4-4『お待たせしました、菜々里ちゃん』

 翌日、清子きよこくんと駅で待ち合わせをし、そのまま出発した。

 行き帰り共に電車確定なのを嘆いて、三本分のコーヒーが買える計算だと愚痴ると、清子くんに少し叱られた。

 今回もぽんすけを連れてきているが、慣れない土地で動物を相手にするため、ポケットではなく外出用のケージに入れ、清子くんに預けている。今はケージの中で静かな寝息を立てていた。

 約束よりも少し早めに、俺達は集合先へ到着した。意外にも駅前では、既に菜々里ななりが腕を組んで待っていた。

「結構殊勝な奴だなぁ」

 昨日とは違い、菜々里は空色のパーカーワンピースを着ていた。サイズが合っていないのか、袖が少し余っている。

 結構オシャレな姿だが、ちょっと大きい虫籠を首から下げているのがミスマッチだった。たぶんインコ用だろうけど、そんな所に入れて大丈夫なのだろうか。

「今日、結構暑いと思うんですけど、長袖で大丈夫なんでしょうか」

 そういえば、今日は結構陽射しが強い。

 清子くんは今日の気温を考えてか、クリーム色の半袖ブラウスの上に、シックな焦げ茶のワンピースというスタイルである。俺も今日は半袖のワイシャツに夏用チノパンという軽装備でやってきた。

