昔話4『消える伝説と目覚める鳥達』

 その日は兜一とういちと二人だけの仕事だった。マフィアと繋がっていた警察関係者を始末するという、何度か聞いたような依頼をこなし、俺達はいつも通り帰路に付いた。

 日が落ちて暗くなった道中を進んでいると、アジトの方が騒がしくなっているのが聞こえた。やがてそれが銃声だとわかり、俺達はすぐに銃を取り出して身構える。

 慎重に進んでいくと、間もなく人の気配を感じた。そして相手の素性を確かめようとした瞬間、こちらに向けて相手は遠慮なく発砲してきた。

「おいハゲタカ、どうなってんだこりゃ! おやっさんはどうした?」

「今日は仕事に出ていたはずだけど、今帰ってるかどうかはわからない。とにかく突破するぞ」

 木陰や岩陰に移りながら、俺は銃撃者を確認する。

 人数は二人いるというのはわかったが、暗くて相手の正確な容姿はわからない。目を凝らすと二人とも背丈ががっしりしているのがわかった。似たガタイの人間はうちだと兜一以外にいない。

 目の前に居るのが敵だと確認すると、まず俺が囮になって前に出て、相手の注意を引く。

 その隙に兜一がまず一人の左胸を撃ち抜いた。

 仲間の呻き声を聞いて怯んだ隙に、俺はもう一人に肉薄し、眉間に風穴を開けた。

 俺達は敵の銃を蹴り飛ばしてから、見える限りの中で敵の素性を探ろうとする。だが確認する暇もなく次の刺客が現れ、やむを得ず応戦態勢に入った。

「くそっ、相手は三下揃いなのによ」

「とにかく数を減らして、みんなと合流すれば立て直せる」

 自分に言い聞かせながらも、俺は嫌な予感で頭が一杯になっていた。

 不安を無理矢理振り払うかのように、俺達は向かってくる敵を一人一人処理していった。




 月明かりの下で、同じ釜の飯を食った仲間達が、刺客らと並んで血だらけになって倒れていた。

 見慣れた洞窟の前に転がる死体と血溜まり。

 地獄絵図を作る側に居た俺達が、今はそれを見て絶句する側に回っている。外から見ればなんとも皮肉な構図だ。

 悔しさと憤りが綯交ぜになって、何かにぶつけたくなる。思えば着くまでの道のりで遭遇した刺客は皆殺しにしてきたが、それでも抑えられない感情が煮えくり返っていた。

 その気持ちを抑えながら、俺は残党が残っていないか警戒する。少なくとも俺には、ここで果てた仲間の後を追うつもりはない。

 すると、アジトの中から銃声と呻き声が聞こえてきた。俺達は左右に分かれて入り口を包囲する。まだ中で生き残っている仲間が戦っているのかもしれない。

 援護するべきか悩んでいると、こちらに足音が近づいてくるのがわかった。敵か味方か判断できないので、俺達は身を屈めて相手が誰かを見極めることにした。

 足音の主は、形振り構わずアジトの出入り口から飛び出してきた。三人いたが、一人が屍に足を取られ、それに巻き込まれる形で全員地面へ叩き付けられた。

 無様に倒れ込む襲撃者達に、俺達はすぐに銃口を向ける。だが、敵はすっかり戦意を失った表情で震えながらこちらに目を向けた。

 いや、実際は俺達の方は見ていない。むしろアジトからゆっくりと出てきたもう一人の人間に、怯えきっていたのだ。

 俺達は、最低限の注意を背後に向けながらも、洞窟から出てくる人間に意識を切り替えた。

 やがて、少しフラついた足取りで出てきたのは、血塗れの男だった。

「あ、アイツは化け物だ!」

 現れたのは親父だった。俺達は少しだけ安堵しかけたが、すぐに様子がおかしいことに気づいた。

 親父は、今まで見たことがないくらい体温を感じない目付きで、襲撃者をしっかりと睨んでいた。直接睨まれていない俺達ですら、身の危険を感じる程に。

