昔話6『終幕のための戦い』

 俺達が目にしたのは、横長の広いコテージだった。山の壁面に沿うかのように建築されたそこは、まるで宿泊施設のような佇まいで、どうやら二階建てらしい。

 一見すると色褪せて放置されたみたいだが、薄っすらと残った足跡があるのは、人が出入りしている証拠だ。

 コテージには見張りらしき人間は居ないが、木陰に隠れて警戒している人間がいるのを見つけた。まずは俺とトンビが機会を見計らってコイツラを狙撃し、他の見張りが出てきたら前衛のハヤブサら三人が制圧する。

 首謀者の確保に成功したらファルコナーに連絡を入れ、彼の要請で軍警察が動く手筈となっている。

 現時点では全てが驚くくらい予定通りに進んでいた。後は敵の提示連絡を待っていた。通信直後に沈黙させ、一時的に付け入る隙を生むための待機だった。

「一言だけ、言わせて欲しい」

 野鳥の声や風の音を聞きながらじっくりと機会を見計らっていると、ふいにミサゴが小声で口を挟んできた。

「皆、無事に」

 珍しく不安げな声音に、俺達は目を丸くしていたが、それを聞いたハヤブサは軽く笑ってから、通信機越しにこう告げた。

「ミサゴ、仕事が終わったら口説くからよろしく」

「おいハヤブサ、そういう口約束は逆に縁起悪ぃからやめろ」

 思わず突っ込むトンビに、ハヤブサは声を殺して笑う。敵地に踏み込む中、流石に緊張感に欠けているが、俺まで首を突っ込むと藪蛇になりかねない。

「これがたぶん、俺達にとって最後の大仕事だろう。少しはこれからの夢を見たいんだよ」

「だからって、この場面で言うことないでしょ」

「あれ、ノスリも俺に口説いて欲しい? 俺だけモテちゃって、なんか悪いな」

 ハヤブサに一言言ってやりたいのに、こうも場の空気を支配されると、言葉が出てこなかった。何より今は隠密行動必須の状況なので、声を荒げることもできない。

 絡まれたミサゴは、しばらくずっと黙っていたが、静かに口を開いた。

「チーフの許可が必要だから、今から連絡して確認する」

「……それは仕事が終わってからにしなさい」

 ノスリは冷静に引き止めた。ミサゴの声音を聞くと、どうも彼女なりに困惑しているらしい。そんな誘いを受ける機会などなかっただろうから、それは戸惑うだろう。

「そろそろ、撃ち込む。雑談は後だ」

 最後に俺が緩くなった空気を引き締め、意識の中心をコテージに戻す。

 それからしばらく敵に動きはなかったが、やがて口元が動いた。トンビも気づいたようで、息を呑む音でこちらに合図してきた。

 把握している二人の口元が止まり、息を吐いたのを見計らってから、俺とトンビはそれぞれ狙っていた見張りを撃ち抜いた。

 それから素早くハヤブサがミサゴとノスリを引き連れる形で、コテージの影に接近した。他の敵が出てくる気配は今の所ない。

 三人は見張りの遺体を片付けると、合図して俺とトンビを呼び寄せつつ、コテージの近くに小型爆弾を仕掛けていく。派手な音が鳴る程度だが、いざという時の囮にはなるだろう。

「さあて、黒狼さんの御尊顔が楽しみだ」

 ハヤブサの言葉に、俺は深く頷いた。




 俺達は、まず侵入経路を探すことから始まる。窓から内部の様子を伺い、警戒の薄い部屋を探す。見張りの居ない部屋を見つけると、ミサゴが手早く窓に最小限の穴を空け解錠し、それに合わせて俺達は揃って部屋へ侵入した。

 入ってからすぐに通気口を見つけると、ミサゴは偵察すると俺達に目配せしてから、中へと飛び込んだ。偵察の結果を待ちたい所だが、外の見張りと連絡が付かないことはいずれ露見する。あの爆弾でそれなりに気を引くことはできるだろうが、危険を承知で俺達も行動しなくてはならない。

「連中が勘付く前に、ボス猿どもを見つけたいところだがね」

「ま、そんな都合よくはいかないでしょうね。二手に分かれましょうか」

  部屋の壁に耳を当てて人の気配を伺いながら、ハヤブサがつぶやくと、ノスリが提案してきたので即座に承諾し、俺はいつもどおりトンビと組んで部屋を出た。

 廊下は本当に宿泊施設の廊下のように広く、一度視界に捉えられれば逃げ場はない。俺達四人はミサゴからの連絡が間もなくくると信じて左右に分かれ、俺達は入り口側へ向かった。

