人類よ、子を産むのです (4)
俺とナモミは揃って部屋を抜け、廊下へと出る。
そして、プニカが待っているであろうミーティングルームへと向かいつつ、他愛もない、それでいて俺たちお互いには新鮮な会話を交し合っていた。
それが長かったのか短かったのか定かではないが、一瞬のように、俺たちはミーティングルームの前へと着いていた。
まだここに残っているだろうか、と一抹の不安を覚えつつ扉を開くと、予想はここで的中。
キレイに片付いてはいたが、中には誰もいなかった。
「さすがに待たせすぎたかな……?」
ポリポリと後ろ頭を掻いていると、壁のスクリーンに何かが投影されてくる。映し出されたのは丁度今まさに会おうとしていたプニカだった。
『ゼクラ様、ナモミ様。そちらにいらっしゃいましたか。私は今、居住区のCブロック食堂にいます。食事の用意をしておきましたので、こちらへ来ていただけますか? ルートはここに表示しておきます』
と、スクリーンに指定の大食堂までの詳細のルートが立体マップとその細かい行き方についての解説が表示される。
表示されているマップ内をルート通りに小さなプニカ、というかミニプニカがテクテク徘徊するアニメーションつきだ。
わざわざ作ったのだろうか。
この無駄に手の込んでいるところが実にプニカらしい。
「わざわざご飯用意してくれたんだ」
「プニカなりの気遣いなのかもな。冷めないうちにいただきにいこうか」
ミーティングルームを出ると、廊下にまでスクリーンが表示されていて、ここにもミニプニカナビが手配されていた。
『こちらです』
さすが『ノア』で多くの権限を持っているだけのことはある。
散々待たせてしまったのだ。早足に食堂まで急ぐ。
丁寧すぎるくらい優秀なナビのおかげもあって、辿り着くまで本当にすぐだった。
食堂の前には、まるでそういうマスコットかのようにプニカが静かに立って待っていた。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
先ほどミーティングルームでの一悶着はなかったかのように、普段通りの無表情で俺とナモミは食堂の中へと案内される。
このCブロック食堂はいくつもの個室が並んでおり、その中の一つへ入った。
「えっ? うそ?」
真っ先に驚きの声をあげたのはナモミだった。
床一面に木目のようなものがついた板が何枚も敷き詰められており、テーブルも椅子も木製で、シンプルながら見たことのないデザインだ。
壁にはヒラヒラとした布が垂れ下がっていて、布越しに見えるスクリーンには何処かの風景が投影されている。
そして食卓であろうテーブルの上には、プレートではない食器が人数分だけ並んでいた。
沢山の白い粒の盛り付けられた半円状の食器に、茶色く濁ったスープに白い固形の立方体と植物のようなものが入った黒い器。
そして、ひときわ大きい長方形型で平たい皿には表面がカリカリに焼けている薄紅の肉に、灰色に近い青と白のグラデーションのような色合いをした皮がついたものが乗っていた。
凝っている、ということは一目見て分かった。
しかし、こんなものは見たことがない。
この一風変わった部屋の内装もよく分からないし、そもそもこれらは食べられるものなのだろうか。
スプーンやフォークもなく、代わりにあるのは棒切れが二本置いてあるだけだ。
しかし、ナモミは口元を手で押さえ、乾いていた目頭を再び熱くさせていた。
先ほどのような悲しみではない、絶句。
言葉を失ってはいるがそれは明らかにさっきの一悶着のソレとは違っていた。
「ナモミ様。先ほどは不躾な対応申し訳ありませんでした。このコロニーに共に住まう仲間として親密であるべきなのに、心無い言葉でナモミ様を傷つけてしまいました。お詫びになるか分かりませんが、このようなものを用意させていただきました」
「フローリングの床……カーテンに窓の夜景……、白米ご飯に豆腐とワカメの味噌汁、それに焼き鮭……、お箸まで」
俺には分からないが、ナモミが感極まっているということだけは分かる。
まさかナモミのために七十億年前の食卓を再現したとでもいうのだろうか。
俺には到底できないことだ。
生まれた時代だけ分かっていても当時住んでいた場所にもよるし、それだけの情報を得るのにどれだけの労力が掛かることか。
データを検索しただけじゃそこまでの再現は不可能。
徹底してナモミに関する情報と、七十億年という残っているかも分からないような情報を探ったのか。
何処をどのように調べ上げればできるのか皆目見当もつかない。
技術の進歩もあるにしたって、これは気の遠くなるほどの計り知れない苦労だ。
それを、プニカはナモミのためだけにやってくれたのか。しかもこの短時間で。
「コロニー内のデータだけでは足りず、これまで回収してきた機体からもデータを抽出して、経由先も逆引きし出身地も割り出し、なるべく当時のものに近付けるように努力をしました。献立の味は少々自信がありませんが……」
「プニイィ!」
「ほわっ!? ナモミ様!?」
身体を震わせたかと思えば、ナモミは謎の叫びと共に両腕を大きく広げてギュっとプニカに抱きついた。
「ありがとうプニー。本当マジ嬉しい! 凄いよ! あたしの知っているものばっかり。プニー大好き! 愛してるぅぅ!」
またナモミの違う一面を見られた気がする。
いつもイライラして不機嫌そうで陰気なイメージを持っていたが、本来のナモミはこんなにも明るい子だったのか。
すまんプニカ。思えば『ノア』で目覚めてから色々と世話になっておいて、空気の読めないヤツだとばかり思っていたが、前言撤回しよう。
「プニプニプニプニーッ! あたしもうプニーと結婚するー!」
プニカの努力も功を奏したようで、ここまで大歓喜してもらえれば御の字だろう。
すっかりプニカが気に入ったようだ。二人の仲に深い亀裂が入らなくて何よりだ。
「ゼクラ様、あなたには感謝しなければなりませんね。ナモミ様をこんなにも元気付けていただき、ありがとうございました。私だけではとても不安でしたから」
プニカの功績に比べれば俺のやったことなんてちっぽけなもんだが、まあ終わりよければ全てよしか。
不安ばかりだったこれからの生活が、少しずつ明るいものになっていく。
そう思えるようになったのだから。
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