 敵は、悲鳴のような雄叫びをあげながら親父に発砲してきた。流れ弾を避けようと避けた俺達に対して、親父は微動だにしなかった。

 羽織っていたコートやマントが弾け、盛大に血飛沫が舞い上がった。

「親父!」

「何突っ立ってんだ、おやっさん!」

 その声を聞いて、親父は俺達の存在に気づいたらしい。目だけで俺達を確認した親父は、その冷たい瞳のまま深く息を吐いた。その間にも弾は何発も親父の身体に刺さっていく。

 親父は覚束ない足取りで襲撃者達に歩み寄る。相手が震えた手で弾を再装填している間に、親父は懐から銃を取り出した。

 親父の放った弾は、正確に敵の急所に命中した。

 一方で、敵の弾の一発が親父の眉間を貫いていた。

 前のめりに倒れる親父に、俺達は二人で駆け寄った。

 眉間の真ん中を撃たれた親父は、安らかな顔で眠ったような顔をしていた。

 親父の屍を前に、しばし俺達は項垂れながら過ごした。他にも刺客がいないか警戒はしていたつもりだが、正直この時は喪失感に思考を支配されていた。

 動かなくなった親父の遺骸を横たえて、俺達は仲間の死体をまず整理することにした。敵の死体は適当に重ねてから、死んだ仲間を一人一人仰向けに並べて、目の開いたままの奴は静かに閉ざしてやる。

「……もう少しでファルコナーがヘリで迎えにくる」

 背後から声がして、俺達は反射的に銃を構えながら振り向く。

 しかし、声の主は俺達にとってはあまりにも予想外の人物だった。

「埋葬は諦めろ。恐らく政府の連中が後始末は済ませてくれる。悪いようにはしないだろう」

 と、淋しげに告げたのは、死んだはずの親父だった。

 コートやマントは銃弾で穴だらけにされ、着ているものは血で真っ赤に染まっている。

 何より、親父の眉間には穴が空いたままだった。

 俺達が喫驚して絶句していると、親父の身体に変化が起こり始めた。

 まず、眉間を始め前身から血に染まった銃弾が吐き出されるように飛び出した。さらに眉間に穿たれた穴も、まるでビデオの逆再生のように塞がっていく。。

「見てのとおり、俺は死ねない化け物だよ」

 何が起こっているかわからないという風な俺達に、親父は自嘲気味な笑顔で答えた。

「人として生きていけない俺にできるのは、同じように社会から爪弾きにされた奴に、生きるチャンスを与えることだ。そう馬鹿みたいに信じて生きてきた」

 最早、独り言のように言い切った親父は、ヤケクソ気味に大笑いして、両手をゆっくり広げながら告げた。

「だが、結果はこの通りだ。みんな、死んじまった」

 冷たい瞳のままの親父は、涙を流すよりもよっぽど悲しく儚げに見えた。

 やがて、迎えに来たファルコナーのヘリコプターにより、俺達は回収された。親父は血だらけになったコートとマントを捨てて乗り込んだが、中に着込んでいたシャツやズボンも塗りたくられたみたいに血で染まっていた。

 出迎えたファルコナーは、そんな親父を見て少しだけ驚いてから、何かを悟ったように機内へ俺達を手招きした。

 すぐに離陸した俺達は、この国より少し離れた小島の一つに逃げ込むと教えられた。山を越えると同国が所有する小さな島々が広がっていて、中には溶岩湖が見られるという火山島もあった。

 もっとも交通手段が貧弱なため、観光資源としての価値はとても薄いらしく、人の気配はまったく見られなかった。

「シートベルトはしているか」

 上空に生まれた密室で、親父は突然ヘッドセット越しに話を始めた。俺達が頷く間、ファルコナーは何か言いたげにこちらへ振り返ったが、歯噛みしながら操縦桿を握り締めた。

 ヘリコプターはゆっくりと高度を下げていき、やがて火山の溶岩溜まりが肉眼で見える程まで降下した。生まれて初めて見る光景に少し見惚れていると、親父は食い入るように火山口を見下ろしていた。

