは、そんなにかしこまらなくてもいい」

 今の今まで紳士らしき紳士に散々一方的に攻撃されまくったばかりだ。その振る舞いすらも警戒してしまう。

 下手なことを言えば今度こそどうなることか。

「君は解体クビだ」

「そん――!」

 有無を言わさず、最期の言葉さえも途切れ、紳士が転送によって退場させられた。

 転送の行き先が何処になるのか知ったことではないが、ディアモンデの鋭い切れ味のある口調からしてまあ察せられる。

「申請については目を通させてもらったよ。うちにアポを取りに来たそうだね」

「は、はい」

「しかし驚いたもんだ。ヒューマン・コードとは何の冗談かと思ったよ。こんな連絡を受けたものだから思わず取引先から途中で抜け出してきてしまった。認証バグだったら大変なことだからね」

 気さくでフレンドリーだな、ディアモンデ。

「アポは承認。それでは話を伺おうか」

「え? これからですか? 別な用件があったのでは?」

 まさかアポイントメントがあっさりと取れるとも思っていなかったし、これからいきなり交渉に入れるなんて予想すらもしていなかった。

 責任者が直々に出てくるなんて想定していない。

「構わんよ。あっちのは退屈なお茶会みたいなものだから」

 これは気前が良い、だろうか。ディアモンデはかなりおおらかな性格のようだ。

「キミの連れも一緒にどうぞ。賑やかなのは結構なことだ。はっはっは」

 振り返れば、外に逃がした三人がまだそこに立っていた。

 少々怒っているように見える。

「ゼックン! 心配させんといてや! ほんまに!」

「あなたの身に何かあったらどうするつもりだったのですか!」

「ゼクのバカっ!!」

 少々ではなかった。

 無数の銃弾の雨は上手いこと回避できたのだが、この罵倒の雨は直撃せざるを得ないようだ。


 ※ ※ ※


 結論から言うとだ。

 交渉は、まさかの大成功だ。

 ディアモンデという男は人間好き側だった。

 もう人類が絶滅していたものだと思っていたようで、その興奮を抑えきれず、かなり友好的に接することができた。

 彼がいかに人間という存在を愛しているかについてが主な議題になってしまっていたが、そこに付け込んで無理難題と思われた取引は逆に引いてしまうほど円滑に進んでいった。

 そうでなくとも、あの名前も分からない紳士が暴走してくれたおかげで、他の客にも迷惑が掛かったし、損害も多少なりあったようなので、お詫びの意味も込められているらしい。

 まさかプニカの通報が決め手になるとは分からんもんだ。

 それに、こちらは最初から正規の手続きを踏んでいたし、一方的に被害を被った側になる。一切の反撃もせず、ジッと堪えたことも功を奏したようだ。

 お詫びや賠償、その他もろもろを束ねればお釣りが出るどころじゃない成果だ。

 そして、これは当初から相談し、考えていたことなのだが、ディアモンデにも話をつけて、こちらの件も上手いこと繋ぐことができた。

 それは、人類を絶滅危惧種生物として申請する、ということ。

 自らそう言ってしまうのは何とも冴えない話ではあるが、これで登録することができれば保護される身となるので、丁重に延命させてもらえるようになる。

 ディアモンデほどの地位があれば登録ももう確定だろう。

 当初の予定では、せいぜい何か物資を一つ二つ頂戴できれば、もうそれだけで上出来くらいに考えていたのだが、まさか希望通りのものが丸ごと来るなんて、これが夢だと言われたなら信じてしまうな。

 行き当たりばったりの乾坤一擲けんこんいってき

 よくもまあ、大当たりを引けたものだと感心するばかり。

 ディアモンデが別れ間際に言ってくれたのだが、彼が人類を好きになったのはあろうことか二十億年前の俺たちシングルナンバーの功績がきっかけだったとか。

 俺はただ、くだらない戦争を消化していくだけの道具、消耗品でしかなかった。

 人類の、俺たちの力によって戦争の虚しさ、悲しさがどのように後世に伝わっていったのかは定かではないが、俺たちの活躍が、残された者たちへ与えた影響がこうして二十億年も先の未来にまで届いていると思うと感慨深い。

