4-6『気高い野良猫』
公園を出てからしばらく経って、俺は古めかしいアーケード商店街をブラブラと一人で歩いていた。厳密には、片手にはぽんすけの入ったケージを持っているから、一人と一匹か。
今はもう起きているぽんすけだったが、何やら落ち着かない様子でケージの中を行ったり来たりしていた。俺が心配して声をかけると、ぽんすけは静かに答える。
『確か今日はよぉ、なんか鳥を探すんだったよなぁ?』
「ああ、今もそうなんだけど?」
『じゃあなんでオイラが起きた途端によぉ、お前ぇは猫探しなんかしてんだぁ!』
「こればっかりは俺も読めないんだよ、何もかも初めてだし」
半泣きで怒鳴り散らすぽんすけに、俺は苦笑いを返すしかなかった。
ほんの数十分前、あれから老猫はすぐに見つかって、元々人懐っこかったおかげで、話もスムーズに聞くことができた。
運のいいことに、いきなりラズドとインコについての情報を聞くことができた。おまけに最近まで生きている姿を見かけたという、希望のある目撃証言まで話してくれた。
数日前、老猫はラズドから隠れ家にピッタリな場所がないかを聞かれ、なるべく人間が多く行き交う場所にしろと助言をしたそうだ。
助言してチンピラ集団に目の敵にされないのか、とお節介に聞いてしまったが、老猫は「連中にも同様に知恵を授けている、だから邪険にはされん」と平気な顔で答えた。
それはともかく、ラズドに教えたのはどうも商店街らしいということがわかり、俺は今こうして静かな商店街に戻ってくることとなった。
屋根がある影響か、はたまたゴミ収集場がなくて食べ物を手に入れ辛いせいか、カラスの気配はまったくない。野良猫は路地などから気配を感じるが、やや少ないように見える。
ラズドを探すため俺達は手分けしてアーケード商店街の周辺を見回ることにした。老猫の助言通りに動いたならこの辺りで密かに暮らしているはずだ。
成り行きで決めたこの作戦だけど、
清子くんには不便を強いてしまうことになったのもそうだが、それ以上に
「やっぱり携帯電話って必要だよな! です。ボク、帰ったらとっつぁんにもう一回頼んで、今度こそ買って貰うぞ! です」
一応、小学生で携帯電話は贅沢だと窘めたが、清子くんに「
別に、俺みたいな大人が持ってないのに、小学生が持つなんてけしからん、という意図で言ったわけじゃない。別に携帯電話なんて、俺は必要に思わないから持っていないだけだし。別に使える自信がないとか、そういうのじゃないし。
『ソイツは滅茶苦茶喧嘩っ早ぇんだろぉ? ぜってぇ怖ぇ奴に決まってんだろうがよぉ!』
そんな携帯にまつわる回想は、ぽんすけの文句によってかき消された。まずぽんすけの機嫌は良くしてやらないといけない。
「協力してくれよ、少しでも早く片付けたいだろ? 俺もこんなことは今回限りにするつもりだし」
こういう時、役に立つのはぽんすけの鼻だ。だから清子くんからこうしてぽんすけを受け取ったわけだ。
そんな時、菜々里に連れていく理由を聞かれて答えると「ズルい」と言われてしまった。そんなことを言われても、こいつとお喋りができるの俺だけなんですよ、お客さん。
『猫の匂いなんてさぁ、そこら中からするけどよぉ』
「一応、爺さん猫からインコの羽は借りてきた。これでなんとかならないかね?」
と、俺は青い羽をぽんすけの鼻元に近づけてやる。老猫が大事にしているそうなので、齧られないように少し離しながら匂いを嗅がせる。
『うーん、猫の匂いもするけどよぉ、この変わった匂いはたぶんそのインコって鳥だなぁ』
「近くに同じ匂いとか、しないか?」
『急に言われてもわかんねぇよぉ。ま、同じ匂いがしたらオイラがちゃんと教えてやるから安心しろよぉ』
頼ってやると調子に乗るのがぽんすけである。乗り気になってくれた匂いレーダー係とともに、俺は寂れた商店街を軽く見回す。
すると、閉じた店の間にある路地から、一瞬何かの小さな影が見えた。こちらが振り向くことを想定していなかったのか、それは慌てたように路地へと隠れてしまう。
俺はすぐ駆け寄ったけれど、路地にはほんのりと砂埃が舞っているだけで、何がいたのかはわからなかった。
「ぽんすけ、どう?」
『んーとなぁ、たぶんこれ猫の匂いだぜぇ。オイラが身震いするってこたぁよぉ』
判断材料が情けない気がするのはさておき、どうやら猫が俺の動向を監視しているらしいことはわかった。何故、俺を避けるように行動しているのかはわからないいけど。
そういえば公園で突然感じた妙な視線も、今俺を見ていた奴なのかもしれない。相手の目的がわからないが、接触できる余地はあるのかもしれない。
俺は周囲の気配を意識しつつ、閑散とした商店街を適当にブラつくことにした。
改めて歩いていると、野良猫の姿がさっきより増えているように感じる。皆どこかに吸い寄せられるように、同じ場所を目指しているらしい。嫌な予感……というより明らかに物事が悪い方向に転がっているのをひしひしと感じる。
『おぉ? なんか似たような匂いがするなぁ……って羽村ぁ!』
ぽんすけが声をあげたのを聞き、俺は咄嗟に小さなケージを抱きしめた。そして原因を探ると、目の前に一匹の猫が立っていた。
相手は目付きが鋭く無愛想に見える虎猫だ。がっしりとしているが体型はスリムで、筋肉質な印象は受けない。
