第三章

分かった、えっちしよ

 目の前でカプセル型のベッドの蓋が開かれる。

 そこに眠っていたのは、女だった。

 流れるような長髪で、整った顔立ち。

 一見するとあまりの容姿端麗っぷりに大人びた印象が強いが、年齢は隣に立っているプニカや、今頃部屋で休んでいるナモミと大して変わらないだろう。多分だが。

 プニカが隣に立てば妹、ナモミが隣に立てばギリギリ同格といったところか。

 いずれにせよ、見た目だけで判断するものではないにしても、二人よりかは若干年上か同じくらいかに見えた。

 女の目蓋が揺れる。

「ふあぁ~、よう寝たわぁ……」

 おっとりとしたあくびをしながら、徐に寝ながら伸びをする。

「お加減はいかがでしょうか?」

「うぅん……、まぁだ、ちょおっと頭ふらふらかなぁ~……」

 眠たそうにむにゃむにゃとベッドの上で身体をよじらせる。

 想像していたよりもなんだかのん気そうな第一印象だ。

「えぇと、うぅんと、今はいつぐらいかなぁ? うちぃ、どんくらい寝とったぁ?」

 プニカがカプセルの端末に触れ、自前の端末で操作を始める。

 情報にアクセスを掛けているようだ。

 スリープを開始した時点から現在解凍が完了した時点までの観測された数値が算出され、プニカの端末に表示されていた。

「データによりますと、約三百年といったところでしょうか。スリープカプセルの型が古く、状態も良くなかったため、完全な蘇生まで約二十年掛かりました」

「ああ、さんびゃくねんかぁ……、そりゃあずいぶんとお寝坊さんやったなぁ……、ふわわぁ~……」

 さほど驚いた様子でもなく、また伸びをする。

 三百年と聞くとまあ大した数値ではあるが、さしもの自分が桁違いな数値を言い渡されたせいか、こちらとしても驚きが薄く、感覚の麻痺を実感する。

「記憶は大丈夫ですか?」

「ふみゃぁ~……、んと、認証コードは忘れたけど、個別名称はキャナ。キャナちゃんでええよぉ」

「コードを覚えていないのですか? 重大な記憶障害では?」

「いんにゃ、前から割と覚えてなかったんよ。うち、元々覚えるの苦手やったし」

 キャナと名乗った女がアハハと笑い飛ばす。

 色々と大丈夫なんだろうか。

「んーでぇ、キミらの自己紹介、きぃてもいい?」

「ぁー、俺はシングルナンバーZ。ゼクラと呼んでもらって構わない」

わたくしはエンドナンバー。名称はプニカです」

「ゼックンとプニちゃんなぁ。よろしくぅ」

 ほよほよとした笑みを浮かべて、キャナがこっくりとおじぎしてくる。

 張り詰めていた空気は何処へ行ったのか、キャナの雰囲気に揉み解されていったかのように、消えてなくなっていった。

「ほにょ? しんぐるなんばぁ? ねぇゼックン。キミシングルナンバーなん?」

 カクっと真横に首を傾げる。

 まあ、普通に聞いたらおかしいことだとすぐ気付いてしまうだろう。

「からかっちゃダメだよぉ、ゼックン。シングルナンバーってもう何億年前だかの認証コードだよ? うちも学校でしか聞いたことないしぃ、うちのじっちゃやばっちゃの、さらにじっちゃやばっちゃでもそんなんないよぉ。めっちゃ化石やん」

「俺はネクロダストから蘇生されたんだ。化石というかまあ、その通り化石だな」

「ふええぇっ、ネクロダストさん。……って、なんやったっけ?」

「ネクロダストとは、緊急事態などでスリープに入った者のことです。通常のスリープと違い、死亡扱いとして宇宙に投棄されます」

 その説明は確かに正しいのだが、細かいところを指摘するならば、死体の棺桶としても扱われていたから、中身が常に生きている人間とも限らない。

 名目上は生きている人間の緊急収容所ではあるものの、結局のところは宇宙をさまよう共同墓地みたいなもんだ。

「ぁーぁーぁー、思い出した。なんか色々と面倒なんよねぇ。すぐに救出される場合もあるしぃ、契約? 情勢? とかなんとかあったりぃ、なんか古くて蘇生できなかったりでずぅっと宇宙でふわふわしちゃったりもするアレね」

「キャナ様もネクロダストでした。百年ほど前に発見し、そこから復元作業へあたり、今の状態まで蘇生させるに至るまで先ほども申し上げた通り、約二十年、時間を要しました」

「ほへー、復元なんてできるんやなぁ……。てゆうか、うちも死んどったんかぁ」

 俺の時代でも復元は聞いたことがない。

 せいぜい回収されたネクロダストが蘇生困難なときに、ある程度の治療などと手を加え、新たなスリープカプセルに移し変えられてたりする話くらいか。いつか技術が向上したときに蘇生できるようにという措置だ。

 治療などといっても限度もあるし、せいぜい死体が腐敗しない程度にするものという認識しかなかった。言ってみれば古から伝わる風習みたいなものか。

 当時は、そんなことをしても過去の人間を蘇らせる技術なんてできっこないのだから無駄な作業だろう、などと思っていたが、まさか自分がそれによって蘇生させられるとは思わなかったし、さらにはナモミのような何十億年前の地球出身の人間まで蘇生させられてしまうなんて思いもよらなかったことではある。

 何十億年という年月の間、一体何度回収され、何度宇宙に放流されたのやら。

「じゃあ、うちの肉体とかどっか腐ってるんかな?」

 くんくん、すんすんと自分の腕を持ち上げ、二の腕や脇の匂いを嗅ぎだす。

 もしそれで腐っていたりしたら、俺やナモミはどうなっているんだ。

 こっちまで無性に気になってくるじゃないか。

「んんー。んんー? そーいえば。うちはなんで蘇生させられたん?」

 大きな疑問、そして本題が入ってくる。

 ネクロダストは過去の遺物。

 蘇生させることがメリットになる状況など限られてくる。技術や手間などを考えればコストパフォーマンスもよくないことくらいは考えなくても分かるだろう。

「シングルナンバーのゼックンまでおるちゅーことは、ひょっとしなくても緊急事態だったりして?」

 そこはさすがに鋭いのか。

「今、人類はこのコロニーに生存しているものが全てとなります。言い換えれば、人類は現在、絶滅危惧種なのです」

「ぁー……」

 あっけない返しだ。

 もう少し驚くものかと思っていたのだが、まるで思い当たる節でもあったのか、あるいは別にそのくらいのことは大したことでもないと思えるほどの感性の持ち主だったか。

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