5-5『因縁の決着』

「……って撃たねぇのかよ!」

「……えっ?」

 場違いな突っ込みが聞こえてきて、俺はパッと目を開けた。

 兜一とういちは拳銃を持っていなかった。

 いや、それどころかナイフ等の武器といった類のものすら向けていない。

 俺の眼前に突き出されていたのは、一本の真新しい煙草だった。

「ったく、最後の最後で空気読まねぇなお前は! っていうか、お前気付いてねぇのか?」

「へ?」

「いくら時間が経ったとはいえお前な……自分の持ってるものをよーく確かめろ」

 そう言われてみると、拳銃の手触りが違う気がする。それに銃ってこんなに軽かっただろうか? いや、でも手応えがないわけではないし。

「ああじれってぇなクソ! 返せ馬鹿野郎!」

 あちこち銃を鑑定していたら、兜一はあっさり俺から銃を引ったくり、迷いなく引き金を引いた。しかも自分に向けて。

 銃口は火を吹いた。

 だが吐き出しているのは銃弾ではない。まるでライターのような小さな火が銃口から伸びて、ゆらゆらと揺れている。

 それを利用して煙草に火を付けた兜一は、思いっきり肺に吸い込んだ後、俺に向けて遠慮なく煙を吐き出してきた。

「ゲホッゲホッ! なんだなんだ、どうなってんだこれ」

「まだわからねぇってのか。もしかしてお前、腑抜けたっていうか、その年でボケたのか?」

 人を散々罵りつつ困ったように頭を掻きながら、兜一はまた煙を深く吐きながら、俺に告げた。

「ドッキリだ」

「は?」

「ジョークだよジョーク。ま、俺なりの復讐の意図はあったが」

「……」

 唖然とする俺を見ながら、兜一はケラケラと笑いながらネタバラシを始めた。

「ちょっと脅かすつもりで電話したら、お前かなりマジなトーンで返してきたからな。こうなりゃいっそ、思いっきりからかってやろうと思ってよ。ま、久々に刺激のある運動もできて、仕掛け人としちゃ満足だぜ。しかしよぉ、せっかく一番決めたかったオチを台無しにしてくれやがって」

