第二章

赤ちゃん、欲しいんです

「お、お手柔らかにお願いします」

「よろしくお願いいたします。ゼクラ様」

「お、おう」

 大き目のベッドの上、一糸まとわぬ姿のナモミとプニカの二人が揃って並ぶ。

 これから行われるであろうことに、ナモミも俺も緊張して止まない。

 心臓のバクバク音が外にまで聞こえてきそうなくらいだ。

 まあプニカは存外、いつも通りのような気もするが。

 俺たちがするべきこと、成し遂げなくてはならないこと。

 それは子作りであり、それは即ち、性行為セックスである。

 この広い宇宙で生き残っている人類は俺たち三人しかいないのだから、俺たちが子を、子孫を残していかなければ、人類という種は滅びる。絶滅してしまうのだ。

 このことを何度も頭の中で反芻させる。

「ご安心ください、ゼクラ様。わたくしたちは子を孕める程度には十分成熟した身体です。綿密なる検査の結果、性病やウィルスなどの疑いも一切ございません」

 あまり心配していないところを埋めていく。

 この分だと生理周期もきっちり調べ上げてありそうだ。

 まさか安全日に性行為セックスに及ぼうなどとはしないだろうし。

 それとも何か。

 いかにも未発達具合を主張するような体格をしているが、これでも紛れもなく妊娠が可能な『大人』と呼ぶべき存在であるという、ある種の背伸びのような、あるいは強がりのような発言として捉えてもいいのだろうか。

 一切の衣類を身につけないまま、こうしてナモミとプニカが並ぶと、ややプニカの方が幼いというのか、幼児体系とでも言うべきか、いっそ実年齢と見た目の差異が掛け離れているのでは、という疑問が沸かないでもない。

 さて、マザーノアの授業で学んだ教材そのままの実物が目の前にあるというのは、何とも事前知識の応用が利きやすくて助かる限りだが、いざ実践に移るとなるとこれがなかなか足かせでもついたかのように踏みとどまってしまう。

 これからソレを受け入れなければならない側のナモミなど、目が泳ぐに泳いでグルグル回ってしまっている。

 頭のてっぺんから湯気も噴出してしまいそうなくらい。

 しかし、しかしだ。

 不純でもなければ不健全でもない、これは真っ当な行為である。

 後ろめたい背徳感などとは一切無縁であり、これによって俺が咎められる要素など、微塵もない。

 双方合意の上で今に至るのだから、文句など言われる筋合いもない。

 これから及ぶ行為によって人類は滅亡の危機から救われる。

 言わば救世主としての使命を全うするだけなんだ。

 と、そのような考えを頭に持ってはいるものの、踏ん切りが悪い。

 いい加減、覚悟を決めなければ。

「じゃ、じゃあ、ナモミ、い、行くぞ」

 にじり、にじりとナモミに寄っていく。けしていかがわしくなどはない。

「やややや、や、やっぱりダメえええぇっ!!」

「ぐわぁっ! おぎゃああぁ!!」

 繰り出されるは、突き出した人類繁栄への象徴に対する冒涜的な足蹴。

 ものの見事に、突き飛ばされベッド場外へ落ちる。

 性交渉決裂。

 予測された結果ではあったが、手痛い返しもあったものだ。

 生まれてこの方、ただの一度として発したことのない、いっそ自分の喉の何処にそんな声を出せる器官が埋もれていたのかというくらいの咆哮を上げた気がする。

 それは防御なしで耐えられるものではない。

「やはり今回もダメですか」

「はぁ……、はぁ……、ふぅ、ダメよ全然ダメ、もう心の準備が整わないって……」

「ナモミ様、落ち着いてください。はい、こちらをどうぞ」

 そう言って、床の上で悶えている俺をよそに、プニカがナモミにドリンクを差し出す。随分とまた気が利くじゃないか。

「あ、ありがとう。……ふぅ、このジュース美味しいわね」

 まだ何も、指一本でさえ行為に及んでいないうちから既に息を切らしているのも妙なものではあるが、ナモミはゴクゴクと実に美味しそうに喉を潤す。

「はい、私特性の排卵ドリンクですから」

「ぶうぉぁぁぁっ!?」

 もう一口いったところで、それはもう見事なくらいにドリンクを吹き出し、一気に戻しそうになる勢いでナモミの顔が悶々とした苦悶に崩れる。

「飲めば一発必中といっても過言ではないくらいに排卵を促します」

「うぅぅぅ……、なんだかお腹がうずうずしてきた気がするぅ……」

 よくそんなものを用意できたな。さすがは未来の技術といったところか。

 さっきから準備がいいなとは思っていたが、まさかドリンクにそんなものを仕込んでいたとは。もう大分、ナモミも飲んでしまった後だ。

 恐々とした震える手でお腹をさすさすとさすっている。

「では、ナモミ様がダメとなれは、次は私が」

「きょ、今日はもう、無理、だ」

 ナモミの一撃により生死をさまよいかけ精子も制止されているようなこの状況で続行しろというのか。

 見ろ、両手で股間をフルチンフルガードして無様な格好で床の上に仰向けでひっくり返っているこの姿を。

 ご要望あらば泡を吹いて見せようか。

「……ナモミ様。拒絶の意思表示は言葉でお願いします。我々が人類繁栄の礎となるにはゼクラ様の精子が必要不可欠なのですから」

 言葉にされると何とも嫌なものだ。

「ごめんなさい……」

 しんなりとなって謝罪する。こちらの方にも謝罪を要求する。

 貞操観念については現状、大きな課題である。

「ねえプニー。こういう、あの、セッ……じゃなくてさ、他の手段というのはないの、かな? やっぱりあたしにはちょっと……」

「それは体外受精のことですか? 確かにそういった方法、手段はございます。しかし、推奨された行為ではありません」

 きっぱりと断られる。有効な手段のようには思えたのだが。

「現在このコロニー内には体外受精し、培養された受精卵を胎児まで育成、出産までを行う施設がございます」

 それに近い施設は俺の時代にもあったな。

「今はそういうのがあるの? じゃあそれでいいんじゃん」

「この方法の場合、当然ですが、まずゼクラ様には精子の提供者になっていただく必要があります。人類繁栄が最優先事項ですので、供給の絶えないよう、常に精液を生産できるよう精巣に遺伝子操作を加え、ゼクラ様には精液供給用カプセルにて生きている間は精液を継続的に採取できる体制にしなければなりません」

 それって精液を出すだけの機械になれってことかよ。

 倫理は何処いった、倫理は。

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