ぽんすけを狙いに来たのかと構えるが、猫はこちらをじっと見るだけで、行動は起こさなかった。むしろこちらを観察しているようだった。
『おいアンタ、俺の言ってることがわかるか?』
思ったより温和な声だが、やや切羽詰った様子だ。まだ相手の目的がわからないので、俺もすぐに返事はできなかった。
猫は焦れてきたのか、こちらに寄りながらさらに話し続ける。
『俺がラズドだ。あの変わった鳥を探しにきてたって、近所の奴から聞いて探していたんだ。お前がそうなのか?』
やけに真剣な口調でそう問いかけられて、俺は頷きながら答えた。
「そうだよ。鳥を匿ってるって本当か?」
『良かった。ソイツを匿ってる俺の根城が地元のチンピラに目を付けられて……』
と、懇願するラズドだったが、音に反応して少し後ろに飛び退いた。振り向くと清子くんと菜々里が俺の方に走ってきていた。
「大丈夫、俺の仲間だから、怖がらなくていい」
そう伝えると、ラズドはすぐに警戒を解いてくれた。しかし、慌ててやってきた女性陣二人は息を切らせながら駆け込んでくる。
「大変なんだ! です。何年も前に閉まった店に、野良猫がたくさん集まってるんだよ! です」
「中から、ちょくちょく鳥の鳴き声が聞こえてくるんです。もしかしたらと思って、急いで知らせようと!」
息の整わない二人だったが、最低限知りたいことは伝えてくれた。俺はすぐに頷いてラズドに手早く今後のことを話した。
全員の了解も取れたところで、俺達は急いで走り始める。静けさが自然となりつつあるシャッター商店街が、にわかに慌ただしくなる。
俺が案内されたのは、今は潰れた駄菓子屋だった。見るからに人が住んでいないような雰囲気だが、新たな入居者を募集している様子もない。
そんな誰も近づかないような建物に、野良猫が十数匹集結している。各々唸り声をあげ、中にいる何かに威嚇をしていた。正しくチンピラか暴力団の脅し文句のようなものを吐き捨てている。
俺達は今、そんな異様な後継を路地の影からこっそりと様子を伺っていた。この物々しい雰囲気は、言葉はわからずとも清子くんや菜々里にも伝わっているようだった。
「確かに、甲高い悲鳴がちょくちょく聞こえるな」
と言うと、菜々里は顔を引き攣らせた。せっかくここまで来て、インコの亡骸を持ち帰る絶望的な終わり方は避けたい。
ラズドに話を聞きながら、俺は改めて店舗の外観を確認する。店の入り口だった場所には、陽射し避けのためか小さな屋根付いていた。さらにその上には横長の小窓があり、ラズドはそこから出てきたらしい。
店舗の横には、自宅スペースへ繋がる路地があった。道のすぐ先にはコーラ瓶のケースが高く積まれ、かつて営業していた時の面影を感じられた。
『あの中には、俺の子分みたいな奴もいるんだ。だからそう簡単にはやられないだろうし、もし仮に俺がたどり着けなくても、アンタが行けばアイツはきっとわかってくれるはずだ』
「おっと、まさか出ていく気じゃないだろうね、お前さんは」
俺は清子くんにぽんすけを託すと、顔を出す気満々のラズドに釘を差しておく。
「なんのために無理を押してまで俺を呼んだんだ。ここは俺に任せてくれ」
『お前だけで行くつもりなのか? 奴等は人間がちょっと脅かしたくらいじゃ引かないぞ。いつぞや人間に襲いかかって、食料を奪っていたくらいだ』
恐ろしい話を聞いて、少しだけ尻込みする。十数匹の猫が一斉に飛びかってくる場面を思い浮かべて、額に冷や汗が流れる。
しかし、かといってラズドが出ていけば真っ先に狙われるだろう。アジトを襲っているのも、ラズドを引きずり出すためなのだから。
「だからってお前が出ていっても、状況は良くならない」
『俺は、第一に無関係なエビリナをせめて助けてやりたいだけだ。ましてや今会ったばかりのお前を危険な目に合わせたくない。これは俺の撒いた火種だ、囮くらいやってみせるさ』
俺が知る限りでは、猫という生き物は良くも悪くも気ままな連中だ。何かに縛られることを嫌うし、何より静かに暮らすことを好む。
だけどコイツは、驚く程に正義感の強い奴だった。まるで他の生き物が猫の皮を被っているんじゃ、と思うくらいに。
「確かに、俺はお前のことなんてよく知らない。助けてやる義理なんてないけどさ、それでも恩返しくらいはさせて欲しい」
『恩返し?』
「その鳥を大事に守ってくれたお礼。おかげで、子供に酷い物を見せずに済みそうだから」
そう告げて、俺が一歩踏み出そうとすると、ちらっと心配そうにこっちを見る清子くんが見えた。
流石に今回は状況が状況だけに、彼女は今まで見たこと無い程に不安そうな顔をしている。
「清子くん、別に死地に向かうんじゃないんだから、そんな強張らせなくていいんだけど」
「とても安心なんてできません。一度に襲われたら小さな怪我じゃ済まないじゃないですか」
「大丈夫大丈夫。俺は痛いの大嫌いだから。無謀なことはしないさ。たぶん」
最後に余計な一言を付けたせいか、清子くんは思いっきり眉を顰める。フォローしておきたいが、これ以上長話できる状況じゃない。
「ぽんすけや菜々里のこと、頼んだよ。あと、この猫が飛び出さないように見ておいてね」
まだ何か言いたげな清子くんを振り切って、俺は路地の影から商店街の路上に飛び出した。
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