 気晴らしに火山を見せようとしているのか、ヘリは高度をさらに落とす。そしてある程度で止まると、親父は俺達の名前をそれぞれ呼んだ。

「俺は死ねない人間だ。しかし、一つだけ身体を死に近い状態にする方法がある」

 そう言うと、親父はヘッドセットを投げ出し、シートベルトを無理矢理外すと、いきなりヘリの扉を開け放った。

 親父が何をしようとしているかわかった時には、もう手遅れだった。手を伸ばすのも間に合わず、親父は自ら火山口へと飛び込んでしまった。

 落ちる直前に親父が何を俺達に告げようとしたが、ヘリコプターのローターの音にかき消されてしまう。

 溶岩湖に何かが落ちる飛沫のようなものが見えた所で、ファルコナーはヘリの扉を閉じてから、迷わず火山から離れていった。

 俺達はファルコナーに詰め寄ろうとしたが、怒気はすぐに萎んでしまった。

 ファルコナーが表情を崩さぬまま、声を出さずに一筋の涙を見せていたからだ。




 親父の自害を見送った後、俺達は親父が身を投げた島の近くにある孤島に潜伏し、ほとぼりが冷めるのを待った。

 その間、一緒に潜伏したファルコナーは、親父の秘密を知っていたことを打ち明けた。そして親父が死を望んだ時には協力して欲しいと懇願されていたことも。

 親父は溶岩に飛び込んでも死ぬことはない。しかし、脳味噌以外は溶けて消えるため、意識は消失するらしい。噴火で脳味噌が外に排出されない限り、親父は死に続けるという。

 恐らく数千年単位で何度か自殺をすることで自分を封印してきた親父の過去を思うと、俺達は正直言葉を失うしかなかった。

 それと同時に、親父を絶望させた刺客達への憤りは、日に日に募っていった。聞けばハヤブサの居るガルダを始め、政府寄りの同業者は全て襲撃を受けたらしく、中には全滅させられたところもあるそうだ。

 アジトが露見した理由はまだ不明だ。内通者がいた可能性もあるが、尻尾がまるで掴めないままらしい。しかし、内通者が居るのだとすれば、一番悔しいのはファルコナーだろう。

「どんな事情であれ、この惨状を招いたのは私の甘さにほかならない。お前達にこの場で殺されても文句は言えない失態だ。悔やみきれん……」

「俺がアンタを殺す時は、裏切りの首謀者だった時だ。今やるべきことは、失ったものを惜しむことじゃない」

 腕を震わせて後悔を述べるファルコナーに、俺ははっきりと告げた。

 過ぎたことをこれ以上悔やんでも、崩壊させられた勢力図は絶対に戻らない。

「コイツの言うとおりだ。しょぼくれている暇なんてねぇんだよ。ファルコナーのおっさんよ」

 俺よりも深く落ち込んでいた兜一が、ようやく口を開いた。吹っ切れたのが伝わってきて、俺はアジトがやられて以来、久しぶりに口元が緩んだ。

「親父やみんなのことを悔やむなら、アンタも一緒に立ってくれよ旦那。俺達が連中に対抗するには、アンタの力添えは必要だ」

「やっぱり同じタカ同士、アンタとは気が合うな、ハゲタカの兄さん。俺もやる気はだぜ」

 突然第三者の声が聞こえてきて、俺達は身構えた。しかしその声の主は、俺達のよく知る人間だった。

 土埃にまみれて満身創痍といった風のハヤブサは、倒れ込むようにして壁に座り込んだ。俺と兜一で駆け寄ると、ハヤブサは少し弱々しいながらも、明るい笑顔を見せた。

 師匠にこの場所を教わったというハヤブサは、俺達に肩を持ち上げられながらも、言葉を続けた。

「ファルコナーさん、これから俺達を仕切れるのはもうアンタしかいない。だからその重い腰、上げてくれ」

 飄々とした口調ながらも、ハヤブサの願いは真剣だった。それを受けたファルコナーも、ようやく踏ん切りが付いたのか、自らを奮い立たせるように拳を握り締めてから、深く頷いた。

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