人類繁栄への一歩 (4)

 建物内にアラートが鳴り響き、たった今潜った出入り口にシャッターが降りる。

 何が起こったのかは直ぐには理解できなかった。

 ただ分かることは、完全に閉じ込められてしまったということだ。

「ど、どないなってん……?」

「分かりません。何かルールに抵触するようなことはなかったようですが」

「建物に入るときに特別な手続きや礼節があったとか?」

「いえ、そのようなデータはありませんでした」

 混乱を極めるも、アラートの音が否応なしに危機感を掻き立てられる。

 もしや最悪のパターンを早速引き当ててしまったのか。そんな予感は拭えない。

 その場から動けずにいると、何者かが現れた。

 見た感じはまあまあ人間型だ。服装まで正装になっている。

 おそらくは従業員なのだろう。

「ようこそ、プニカ様。そしてそのご一行様」

 礼儀正しくお辞儀する。なんとも振る舞いは紳士だ。

「少々慌しくて申し訳ございません。ヒューマン・コードを検出されましてね」

 どうやら一発で人間だとバレたらしい。

 そこは分かりきっていたところだが。

「ここは我がコークス・コーポのエントランスフロア。物流を主に承っておりますが、ヒューマンが本日どのようなご用件なのか伺ってもよろしいでしょうか?」

 口調はわざとらしいくらい礼儀正しいが、そこに優しさが込められているような気はしない。

 直接口にはしていないが「人間が何の用だ」と言っているようにしか聞こえない。

 どうやらここにきて一転、ピンチのようだ。

 プニカが一歩前に踏み出す。

 そして端末を操作し、何か無数の文字列が表示されたプレートのようなものを目の前に出力し、カードを差し出した。

「アポイントメントを」

 あくまで冷静に、この状況下だというのに用件を突きつける。

 ここまで機械的に正規の手続きをこなし、機械的な処理をされ、何事も問題なく進めてこれた。

 ならば、このまま機械に機械的に処理されるのではと淡い希望を抱いた。

「なるほどなるほど、プニカ様が要求されることは分かりました」

 通ったのか。

 そう思ったのもつかの間、視界に映る限りの壁から銃器が生えてきた。

 その銃口はいずれも俺たちをマークしている。

 どう考えても穏便には思えない。

 合図一つあれば全身をキレイに撃ちぬかれることだろう。

「お客様の要望には最大限お答えするのが我らがビジネス。ですが、それはお客様である場合に限ります」

「俺たちは交渉に来たのだが、それではお客様としては扱われないと?」

「ヒューマン・コードを持っていた場合でもアポイントメントは取れるのではないのですか? 禁則事項には記載されてなかったようですが」

「そうですね。ヒューマンはお客様ではない、というルールはこちらでは設けてはおりません。しかし……」

 紳士が紳士とは思えないくらい、滲み出るほどの嫌悪の表情を見せる。

 どうやら一発目で遭遇してしまったらしい。

 人間嫌いに。

「お客様を選ぶ権利はこちらにあるのですよ」

 最高に殺意の込められた笑顔を向けられる。

「お引取り願います」

 穏便な言葉を添えて、その合図を送る。

 縦横無尽、あらゆる角度から狙いをすませて、無数の銃口から弾丸は放たれる。

 刹那、聞こえたのは轟々たる小刻みな銃声。

 秒間何百発とも分からない破裂音が途切れることなく耳を刺激した。

 もうこれで終わりだと思った。

 間違いなく人類は滅亡するものと悟った。

「くぅ~……結構キツいなぁ……もぅ」

 だがどういうわけだろう。痛みが感じられなかった。

 銃声は聞こえなくなっていたが、身体の何処も怪我している様子はない。

「なんですと……?」

 紳士の驚く声が聞こえる。

 ハッと目を凝らす。

 発射されていたであろう銃弾が目の前にあった。

 こちらにたどり着くことなく、目の前でしていた。

「ゼックン、今、絶対諦めてたやろ」

 ああ、キャナの力か。そんなことに気付くのに時間を要した。

 数え切れない無数の弾丸が、まるで引っ掛けられた砂粒のよう。

超能力者サイコスタントがいましたか」

 もう紳士として振舞う気はないらしく苛立ったように言う。

 交渉決裂もいいところだ。

