3-終『羽村さん、潰れる』
目が覚めてまず感じたのは、頭の上に鉄球でも乗せられているような倦怠感だ。
呻き声をあげながら身体を起こそうとするも力が入らない。というか、なんだか悪寒がする。
身体を震わせていると、引き出しの上から声がした。
『おぉようやくだぜぇ。おい
こちらの状況など省みず、同居者が食事の催促を始める。しかも遠慮なく鉄格子をガリガリ齧るので、騒音で脳味噌が削られていくような感覚に陥る。
寝る時は不測の事態に備え、いつも寝床の近くにケージを持ってきているけど、今日ばっかりは日中にいつも置いてる居間兼事務所に放り投げたい気分だ。
とはいえ空腹の訴えを無理するわけにもいかず、ぽんすけの固形餌が入った袋に手をかけようとする。が、力が出なくて袋まで手が伸びない。
「おぉ……おぉぉぉぉ……」
ミイラ男にでもなったような唸り声を出し、必死に手を伸ばした瞬間、背中がツンと張る感じがした。反射的に身体を捻った俺は、その勢いでベッドから床へ転げ落ちてしまった。
「い……痛い……身体の内側が……じわじわ焼かれているようだ……」
『あぁ? 何言ってるかよくわかんねぇけどよぉ、早く飯くれってよぉ』
お前は、家主たる俺がもがき苦しむ姿を目の当たりにして、何も思わないのか。それとも飯のことで頭を支配され、同居者の情が腐り落ちたのか。
何も返事をする気も起きず、激痛に耐えながら、俺はベッドに背中を預けながら固形餌の袋を手に取った。
引き出しの上にあるぽんすけのケージが、無駄に高い城のようにすら見える。
天辺の塔にいる姫様を救うためでなく、食いしん坊に飯をやるためだけに城壁を登らないといけないと思うと、やるせない気分になる。
固形餌をちゃんと数えた後、フラフラしながらも俺はまず引き出しに胸を預ける。揺れたのか、ぽんすけの悲鳴が聞こえたが、我慢しろと怒鳴ってやりたい。ようやく手を届かせた俺は、鉄格子に一つ一つ放り込んでいく。
これで静かになると思った後、今度は事務所の扉をノックする音が聞こえてくる。今何時か知らんけど、なんでこんなタイミングで来客が来るんだ。
「羽村さーん、おはようございますー、あなたの頼りになる相棒さんですよー!」
悪魔の呼び声が聞こえる。とうとう俺を地獄に引きずり込みに来たのか。諦めが付いて気が抜けた俺は、意識を暗闇に委ねた。
再び目が覚めると、俺はベッドの上に寝転がっていた。まだ脳味噌が重たい感じがするけど、額にはひんやりする何かが乗っているようだ。
ゆっくりと目を開けると、心配そうに俺を見下ろす制服姿の少女がいた。
「あれ、俺もしかして天国にいけたのか。申請書がないと入れないって噂をどこかで」
「何言いだしてるんですか? 本当に大丈夫ですか羽村さん!」
「痛い痛い痛い、頭に響く」
あ、すいませんと、口に手を当てながら
どうやら、あの倦怠感は夢ではなかったらしい。ぶっ倒れた後のことは覚えてないけど、清子くんが居るということは助け起こしてくれたのだろう。でも、鍵はどうしたんだろう?
「
「ああ、そうなんだ。俺、頑張ったもんね」
へへ、とやけくそ気味に笑った。
最後のブービー争いは、ギリギリ俺が勝った。
婆さんには勝てたとはいえ、最後尾にゴールした理由についてはいろいろ問いただされた。
特に冷蔵庫くんは「僕があれだけ頑張ったのによくも」と真っ赤になって怒っていた。が、黒木田さんが自分達も早くバトンタッチできなかったことを笑顔で告げると、すっかり黙ったが。
しかし、婆さんが上位から脱落したことで、なんと上位二チームはうちの組が取っていた。それは喜ばしいことなのだけど、その後発表された総合ポイントはわずかばかり足りなかった。
やはり負けか、とがっかりしていると、司会が急にくじ引き棒を取り出した。これ次第で、特定の順位に特別なボーナスポイントが与えられるのだという。そういえばそんなことを競技前に言っていたっけな。
呆気にとられるうちに引かれたくじを見た司会は、特別賞はブービー賞だと高らかにマイクへと叫んだ。
……というわけで、俺達は神様のご褒美からか、変な強運による逆転勝利をもぎとった。
「お前さん達、次はあのクソジジィと一緒に出な。今度はみんなまとめて完膚なきまでに叩き潰してやるよ」
去り際、婆さんは楽しそうに言い残し、カッカッカと笑いながら校庭を去っていった。
全てを出し尽くした運動会の翌日、目が覚めた俺はこうして過労による発熱と、全身の筋肉痛により、ぶっ倒れてしまったというわけだ。普段身体を動かしていないのに無理をしたから、身体が拗ねてしまったのかもしれない。
「黒木田さんからメール頂いて、学校帰りにお見舞いに来ちゃいました。ごめんなさい、大声出して迷惑かけてしまいました」
「いやいや……むしろ変に気を遣わせちゃったみたいで……悪いね」
別にわざわざ来てくれる必要はなかったのに。一々律儀な非常勤従業員の優しさには、天使のような優しさを感じた。今まで恋など知らなそうなどっかの冷血人間が一目惚れするのも、無理はないのかもしれない。
「羽村さん起きましたかー?」
今度は黒木田の声が聞こえてきた。おまけに美味しい匂いもするので見てみると、彼女は小さな鍋を持っていた。
「おかゆを作ってきましたよー。朝から何も食べてないでしょうからー」
「ああ、ありがたい。倒れたところを助けてもらっちゃったみたいです」
「水臭いですよー、私達は大玉転がしを共に戦った相棒なんですよー」
何が関係あるのか知らないが、とにかく飯にありつけるのはありがたい。と、熱で弱りきっていた俺は本気で考えていた。
ダウンしていた俺の頭からはすっかり抜けていたのだ。この黒木田という人が、俺限定の悪魔であるということに。
塩分過多のおかゆを食わされたせいか知らないが、俺はそれから三日くらい寝込んだ。
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