 入り口に続く曲がり角まで移動すると、向こうから銃を持った男が二人近づいてくるのが見えた。相手はこちらに気づいていないようだ。

 トンビが前に出たので、俺は背後を警戒しつつ敵の到来を待つ。相手がこちらに曲がろうとした瞬間、トンビが素早く敵の頭を掴み、文字通り一捻りしてしまった。狼狽したもう一人の喉元を俺は手刀を突き、文字通り息の根を止める。

 しかし、見た目通りの怪力を目の前で見せられると、長年一緒に仕事をしている俺でも背筋に寒気が走る。体術でコイツと渡り合える人間は、もうハヤブサくらいしか思いつかない。

 その後はすぐに入り口の敵を処理していると、ミサゴから二階で首脳陣が集まっている部屋を発見した、という連絡を受けた。ハヤブサ達の向かった先に階段があったらしいので、俺達は四人で合流して二階へと向かう。

 見張りがいるのを見て少し様子を伺っていると、ミサゴから連絡が入った。外の様子がおかしいことに敵が勘付き始めたとのことだ。

 一階の面子は恐らくほぼ片付けたはずだから、確認のために二階に居る連中が離れる必要が出てくる。一方で敵の幹部連中は撤退の準備を初めてしまうだろう。特に黒狼はこういう状況の変化には敏感なはずだ。

 今度こそアイツだけは逃がすわけにはいかない。ここからは無理を通してでも迅速に決着を付ける必要がある。

 俺がみんなと目配せすると、外で爆発音が聞こえた。こちらが起爆させたそれに気を取られたのを見て、俺はハヤブサと共に廊下へ飛び出し、連中が対応する前に拳銃で一掃した。

 それを見て後ろのトンビとノスリも飛び込んできて、ミサゴの誘導に従って、真ん中の部屋に突入した。

 部屋が山側に面しているせいか、中は窓がなかった。その代わり明かりはしっかりしている。

 いかにも戦い慣れしてない人間が、武装した部下に囲まれて集まっていて、敵はすぐさま応戦しようしたが、横合いから飛んできた弾で全員倒されていく。通気口から器用に出てきたミサゴが既に合流していて、小型拳銃で正確に敵の頭を撃ち抜いていたのだ。

 守り手を失った連中は懐から拳銃を出そうとしたが、それより前に額へ風穴を空けた。ただ、口髭を生やした紳士然とした男と、眼鏡をかけた気弱そうな男だけは銃を叩き落とすだけに留めておく。

「ほ、ほ、本当に……」

「前国王様はいらっしゃらないようだな。どこへやったんだ?」

 ハヤブサが写真を見ながら問い質すが、二人はひたすら手を上げて黙っているだけだった。怯えているのか、そう装うことで時間を稼ごうとしているのかは判別しかねる。

 それを見たトンビは、頭を掻きながら眼鏡の男に近づくと、男の腕を締め上げて指を一本一本折り曲げ始めた。

「これから俺達が聞くことには正直に答えろ。さもねぇと、こいつの片手をあっという間にバラバラにしてやる」

 と言いながら小指をへし折ろうとすると、眼鏡の男が悲鳴をあげた。それを聞いて、口髭の男は慌てて口を挟んだ。

「待ってくれ! やめてくれ、ちょ、ちょっと困惑して口が動かなかっただけだ。いや、そんなことより聞いて貰いたいことがある」

「言っておくけどよ、時間稼ぎなんて考えるなよ。さっさと言わねぇとコイツで小指を吹き飛ばすからな」

 と、トンビが拳銃の銃口を眼鏡の男の小指に押し付ける。発砲したばかりで熱を持っていたせいか、肉が焼けるような嫌な音がした。涙と鼻水を垂れ流す彼を見るや、目を白黒させながら口を割った。

「わ、私達は囮なんだ。すぐにこの部屋から出ないと……!」

 その言葉を裏付けるかのように、何か嫌な予感を感じた俺達は、幹部連中を引きずりながら部屋を飛び出した。

 それから間を置かず、部屋から爆風が吹き出した。




 黒狼を相手にするには、まだまだ手数が足りなかった。

 元国王の死が本当であれ偽物であれ、俺達がそれを利用して動くことを黒狼は読んでいた。そして俺達が動くように仕向けるため、幹部をこのコテージに集めたのだそうだ。

 そして実際に来たのを見計らって、さっきの部屋の壁裏に掘っていた洞窟の通路を利用し、コテージから脱出していた。そのついでに洞窟を爆破し、捨て駒にする幹部連中の逃げ場を塞ぎつつ、俺達をできれば始末しようとしていたらしい。

「我々を囲んでいた連中は、ギリギリで壁裏に逃げ込み、追ってきたら洞窟で生き埋めにする算段だったらしい……」

「どの道、あの爆発を見るとあの人達も捨て駒だったようだが、ね」

 なんとか爆風を避けた俺達だったが、次の問題が待っていた。生かしてやった幹部の話によると、このコテージに殺し屋の集団が向かっているらしい。確実に俺達を始末しつつ、自分に追いつかれないように。