「危害を加えるのは重大な違反行為ではないですか?」

 プニカが強気に出る。だが、そこはもう少し空気を読むべきなのでは。

「あなたを通報します」

 よくこの状況下でそういうセリフを言えたものだ。

 俺たちの立場を理解していないはずはないだろうに。

「プニちゃん、できればこれ以上刺激してほしくないんやけど」

 同感である。

「正直今みたいのもっかい来たらちょいまずい」

 玉の汗をたらしながらキャナが言う。相当キツかったのが顔に出ている。

 かなりの広範囲、かなりの数の弾丸を静止させたのだ。

 体力の消耗は計り知れない。

「この私を通報いたしますか? ははは、笑わせないでください。ヒューマンはジョークの機能がおありでしたか」

 さすがに自分が優位な立場である、というところに揺るぎはないらしい。

 実際のところ、向こうの方が圧倒的に優位だろう。

 一旦銃器は弾切れ起こしたようだが、そんなもの直ぐに補填される。

 それに相手は一人ではない。騒ぎを聞きつけて駆けつけた警備員もこのフロア内に集まってきている。

 もう一度弾丸が来たら防ぐ手立てがない。

 警備員も穏便に済ませる気は毛頭ないようだ。

「どうするの……ゼク」

 ここまで状況が悪いというのに、あえてそう聞くのか。

 だが、ナモミの顔を伺うと、その言葉に込められた意味が異なる。

 もう死を悟っている。このまま生きて帰れるとは思っていない顔だ。

 悪いな。不甲斐ない俺で。

 もう少しカッコよければそんな顔をさせずに済んだかもしれないのに。

「さあさ、ヒューマン。悪あがきは止めていただきましょう。ここはビジネスの場。あなた方はお客様ではございませんよ。今度こそお引取り願います」

 こちらは四人。数でも不利。戦力でも不利。

 そもそも生身の人間がまともに張り合えるような相手じゃない。

 最初から分の悪い賭けだったことは知っていた。

 それでも全員この場についてきた。

 だったら、どうするべきか、考えるまでもないだろう。

 ある意味、最も予測されていた結果が今、現実になっただけの話。

 そうだ、もう俺がすべきことは決まっている。


 さて、状況確認だ。

 閉じた出入り口を背に固まっている。

 どういうわけか継ぎ目もなく、閉じた瞬間をその目で見たはずなのだが、あたかも前からそこは壁だったかのように閉ざされている。

 ご丁寧に他の出入り口も塞がれているようで、窓すらも封鎖されている。

 たかだか人間が入ってきたくらいでここまでするか。

 俺たち以外の来客者はかなり早い段階で転送によって逃がされていたみたいだ。

 出入り口が閉じてから何人かが消えていくのを確認している。

 何にせよ、この建物から脱出するには目の前の相手をどうにかする他ないだろう。

 正面にはあの紳士。強い権限を持っていることは間違いない。

 出入り口を一斉封鎖したり、天井や壁から銃器を生やしたりしたのも、彼の意思だった。

 また、彼の後ろに配備されたいかにも屈強な警備員。こちらも武器を所持していないようだ。こちらがどう逃げようが捕捉できるフォーメーションをとっている。

 今、一番厄介なところはこちらに銃口を向けているソレか。

 どの方位からでも射撃できるように壁や天井から生えているが、これ以上増える可能性も考慮すべきだろうか。

 建物の構造やデザインが奇抜なせいで、柱一本にしても細かったり、曲がっていたりと、遮蔽物にするには心もとなく死角になる位置が見当たらない。

 柱の影に隠れたところで銃器は縦横無尽にあるのだから射線上から逃れる位置はなさそうだ。こちらは四人もいる。的がデカすぎる。

 誰も武器を持っていないのは、この完璧布陣な銃器があるためと解釈してもよさそうだ。ともなれば、注意すべきは銃弾か。

 この状況では説得という手段は考えられないだろう。

 既に向こうはこちらを処理するつもりで発砲してきている。キャナが防いでくれなければとっくに全滅していたところだ。

 しかし、二度目の銃撃を防ぐ力はないと考えるべきか。

「はぁ……はぁ……、ゼックン、どうするの?」

 酷く青ざめた顔だ。これ以上無理させるわけにはいかない。

「こちらには非がありません。通報はしておきました」

 緊張感ないな、プニカ。

