4-5『野良猫達の事情』

 案内されたのは、小さな公園だった。遊具やベンチなどが真新しく、住宅地の開発に合わせて作った公園なのだろう。

 だがどういうわけか、漂う雰囲気に新鮮さはなかった。子供のために設置したはずの遊具は、カラスや猫に占拠されていたが、カラスだけは人の来訪を見るや、そそくさと飛び去ってしまった。

 思えば、ここに来るまでに通ったアーケード商店街は古めかしく小さかった。うちの地元よりは閉じたシャッターが少ないだけで、年季の入った寂れ方に大差はない。特に砂埃で汚れた天井のアーチはどこか物悲しい。

 駅から少し離れれば、畑を潰して広げて作った、昨日の家みたいな真新しい住宅地は見えてくる。しかし地元に染み付いた空気感は、この公園を含めて新鮮さを塗り潰しているようだ。

「今日は駄菓子屋のばーちゃん居ねぇなぁ、です。あ、でもそこのベンチで寝てる猫、ばーちゃんの膝の上によく乗ってる三毛猫だ、です」

 菜々里ななりが指差したのは、ベンチの上だった。どっしりとした三毛猫が、丸まって日光浴をしながらうたた寝をしている。

 とりあえずアイツに話を聞いてみるか、と俺は歩み寄ろうとした。しかし、菜々里に腕を掴まれて制止されてしまった。

「起こしちまうのは、ちょっと可哀想じゃねぇか? です」

「でもカラスはもうどっか行っちゃったし、聞けるのは目の前のコイツか、パンダの上で寝てる猫だけだろ? どっちにせよ迷惑なのは変わらないよ」

 確かに、非常に気持ち良さげに寝ているので起こすのは忍びない。しかし、こちらとて、いつ起きるかわからない相手を待っている余裕はなかった。

「ちょっと失礼、話いいかね?」

『もう、一体何だい? せっかくぐっすり寝てたってのに……』

 と、目を薄っすらと開けながら起きた猫は、俺の顔を見て驚き、ベンチから飛び降りた。流石は猫というべきか、一連の動作は正に一瞬だった。

 距離をとってこちらの動向を伺っていた三毛猫は、恐る恐るこちらに近づいてきて、声をかけてくる。

『アンタ、もしかしてアタイの言葉がわかるのかい?』

「まあ、そういうこと。脅かして悪かったよ」

『そうか、人間なのにアタイ達の言葉がわかる変な奴ってアンタか。噂は本当だったんだねぇ……』

 名が知られていることを喜ぶべきなのか、変人として広まっていることを嘆くべきなのか、俺にはわからなかった。いや、コイツラに名がいくら知れても、仕事は増えないわけだから、ただ俺が心に傷を負うだけか。

『で? 話ってなんだい。アタイ達を取って食おうとか、物騒な話じゃないなら手を貸すよ』

「そのつもりなら、お前はとっくに俺の胃袋の中だよ。ちょっと探している奴がいるんだけど」

 俺は、とりあえず探しているインコの話をした。すると、三毛猫からは意外な答えが返ってきた。

『実はね、アンタを探してる猫がこの近くにいるんだよ。ソイツは最近、変な鳥を連れていてね』

「それはこっちからすると好都合な話だけど、どこにいるのかわかる?」

『それがねぇ、ここいらではチンピラに目を付けられてる奴だから』

 と前置きしてから、三毛猫は語りだした。

 名前はラズド、虎のような縞模様が特徴のオス猫で、身体はガッチリしているそうだ。激しい闘争を繰り返してきたため右耳が半分は欠けてしまい、身体にあちこち古傷が残っているらしい。

 ラズドは良い意味で有名な猫だった。この街には略奪を得意とする猫集団が幅を利かせていて、義憤に駆られたラズドはいつもチンピラ連中と対立してきたという。喧嘩が絶えないのはそれが一番の原因だと三毛猫は話した。

『事を穏便に済ませたいなら、あんまりあちこち聞き回らない方がいいだろうね。アイツの居場所を知りたがってるチンピラは、ゴロゴロいるんだ』

「なるほど、最初に聞いたのがお前さんで良かったよ。かくいうお前さんがチンピラの仲間じゃなけりゃの話だけど」

 と、俺が冗談交じりに鎌をかけると、三毛猫は鼻で笑った。

『アタイは静かに暮らしたいだけなんだ。もしラズドについて聞かれたら、チンピラ連中にも同じ話をするさ。でもね、本音ではラズドを味方したい気持ちはある。アイツのおかげで飯の種が守られたことは何度もあるんだ』