 それに対し、アイツの着衣はちょっと厚めだ。まだ真夏の暑さには遠いが、万が一熱中症になられても、対処が大変なんだけどな。

 そんな俺達の不安などつゆ知らず、こちらを見つけた菜々里は元気良く手を上げて出迎えた。

「おう、思ったより早かったな、です」

 当人は暑さに参っている様子はない。昨日と変わらない独特の口調も健在だ。

「約束したことを疑われたくないから、ちゃんと寝坊せずに来てやった」

「ああ、感謝してるぜ、です。オッ……ハネのムラ!」

 俺は力士のような名前に改名させられていた。まあ、オッサンとか呼ばれるよりはマシだけども。

「……は、む、ら、って読むんだよ」

「そうか。名刺に羽って書いてあったのだけは覚えてたんだけどな、です。つーかぶっちゃけそれしか覚えてなかった、です」

 などとぶつくさ言いながら、菜々里は名刺を取り出してまじまじと眺めた。まあ、そこまで気にはしないけども。

「私は清子って言います。今日は見つかるといいですね、菜々里ちゃん」

「そういやちゃんと自己紹介してなかったな、です。ボクは冬崎ふゆざき菜々里、よろしく頼むな、です」

 改めて二人は自己紹介した。冬崎という名字は俺も初耳である。それはともかく、菜々里の清子くんに対する態度は、とても素直だった。

 俺に対しては相変わらず棘があるように感じるが、昨日のようにピリピリした目では見ていない。言葉通りそれなりに感謝と信頼はしてくれているのだろうか。

「コイツが探して欲しいインコなんだけどよ」

 菜々里は、ポケットから写真を取り出し、見せつけた。白い頭と青い身体のセキセイインコだ。インコと聞いたら、すぐ思い浮かべる人が多い種類だと思う。

 写真を見せられた俺だが、すぐに待ったをかけた。その前に改めて確認しないといけないからだ。

「クドいようだけど、俺は探偵じゃない。だから上手く探すことができない可能性の方が高いってことは承知しておいてくれよ」

「ああ、よくわかってるよ、です。だけどもう、本当にハムラだけが頼りなんだよ、です」

「わかったわかった。俺のやれる範囲で頑張るから。それと、報酬はちゃんと用意してるんだろうな」

「あ、当たり前だろ、です。ウチのとっつぁんとか、商店街のじっちゃんばっちゃんから貰ったお年玉で、なんとか払ってやるよ! です」

 と、菜々里は懐からクシャクシャの封筒を取り出した。それを見た清子くんは、ふと俺の肩を叩いて耳打ちをした。

「本当に、お金取るんですか?」

「ま、業務外とはいえ、これでも仕事のつもりで来たから」

「でも、菜々里ちゃんが払えるお金なんでしょうか」

「そいつは俺にもわからない。けれど、もし探偵に頼んでたら間違いなく足りなかったろうな。まあ最悪保護者の方とお話して」

 最後の一言は、菜々里にも聞こえるように話した。すると菜々里は、慌てて封筒を突き出した。

「と、とっつぁんに言うのだけは勘弁してくれ! 今日だって舞雪の家にまた遊びに行くって出てきたんだ。もし嘘がバレたりしたら、また逆さに吊るされる!」

 それを聞いた清子くんは青い顔をしていた。現代からすれば児童虐待と騒がれても仕方ない罰だろう。

「吊るされる、か」

 遠い昔、俺もやられたことがあった。やんちゃをしたり、寝坊したりすると、容赦なく逆さ吊りにされたものだ。頭に血が上る嫌な感覚は、もう味わいたくないなと思う。

「お父さん、そんなに厳しいんですか?」

「ああ、とっつぁんに嘘ついたり、学校で喧嘩になったりしたのがバレるとな。特に悪い嘘がバレると一番怒る。吊るされたまんま一時間説教コースになっちまう!」

「こ、怖いお父さんですね、大丈夫ですか?」

 清子くんが心配そうに問いかける。しかし、菜々里は意外にも平然とした様子で、頭を掻きながら答える。

「ま、しゃーねぇだろ。ボクが嘘ついたのが悪ぃんだからよ」

「それは、そうですけど……」

「でも、とっつぁんは良いことをしたらたくさん褒めてくれるし、プレゼントもくれるぞ。このパーカーだって、漢字テストで満点取った時にとっつぁんに買って貰ったもんだしな」

 と、自分の服を引っ張りながら菜々里はニカッと笑ってみせた。父から貰った贈り物を誇るかのように。

「ボクのとっつぁんは、本当の父親じゃねぇんだ。でも覚えてないくらい小さい頃から、ずっと二人で暮らしてきた。怒ると本当にやっべぇし、顔もすごいおっかねぇけどさ、みんなが言うほど怖いだけの人じゃないって、知ってんだ」

 清子くんは黙り込んだ。話の雰囲気から薄々予想はしていたけど、やはり菜々里の父親とは、実の親子関係ではなかったようだ。

 それを清子くんは、俺より先に気付いていたのかもしれない。同じく義父母の下で暮らす人間として。

「まあ、二人は会ったことねぇからな。そんなこと言ったところで、わかんねぇだろうけどさ」

「とんでも、ないです。きっと良いお父さんなんですね」

 清子くんはまだ少し心配そうな様子だが、それでも菜々里の頭を撫でながら頷いた。子供扱いされているようで怒るかと思ったが、菜々里は満足げな笑顔を見せた。

 俺はもう……いや、最初から出る幕がなかったようだ。

「今日みたいに嘘つくのもすごい悪いだってわかってるし、とっつぁんにも悪いと思ってる。でも、もしバレて叱られてでも、ボクは友達の力になりてぇんだ」

「大丈夫ですよ。私達はお父さんに言い付けたりしませんから」

 一括りにされてしまったが、俺はあえて曖昧に頷くだけに留めておく。しかし今は封筒の中身を確認するより、インコを探すことの方が大事だ。

「諸々の話はさておき、時間を無駄にしてる暇はないし、まずはこの辺りの事情に詳しい奴を見つけないと。菜々里は人懐っこい猫とか、知ってたりする?」

「うーんと、あ、いつも駄菓子屋のばーちゃんが餌やってる公園になら、一杯いるぞ! あ、です」

 取って付けたような変な語尾を、菜々里は俺達を誘導し始めた。その変な喋り方、やりづらいならやめりゃいいのに。

「ああいう変な語尾とか口癖って、子供の間で流行ってるのかね」

「見当もつかないです。私は少なくとも聞いたことないですけど……」

 もしかすると、漫画とかキャラクターの真似事だったりするのだろうか。どの道、下手に触れて、菜々里の不興を買いたくはない。

 せっかく今は誠意を示してくれているのだから。

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