 だが俺は見逃してない。その手がかなり震えているのを。

 悪いな。

 こういう状況はとっくに想定済みなんだよな。

 全員に『ノア』に残ってもらうように説得し切れなかった俺の責任か。

 悪いな。

 本当に悪いな。こんな怖い思いをさせて。

「全員なるべく身を小さくして伏せろ。絶対に動き回るな」

 ナモミも、プニカも、キャナも、崩れるように床に縮まる。

 こんなことくらいでは銃弾を回避することなどできるわけはないが。

「おや、射撃の的にでもなってくださるのですか?」

 紳士が、その合図を送ろうとした。

 その隙は見えている。

 俺は、

「き、消えた……? ヤツはホログラムだったのか?」

 想像以上に怯んでくれる。

 どうやら視覚情報の処理速度はこの程度らしい。

 という読みは当たっていたようだ。

 コンマ1秒も猶予をくれるなんて、未来の機械にしちゃ遅すぎるんじゃないか?

「今のヤツを排除しろ!」

 と言ってくれるが、俺は

 つまり警備員からは丸見えになるわけだが、それがとどのつまりどういうことになるかというと。

「なんだ、お前ら。何故私の周りに寄ってくる? 邪魔だ!」

 警備員は紳士よりも一回り、二回り大きい。それが八体。八方から紳士を取り囲うと、当然

 しかもだ。警備員は迂闊に何もできない。攻撃にせよ、捕縛にせよ、俺と紳士の距離が近すぎるため、紳士が巻き添えを食う。


 状況を観察して分かったことがある。

 ということだ。

 封鎖したのも、他の客を外に逃がしたのも、警備員を呼んだのも、壁から銃を出したのも発砲の指示を出したのも、全部コイツだ。

 不審な集団が押し入ってきたことを想定していたと考えれば、この紳士の判断は満点だろう。

 まず逃げられないし、客の安全も完全保障。

 銃器やレーザー程度ではビクともしなさそうな警備員が数秒と待たずとして八体も集結し、壁や天井から無数の機関銃で一掃。

 あれだけの弾丸を浴びて生き残れたとしても、どう考えたって状況が好転することはない。なんて素晴らしい防衛なんだ。

 抜け穴としては、コイツが指示も合図も出さなきゃ何も動かないというところか。

 とてつもない豪運だったのか、それとも単に向こうが平和ボケしていたのかは分からないが、時間稼ぎは上出来だ。

「お、おい! 離れろ! ヤツを探すんだ!」

 紳士は何処へいったのやら。装う気もないらしい。

 警備員たちが一歩引いて距離を置くが、

「よし、逃げるぞ」

 床に伏せている三人に呼びかける。

「え? ゼク、え? どうやって?」

。急げ、また閉まるぞ」

 疑問が詰まった表情を浮かべるが時間も惜しい。

 腕で引っ張り上げて伏せた身体を起こす。

「ほら、早く」

「ゼクラ様、一体何を? 

 目の前の連中が気付いていなかったのだから生身の人間が理解できているはずもないだろうな。

 俺は紳士の元まで走り、そいつの手元にあった端末を使ってシャッターの操作を行い、そしてまたここまで戻ってきたまでだ。

 それが何秒だったのかは計測していないがな。

「よう分からんけどおおきに」

 幸い出口は真後ろ。立って振り向いたら出られる位置だ。

 建物から逃げ出すのに時間はそこまで必要ない。

「って、ゼックン? 何してん!?」

「ゼクラ様?」

「俺たちの目的は交渉だ」

「ちょっと待ってよ、ゼ――!」

 出口が閉じる。再びそこはただの壁に戻る。

 俺はこちら側へ残った。

 向こうの様子はもう微塵も分からない。音も聞こえやしない。

「おやおや、何をしやがってくれたのか分かりませんが、どうしてアナタだけは逃げなかったのですか?」

「用件は今しがた伝えた通り。交渉をしにきたのでね」

「さすがヒューマン。学習することもできないのですね」

 目の前に警備員八体。

 そして無数の銃口がこちらを向く。今度こそ発砲されるだろう。

 あの無数の弾丸でこちらをめっためたの挽き肉にでもして、言葉通り汚物として清掃するつもりだろう。

 警備員たちなら銃弾の雨が降り注いでも何のことなく動けるだろうし、そうなれば、ただ俺を束縛するだけの簡単なお仕事だ。

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