「それだけ感謝していても、ソイツに加勢してないのか?」

『喧嘩慣れした連中相手に命を賭けられる力はないよ、若くないしね。この辺りのチンピラどもは本当に悪質でね、ラズドに加担したあげく、つまらない喧嘩に巻き込まれて死んだ奴もいる。最近はチンピラどもの脅しもキツくてね、ラズドに好き好んで近づく奴の話はほとんど聞かないよ』

 人間の世界に病院はあっても、野良猫の世界には医者すらいない。人間の手で治療されない限り、怪我をしたら普通は自然治癒に任せるしかない。

 よって野生動物とって、怪我は死に直結する致命的な損害であって、なんとしても避けたいことだった。むしろラズドが今までどうやって生き延びてこられたのか、俺はその方が気になる。

「正直に言うと、ラズド探しを手伝ってくれたらと思ってたんだけど」

『悪いんだが、断るよ。チンピラどもに目を付けられて袋叩きにされちゃ命が危ない。だけどもし本気で探す気があるなら、顔の広い爺さんを紹介してやるよ。この間変な鳥の羽を拾ったって騒いでたから』

 俺はお言葉に甘えて老猫の場所を教えてもらった。すると用事は済んだだろうと、三毛猫は素っ気なく別れを告げると、公園で寝ていた仲間を起こしてどこかへ消えてしまった。

 二匹の姿を見送った後、振り返ってみると清子きよこくんと菜々里が俺をじっと眺めていた。狼狽する俺に対し、菜々里は少し目を輝かせている。

「ボクには独り言にしか見えなかったけどよ……やっぱちゃんと通じてるんだな。なんか、すげぇよな、です」

「……どうだかね」

 俺は、困ったように目を逸らすしかなかった。未だに俺は、自分の不思議な力に疑いを持つことがある。勝手に勘違いしているだけで、実際は俺が通じもしない話を馬鹿みたいに投げかけているだけではないか、と。

 しかし、いくら否定しようとしても、俺が話しかければ、話の通じる相手はちゃんと相応の態度を示し、行動で応えてくれる。俺の力で話が通じないのは、言葉はわかっても会話が成立しない爬虫類と、言っていることが何故か理解できない虫だけだ。

 自分が今認識しているこの能力は実在するものである。そう信じたいが、同じ力を持つ相手でもない限り、誰かに証明することはできない。

 成り行きで清子くんと菜々里にバレてしまったわけだけど、今後も他人へ無闇に打ち明けることはしないだろう。

 それはさておき、老いぼれの野良猫は近くの空き地でいつも寝てるらしい。俺は二人に向き直って次の行き先を伝え、さっさと出発しようとした。

 しかし、俺の足は動かなかった。気づけば、すごい勢いで首を明後日の方向に動かしていた。

「ど、どうかしましたか?」

 背後では、清子くんと菜々里が目を丸くしているようだった。反射的に振り返った本人も驚いているのだから、ビックリするのは当然の反応だ。

「いや、よくわからないんだよね……変な気配がしたというか」

 そう応えるとと、二人も俺と同じ方向に視線を向けるが、その先には特に何もいない。

 公園の隣にある、ブロック塀で囲まれた古めかしい木造住宅が目に付くくらいだが、野良猫どころか小鳥の姿すら確認できなかった。

「ボク、さっきから妙に寒気がするんだけどよ……もしかして、お化けか? です」

 菜々里は好奇心と恐怖心が綯い交ぜになった様子で、俺に問いかけてきた。それを聞いた清子くんは、あからさまにゾッとしたように身を竦めた。

「変な勘違いしてるようだけどね、俺は別に霊能力者じゃないから」

「……そうなのか、です」

「なんでちょっとガッカリしてんだよ」

 と、俺が菜々里にツッコミを入れる横で、清子くんは心底ホッとしているようだった。

 妙な気配のせいで時間を浪費してしまった。俺は去り際にもう一度気配の方向をちらりと見つつ、公園を後にした。

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