「ゼックン。また同じ質問だけど訊いてもいい?」

「なんだ」

 キャナが逆さまにふわふわしながら訊いてくる。

「なんでさ、なんで今回の交渉をする気になったん?」

 また、その話か。

 交渉は成功に終わったのだからもう話すところはないのだが。

「相手はゼックンにとって憎むべき相手やったんちゃうん? そんなんと和解しようなんてハラワタ煮えくり返るやろ、フツー」

「……必要だと思ったからだよ」

「でも交渉とかせえへんでも、うちらの力だけでもどうにかなったやん。わざわざ他の、しかもよりにもよってあないなとこと手を結ぶなんて」

 くるりとキャナが半回転して、また顔をぐいっと寄せてくる。

「分かっているだろキャナ。俺はな、シングルナンバーなんだよ」

「え……?」

「二十億年前、戦争で多くの命を奪ってきた兵器だ。俺にとっての生存とは、敵の排除によって成り立つもんだったんだ」

 英雄なんて言葉で飾られても、そこが変わることはない。

「この『ノア』で目覚めて、それまで命を奪ってきた俺は今度は命を作る立場になっていた。酷い皮肉だと思わないか?」

「でもゼックンが奪ってきたのは人間の命じゃ……」

「人間だろうが機械だろうが命は命だ。兵器として歩んできた俺は他者の命をあまりにも軽んじてきたってことに、今になって気付いたんだ。いや、これまで気付くことができなかったんだな……」

 笑えるくらい、笑えない冗談だ。

「贖罪、なんて俺のしてきたことを考えれば軽い言葉だが、俺はこの『ノア』で命を紡ぐ者になろうと思ったんだ。だからさ、絶やすわけにはいかないだろ」

 他の手段なんていくらでもあっただろうよ。だが、今まで排除することによって生存してきた俺は、気付いてしまった。

「守るためには、和解が必要だ。いがみ合っていては命がいくらあったって足りやしない。ましてや、俺たちはたった四人の人類。守らなければならない、って考えたらさ、こうするしかないって思ったんだ」

 まあ、今回の交渉は成功したからいいものの、一歩間違えれば全員巻き添えになっていた可能性は高かった。なんて浅はかな作戦だったんだ、って思う。

「まったく……ゼックンってほんま不器用すぎるんやなぁ」

「元より、兵器だからな」


 ※ ※ ※


「ゼクラ様、とてもよい知らせがあります。人類が絶滅危惧種に指定されることが決まりました」

 ステーションの待ち合いスペースで一息ついていたところで、プニカが開口一番にそう告げる。ついでにその情報の詳細が目の前に表示された。

 いくらなんでも早すぎるんじゃないか。まだディアモンデと対話してから半日どころか数時間も経っていないぞ。

 物事がとんとん拍子すぎて怖いくらいだ。

「つまり、これでどういうことになるの?」

 ナモミ、お前絶対話が複雑すぎてついていけてなかっただろ。この話は『ノア』を出発する前に確認しあったはずだ。

「少なくとも俺たちは故意に命を狙われるようなことはなくなるということだ」

「あと伴って保護監察員が一名、派遣されてくるとのことです」

「常駐するということか?」

 まあ、そのくらいはあるだろう。想定の範囲内だ。

「『ノア』に住民が一人増えるんかぁ……、楽しみっちゃ楽しみやけどちょっち複雑な気分やなぁ」

 キャナは、というかキャナも俺と同じであまり機械に対して良い印象を抱いていないからな。今日の一件でますます悪化しかけたような気もする。

 出会いがしらに銃弾打ち込まれまくったしな。

 あの後にディアモンデが手厚く、温かい対応をしてくれなかったら、あるいはこの場で悲鳴をあげるほど拒否していたのではないだろうか。

「何はともあれ、当初の目的は果たされました」

「ああ、人類繁栄への一歩だな」

 これにて一件落着、というやつだろう。

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