分かった、えっちしよ (3)
ぱふ殺される! 全く持って意味が分からんが、ぱふ殺されてしまう!
俺の知らない未知なる新人類の未知なる力で殺されてしまうのか?
「キャナ様! ゼクラ様を殺めることは許しません!」
珍しく声を張り上げてプニカが増援に来る。
とはいっても、目の前が真っ暗でどうなっているのかを把握できないわけだが。
助け舟を選り好みにするような立場ではない。
息の根を止められる前にキャナを止めてくれるのならそれ以上に望むものはない。
「じょ、冗談よぉ。プニちゃん」
ふんわりと言葉通りに突き放される。なんとも不思議な力だ。
宇宙空間を遊泳した経験はあるのだが、無重力というよりかは物理的なものによって押し出されて、引き上げられている感覚に近い。
今もこうやってキャナの上をふわふわしているわけだが、それほど自由に動ける感じがしない。拘束力は下手な器具よりも強いのではないだろうか。
「一体どういう仕組みで浮かんでいるんだ、これ?」
「んーっとね、こうグッとやるとバァッとなってそしたらひょいひょいみたいなぁ」
全く持って分からん。
「異常強化ニューロンの体外放出により空間固定粒子を生成し筋力を必要としないシナプス環境を実現しているのです」
もっと意味が分からん。
説明と呼ぶには重要な部分が抜けている気がする。俺の時代でも分かる言語を用意してきてほしいものだ。
「細かいことはよぅ分からんけど、これあんま続けると疲れるんよね、はふぅ」
唐突な浮遊感の消失。俺の体が重力のままにキャナの上に落ちる。
断りもなしにいきなり落下させるのは勘弁してほしい。
予想していたよりも衝撃が少なかったような気がしたのは、クッションにも似た何かがそこにあったせいだろうか。
「あっふん」
ふわふわの張本人が息苦しそうに、でもないような気がする呻き声をあげる。
「新しい人が蘇生された、って本当……?」
突然の訪問者。
不意をつくようにリフレッシュルームの扉が開く音と同時に、ナモミの声が聞こえてきた。プニカの連絡を聞いてわざわざ駆けつけてきたのだろう。
だが、よりにもよってこのタイミングはどうなんだろうか。
「ふぇ……?」
「ナモミ様、こちらが新しく蘇生が成功したキャナ様です」
「キミが最後の一人? うちキャナ、よろしくなぁ」
何事もなかったかのように説明するプニカと、何でもないかのように挨拶をするキャナだが、この状況を何事もないようにするには少し無理があるというものだ。
ベッドの上で横になるキャナと、それに覆いかぶさるようになる俺。
はたして、ナモミはこの状況をどのように判断するのだろうか。
「ぁ、ぅ、ぁぁ? ちょ、も、もう始めてるの?!」
驚嘆か、憤慨か、少なくとも混乱が一番妥当と思われるリアクションだ。
「いやいやいや、ご、誤解だナモミ」
仮にこれが誤解じゃなくとも何一つ問題のない状況ではあるのだが。
「ふ、ふ、ふけつ……っ!?」
真っ赤っかにした顔を両手で覆い、よろめくように両膝が崩れかける。
頭の処理が追いつかなくなっているのは明白といえよう。
「あらぁ、こっちもうぶやんなぁ……ふふふ」
不敵な笑みを浮かべたかと思えば、キャナがふわりと飛び立っていく。
その先はナモミの真ん前だ。品定めするように、右から左から、顔やら足先までときょろきょろ、じろじろと眺める。時折「かわええなぁ」とか吐息まじりに呟く。
「な、なに……? と、飛んで……?」
自ら顔を覆い隠していたせいか、あまりよく見ていなかったようだが、キャナが自分の周りを物理的に縦横無尽に見回されてようやく気付いたらしい。
俺ですらサイコスタントとやらの存在を知らなかったのだから、ナモミも当然知らないのだろう。その驚きっぷりときたら一枚の写真に収めて人間の感情という表題の参考資料にする価値さえ見出せる。
崩れた足はろくな強度も保てず、落ちるようにして尻餅をペタンとついて、後ろに仰け反り、なんとも無様な格好で部屋からずりずりずりと逃げ出していく。
「な、な、な、な、何?」
それを追うようにキャナもふわふわと部屋から出ていく。
「かぁ~いいっ」
「ふやぁっ!?」
ふわふわ浮かんだキャナがナモミに向けて腕を構え、指先をわしゃわしゃする。
それ以外には何かをしている様子はないが、一方のナモミは身体に何かが這っているかのような様子で悶えている。見るだけなら、何故突然廊下で踊りだしているんだろう、といった不可思議な光景だ。
何せ、キャナはナモミに指一本触れていない。
「やっ、な、なにこれ、ひぃんっ! ちょ、そこ、だ、だめぇ……」
何がどうなっているのか、何をどうしているのかはまるで理解できないが、ナモミは自分の胸やら股間やらを庇うようにして、しきりに腕を伸ばしている。
「ひゃああぁんっ!?」
しかし、その行為自体には何の意味も成さないのか、ナモミは変わらず尻餅をついたままの体勢で、くねくねと身体をよじらせては悶えている。
「ふっへへぇ~、お次は何処かなぁ~?」
そう上機嫌に言いながらキャナが気合を入れて両腕をぱぁーっと頭上に振りかざしたところで、無情にも部屋の扉がピシャーッと閉まる。
そりゃ呆然と突っ立っていればまあ、扉も勝手に閉まるだろう。
俺とプニカ、キャナとナモミは扉を挟んで隔離される。
扉の向こうで何が起こっているのかを把握することはできないが、割と分厚いはずの扉越しに甲高いキャナの笑い声とナモミの黄色い悲鳴が飛び込んでくる。
あのはしゃぎよう。よほどナモミがお気に召したらしい。
一目惚れとはまた違うのだろうが、リアクションの大きい人間が好みなのだろうか。
さてあの女、キャナは一体何なのだろうか。
ふとそんなことを思っていたらプニカと目が合う。
大体同じようなことを考えてましたみたいな表情で返される。
あの雰囲気にこちらまで飲み込まれてしまいそうだ。ナモミは今まさに飲まれているわけだが。
サイコスタントという存在そのものもよくは理解していないし、それに何より、この場にいるメンツではやや異質のような気がしないでもない。
ふわふわと物理的にも性格的にも掴みどころがない。
危険因子というような大それたものではないと思うが、どのように対応すべきなのかまるで策が思いつかない。
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