「……」

 よし、なんとなく話はわかった。

 とりあえず俺が今置かれている状況を整理しようじゃないか。ああ、まだもうちょっとだけ冷静にいこう。

 つまり、俺が今の今まで悩み苦しんで、どうしようと考えていたことは全て、取り越し苦労だったってことだ。

 頭の中で言葉にした途端、今まで怒りのエネルギーを抑えていた火山が、耐えきれずに爆発した。

「おいお前、殴らせろ」

「馬鹿言うんじゃねぇ。つーかお前ぇ、さっきの謙虚な謝罪の姿勢はどうしたオイ」

「うるっさいんだよ凶悪面がぁ! いいから、その憎たらしい面を殴らせろ! お願いだから殴らせて! クソぉぉぉぉ!」

 怒りと安堵が綯交ぜになったどうしようもない感情を発散するため、俺はひたすら兜一に殴りかかった。




 早くも行われた第二回の模擬戦も、俺の大敗だった。ちなみに容赦なくボコボコにされて、完全に体力が尽きてボロ負けした。

 ようやく落ち着いた俺は、兜一に頭を冷やせと地面に放り投げられ、ぼーっと夕日を眺めていた。

 何も思考できない状態で眠りかけていると、兜一が缶コーヒーを買って戻ってきた。俺は不貞腐れながらも、それを素直に受け取ることにした。

「ま、俺もちっとばかしやりすぎちまったからな。つまらねぇもんだが、そいつと煙草一本で勘弁してくれや」

「コーヒーだけでいい。煙草はいらない」

「禁煙してんのか? 昔あんだけ憧れてたくせに」

「ニコチンに頭やられたら、俺たぶん飯食う金もなくなる」

 兜一は肩を竦めながら差し出した煙草を引っ込め、自分で火を点けた。一連の動作があまりにも手慣れていて、少しだけ癪だった。

「で、どこまでが本当でどこまでが嘘なんだよ」

「そうだなぁ、ま、一から話した方が早ぇだろうな」

 兜一はそう言ってコーヒーを開けながら、今までのことを話してきた。

 俺が死んだと聞かされてから、退院後は残党狩りに参加して毎日血を見ていたこと。しかし組織が力を完全に失うと事件もなくなり、同時に仕事もなくなってしまった。

 やることがなくなって燻りつつあった中でも、警察側の人間にいるノスリと、ファルコナーの下で働くミサゴは毎度忙しそうにしていたという。

 ある時ノスリは、射殺した犯人の子供を預かることになった。いや、実際には誰の子供かもわからなかったが、放っておけなかったらしい。

 久しぶりに呼び出された兜一はノスリから子守りを任されてしまった。柄にもないこと押し付けられて困惑していたが、さらに戸惑うのはそれからだった。

「面倒を任されてから一週間もしないうちだった。ノスリが死んだ」

「えっ……何があったんだ」

 突然仲間の死を知らされて動揺する俺を前に、兜一は少し淋しげに煙草を吹かした。

「真っ昼間に酔っぱらい運転の車に跳ねられた……ったく、ふざけた話だ。丁度その日はガキを連れて出掛けていてな、そのガキを庇ったたしい。俺は話を聞いて奴の死体を看取っただけだから、本当の所はわからねぇが」

「そう、か」

 もう俺は現地へ墓参りにはいけないが、心の中で今更ながらも冥福を祈った。

「遺されたガキは俺に押し付けられちまった。もう仕事もないってことで、俺もようやく血生臭い稼業からは足を洗うことにした。そんでファルコナーに話を付けた時に、お前が生きてるってことを仄めかされたんだ。ノスリが死んで落ち込んでたのを見透かされてたんだろうな」

 そんな理由を付けられたら、俺も怒るに怒れなかった。あのファルコナーというおっさんは、ストイックそうな見た目をしていて、実際は情に勝てない甘い人だった。

「この国に来てからは、ずっとこの辺りでガキと暮らしてきた。最初は平穏過ぎてむず痒かったな」

「ってことは、別に俺を追ってここに来たわけじゃないってことか?」

「寝言言ってんじゃねぇぞ、不義理なクソッタレを追いかける趣味はねぇ。だがまあ、ファルコナーも俺達がいつか顔を合わすのを狙ってたのかもしれねぇがよ。今住んでるところを充てたのはファルコナーらしいからな」

 ということは、俺は知らないうちに見張られてたのか。随分放浪してから今の町に辿り着いたわけだし。

 今もどこかで見られているかもしれないと思ったが、それならさっきの決闘に第三者からが介入してきそうなものだ。

「じゃあお前、いつ俺が遠くない所に居るって知ったんだ? お前の面とガタイなら、すれ違ってたら見逃すはずがないんだけど」

「お前最近、妙な依頼の電話を受けた記憶、ねぇか?」

 そう言われてみて、俺は心当たりを探す。思い当たることと言えば、あの生意気な菜々里ななりだけど。

「……まさか」

「うちのガキが世話になったな」

 ようやく、なんとなく感じていた親近感のようなものの正体がわかった。あの時代錯誤なお仕置きの話も、親父のやってたことを参考にしてたわけだ。

「人の子育てに口出せる身分じゃないけどさ、現代社会に逆さ吊りの刑はいかがなものかと」

「あんまり効果はねぇけどな。いつまで経っても口は悪ぃわ、ワガママ言っては人を蹴飛ばすわ。もっと締め上げねぇとな」

 そんなことばっかりしてるから態度が直らないじゃないか。特にあの口の悪さは。

「それ、俺が児童相談所に通告したら一発でアウト」

「冗談だ馬鹿」

 煙草の火を携帯灰皿に押し付けながら、兜一は居心地悪そうに答えた。自覚があるなら少しは考え直せと言っておこうか。

「お前ぇが菜々里に振り回されてた時、俺見てたんだぞ。菜々里の奴が隠し事してるから、何かと思って後をつけたらお前がいてよ。近所のジジィにかくれんぼしてるって言って、庭の影からこっそりとな」