「黒狼の狙いは、政府の力を完全に削ぎ、自らが実権を握ることだ。首都にテロ攻撃を仕掛けると部下が話しているのを聞いた。嘘ではない!」

「ま、だから私達をここで封殺しようとしたのでしょうね」

 ノスリが軽く耳をいじりながらそうつぶやいた。ファルコナーとの通信は妨害を受け、閉ざされていた。

 あの人のことだから、俺達と通信が完全に切れたと分かれば、しっかり対応策を取ってくれるはずだ。そう信じて俺達は俺達で生き残らなくてはならない。

「これだけ話したんだ、助けてくれ! 一生牢獄に放り込まれてもいい、死にたくないんだ!」

 後ろの眼鏡の幹部も、ぐしょぐしょに崩れた顔のまま頷いたが、ハヤブサはヘラヘラ笑いながら答えた。

「黒狼には出し抜かれたが、アンタラに背中任せるほど馬鹿じゃない。死にたくなければこれから始まる銃撃戦の中を逃げるか、その前にここを出て身を隠すんだな」

「逃してくれるのか?」

「まあ、指を潰してからだけどな」

 するとトンビが手早く幹部達の腕を引き掴むと、手早く両手の指を握り潰した。呻いて床に転がる二人を、トンビは片手で無理矢理引き上げる。

「足だけは自由にしてやるからさ、せいぜい銃弾を浴びないように頑張って逃げなよ。一応お仲間なんだから、案外助けてくれるかもしれないだろ?」

 ハヤブサが言葉をかけて、俺達は二人を入り口へ蹴飛ばして送り出した。二人は扉を必死に腕で開けて飛び出していった。

 外に出てからの一部始終を俺達はじっくり観察していると、二人は容赦なく蜂の巣にされてしまった。この分だと出てくる連中は全て撃ち殺すという方針らしい。

 敵の様子を狙撃銃のスコープで様子を覗いてみると、敵がロケットランチャーを用意しているのが見えた。それをトンビに見せると、苦々しそうに舌打ちした。

「あの調子だとここで籠城なんかさせちゃくれねぇな。どうすんだこれから」

「そもそも籠城してる暇なんてないさ。黒狼さんには、今日中に地獄行きの特急へ乗ってもらわなきゃな」

 ハヤブサは自分の銃の調子をもう一度確認しつつ、不敵に笑った。俺達もそれに応えて笑みを浮かべてみせた。



 俺とトンビは二階で狙撃銃を構えながら敵の配置を把握する。残念ながら通信は妨害されているので、声が伝わるのは少し離れた窓から狙っているトンビくらいだ。

 まず、ロケットランチャーを抱えている奴を沈黙させて時間を稼ぐと言っておいた。それからは狙撃銃など一方的に攻撃されかねない銃を持っている奴を優先的に潰し、ロケットランチャーを撃ち込まれたら俺達は窓をぶち破って飛んで逃げる。

 それからは今まで共に仕事をしてきた経験から咄嗟に対応するしかない。

「よぉハゲタカ、俺達、生きて帰れると思うか?」

「弱音か、お前らしくもない」

「つい、おやっさんの時のことを思い出しちまってな」

 考えないようにしてたのに、と俺がため息をつくと、トンビは煙草に火を点けながら続けた。

「普段の俺達ならやれねぇ数じゃねぇがよ。今回は急いであれを突破しなくちゃならねぇんだ。持久戦って選択肢がねぇ以上、圧倒的に不利だろうが」

「逃げたいのか?」

「馬鹿にすんな。ただ、お互い何か言葉を遺すなら今のうちがいいと思ってよ。おやっさんの時は一方的に自分の話だけされて終わったろうが」

 確かに、あの時は親父の信じられないような真実を打ち明けられ、そのままほとんど言葉もかけられず、マグマの中に消えてしまった。今思えば、言いたいことは一日では言い尽くせないくらいある。

 しかし俺は、鼻で笑ってその申し出を突っ張った。

「そんなのは死んだ後で十分だろ、兜一とういち

「地獄で話す隙なんてあるのかよ」

「天国にも地獄にもいけず、話す機会もない親父よりマシだ」

「……ああ、違ぇねぇ」

 敵が動きを見せたのを見て、俺達は狙撃銃のスコープに目を当てる。

「悪ぃ正貴ただき、俺はまだ全然死ぬ気がしねぇや」

「そうだな、お前はきっと親父よりも不死身だ」

 返事をしながら、俺達は引き金を引いていた。ロケットランチャーを構えようとしていたそれぞれの刺客が頭を撃ち抜かれ、ひっくり返るように後ろへ倒れた。

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