分かった、えっちしよ (2)

「現在もネクロダストの回収にあたり、蘇生作業を行っておりますが、明確に生存しているといえる人類は今、キャナ様を含めた四名になります」

「はぁー……」

 頭が追いついていないのか、やはりキャナが驚いた様子はない。

 俺もナモミもその言葉だけで死刑宣告を言い渡されたようなショックを受けたのだが。

「大規模な事故が起こり、多くのコロニーが壊滅状態に……」

「ああ、ああ、もうええよ。大体話は分かってきた」

 やんわりとした口調でプニカの言葉を止める。

「ぽんやぁ、っと思い出してきたよぉ。そうそう、超新星? もんのすっごい大爆発が起きるって大騒ぎになって。範囲内にあるコロニーの殆どは計算上、ほぼ逃れられんって結論がついて、それでうち、スリープに入ったんよ」

 ふんふん、と自分の頭の中の記憶を探るように頭を上下に揺らす。

光速射出機構ハイカタパルトってヤツ? できるだけ爆発範囲内から遠ざかるよういいのを探したんけど、そのときうちの居たコロニーがばっちゃの居住区ホームであんま新しいのなかったんよねぇ」

「キャナ様のいたネクロダストの破損状態は深刻でした。爆発の範囲内から辛うじて逃れられたのでしょうが、キャナ様以外に復元、蘇生が可能だった者はおりませんでした」

 随分とあっさり衝撃的な事実をぶつけてくるもんだ。

「うちって運は強いんよね」

 そして、随分とあっさりと納得してくれるもんだ。

 なんだろう、俺がおかしいのか?

 俺の感性がこの時代に合っていないだけなんだろうか?

 ナモミはこの事実を聞いたとき、思いっきりゲロ吐いてぶっ倒れてたぞ。

「つまりぃ、今いるんが爆発の範囲内から逃れたコロニーで、他の状態は分からんっちゅうことでええんかな?」

「はい、理解が早くて助かります」

「うぅん、人類滅びちゃったんなぁ……」

 キャナが首をかしげる。一応、事態の深刻さは理解している様子だ。

 あまりにも驚きが薄いところが気に掛かるが、ヒステリック起こして卒倒されてしまうよりかはマシだと考えるべきか。

「私はコンピュータの指令により、人類繁栄という任務に就いております。そのため先ほど申し上げたようにネクロダストの回収から復元や蘇生などにあたっていましたが、つい先日このゼクラ様の蘇生に成功いたしました。現在このコロニーにおいて唯一の男性です」

 あえてそのように紹介されると幾分か小恥ずかしい気分になる。

「人類繁栄のために現在、リスクが低く最も効率的なことは子作りであるとコンピュータは判断いたしました。よって私を含む女性は性行為に励むべきだと」

「ほほぅ、つまり性行為えっちするってことやんな」

 食い気味に、かなり食い気味に、何故かキャナが目を光らせる。

 ついさっきまで渋めの顔になったかと思えば、また元の通りののほほんスマイルだ。

 まるで退屈な任務を押し付けられずに済んでラッキーだとか思っていそうなお気楽そうな様相だ。

「分かった、えっちしよ」

 それはある種の生存本能なのだろうか、あるいはただ単に興味津々なだけとも取れそうだが、キャナはむっふっふ~、と上機嫌っぽく鼻歌でワンフレーズ歌う。

 あまりにもふわふわとしたこのキャナの雰囲気に飲まれてか、こちらも何処かふわふわした気分になる……。

 いや、何かがおかしい。

 ふわふわしている。

 これは性格だとか雰囲気だとかいう話ではない。

 していた。

「ゼクラ様?」

 俺の脚が、床についていない。

 まさか、重力装置の故障か? コロニー内に無重力地点が発生したのか?

 大規模な旋回をしている? 一体どうなっている?

「おいでぇ」

 キャナがちょいちょいと手招きする。

 するとどうしたことか、宙に浮かんだ俺の身体は重力の法則を無視するかの如く、あるいはキャナという対象に引力を与えられたかの如く、

 ベッドの上で待ち構えていたキャナが、その腕と脚で俺の身体を捕捉する。

 お互いの身体が密着し、キャナの顔が言葉通りに目と鼻の先にくる。

超能力者サイコスタント……?」

 プニカが聞きなれない言葉を発する。

「せや。紹介しなかったね。うちぃ、超能力者サイコスタントなんよ」

 目の前でウフフとキャナが笑う。

 ぬいぐるみでも抱きしめるように、えいっ、と俺の身体をさらに引き寄せる。

 途端、俺の目の前が暗闇に包まれる。

 顔面から伝わるこのとてつもなく柔らかい感触は、クッションなんかではない。キャナの両腕に締め付けられると同時に、押し付けられる。

 ソレは何かと判断するまでもなく、キャナの自前の豊満なソレだ。

「うおっ!」

 思わず、両腕を突いて身体を引きはがす。

「うふふぅん、ゼックンうぶやんなぁ」

「サイコ、スタント……?」

「ぁー、ゼックンの時代じゃあ知らへんよなぁ」

 いかにもキャナは、いじわるそうな顔を浮かべる。

「どう説明したらええかなぁ。遺伝子改造されてぇすっごい力を手に入れた新人類、って言えばいいかなぁ」

「遺伝子改造? そ、そんなことが……」

 人類は進化論から自らを切り離し、独立した存在。

 それが俺の知っている常識だ。

 地球に生まれ、地球で進化を完成させ、地球を離れてからは姿を変えることなく何億年、何十億年と繁栄してきた種族。

 個人によって能力や体格などの特徴に差が出ることはあっても、人類という種で見れば大差のないもの。そのはずだ。

 確かに、頭脳の高速化や身体能力の超人化などの計画は俺の時代でもあったが、遺伝子改造の限界は掃いて捨てるほど論文が出尽くされていたはず。

 人類はこれ以上の進化は望めない。それ以上の変化は人類ではなく、全く違う生物である。多くの学者が唱えた結論だ。

 今、俺が目にしているような事象を実現した遺伝子改造など現実のものとは到底思えない。

 それくらいに奇怪で異様な力だ。そんなものが存在すると知った今でさえもまるで夢でも見ているかのような気分だ。

「うちのこと、怖なった?」

 キャナの表情が曇る。さっきみたいな顔だ。

「改めて時の流れの凄さを思い知った。人類はまだ進化の余地があったんだなって……ぐえっ」

 ぎゅううぅぅ、っと、またしがみつくように抱き寄せられる。

「小難しいこと言うて誤魔化さんで! うちのこと、怖い?」

「むぐぅ……、いや、ある意味今殺されそうで怖いが」

「ぱふ殺すゾ!」

 またぎゅううっと絡んだ両腕に締め付けられる。

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