「あの時の嫌な視線はお前だったか」

 そういえば、公園の時は菜々里も寒気を感じていたっけ。いつも厳しく睨まれてそうだから、兜一の視線には敏感だったに違いない。

「お前に似合わねぇ姉ちゃん連れ歩いてたのも、その時に見たぞ。お互い性に合わねぇことしてんな」

「まったくだ、あんな清廉潔白な子が、俺みたいに隠し事だらけの人間と居るべきじゃないんだよ、本来はさ」

 ついつい口から弱気な本音が出てしまった。本人に聞かれたらまた悲しませてしまいそうだが、それもまた拭い去れない本心だ。

 自分には一生付き纏う過去があることを、今回改めて思い知らされた。それを他人に明かすつもりはこれからもないが、隠し続ける罪悪感は残る。

 そういうのもあって、俺は人との関わり合いは最小限にしようとしてきた。それを忘れて俺は、もうちょっと人を受け入れようなんて甘ったれたことを考えてしまったわけだが。

 そんな俺のうじうじした弱音を察してか、兜一は煙草をもう一本点けながら言う。

「俺だって、菜々里には昔のことは話してねぇ。物心付いてなかったから、アイツは自分の故郷のことはまるで覚えちゃいねぇんだ。ノスリのことすら記憶にねぇからな」

「……」

「だが人間、全部腹の中をぶちまけりゃいいってもんじゃねぇだろうが。それともお前は、過去を隠してその子に近づいて、あわよくばぶっ殺そうとでもしてんのか」

「そんなわけあるか」

 俺が思わずムキになって答えると、兜一は笑い声混じりで話を続けた。

「ならいいじゃねぇか。そもそも考えてもみりゃ、ハゲタカやトンビは、ファルコナーに始末されたはずだろ。後腐れなくするために」

 と、トンビは自分の腹を指し示す。どうやらコイツもゴム弾を撃ち込まれたらしい。

「俺やお前が新しく人生を歩いていけるように、ファルコナーはいろいろ手を尽くしてくれた。少なくとも俺はそれを無駄にする気はねぇ。だからっておやっさん達やハヤブサ達との過去を放り捨てるつもりもねぇが、今大事なのは一市民としての元沢もとさわ兜一の人生だ」

 そう言って立ち上がった兜一は、俺に背中を向けて歩き始めた。

「だがもし、お前ぇが羽村はむら正貴ただきとして生きるのに俺の存在が邪魔なら、さっさと消えるさ。引っ越しはできねぇが、万が一顔を合わせても他人面くらいできる。この数年間ばったりとすら会わなかったんだから、そう難しいことじゃねぇ」

「兜一……」

「いろいろ騒がせて悪かったな、久しぶりに顔見れて擦った揉んだやって、楽しかってぜ」

 と、淋しげに手を振る兜一を、俺は立ち上がって追いかけ、太い腕を掴んだ。しかし兜一は振り返らなかったので、俺は鼻で笑いながら告げた。

「その面じゃ、友達もろくにいないだろ、お前は」

「てめぇ、馬鹿にすんなよ。飲み友達のジジババくらい、掃いて捨てるほどいるっつーんだよ」

 人生の先輩方になんて言い草をするんだ、と俺は苦笑いしながら、精一杯背伸びしてその肩を叩く。

「暇ならいつでも顔出してくれよ。あ、金がないから飲みには付き合えないけど」

「奢らねぇぞ、貧乏人」

「別に奢れなんて言ってないでしょうが! 人聞き悪い! つーか、誰が貧乏人だ!」

「菜々里から聞いてるぞ、全然流行ってねぇってな」

「よしわかった、やっぱり殴らせてくれ」

 そうして始まった第三回戦も、結局兜一に一方的にボコボコにされて終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る