3-16『全力疾走! スタンプラリー』
スタンプに描かれていたのはゾウ、ニワトリ、トラだった。
そのうちのどれかが最初に向かう広場にあったらいいなと思っていると、馴染み深い広場の中心には、早速スタンプ地点が設置されているではないか。
横長の机が置かれたそこにはスタッフと思しき人間が立っていた。その背後には旗があり、ゾウの絵柄が描かれているのが見える。
「おお、こいつは幸先がいい」
「いや
意気揚々とスタンプを押しに向かう俺に対し、
ちょっと婆さんにリードを取られていそうなのが気になるが、この調子で次々とスタンプを手に入れて、挽回してくれるわ!
「はい、これまず一つ目ね」
「どうも……って、あー、これ違いますね」
片足の骨が突然抜かれたかのように、俺は盛大にズッコケた。が、すぐ立ち上がって、スタッフに強く抗議した。
「え、だってここ、ゾウでしょ?」
「確かにこの紙に書かれてるのはゾウだけど、うちはバクだから」
へ? と情けない声をあげた後、すぐスタッフの後ろに周り、旗を広げてみた。やはり、鼻の長い動物が描かれているのは確かだ。
しかし、言われてみれば何かが足りない……と思ってよく見たら、耳がゾウにしては小さい。おまけに用紙のゾウには記されている、申し訳程度に描かれた牙もない。
「なんて紛らわしい!」
「まあ、それが狙いですから」
「おい、ゾウはどこなんだ!」
「残念ながら知らされていないんですよ。不正防止とかで」
そもそも場所を教えてしまったら、この競技自体が成り立たないでしょ、ともっともなことを言われてしまい、俺もそれ以上抗弁しづらくなってしまった。
引っ込みがつかなくなってるところを、不毛なやりとりを後ろで眺めていた清子くんが見かねてか、両肩引っ掴んで止めてきた。
「スタッフさんと遊んでる場合じゃないですよ羽村さん! 切り替えないと!」
「くぅ、仕方ない。おいお前、いつか覚えておけよ!」
そんな捨て台詞を吐くも、スタッフには「恨まれてもなーと」と軽い調子で返されてしまった。悔しいが今は清子くんの言う通り、次に切り替えねばいけない。
帰ったら玄関に躓いてちょっと痛い思いでもしておけ、と頭の中で捨て台詞を吐いた俺は、地図を適当に広げて清子くんに見せる。
広場は、今通ってきた入口に繋がる長い坂道を入り口として、そこからジョギングや森林浴に使われる林道がいくらか分かれている。
悩んでいる暇はないので、まずは直感で右の林道へ入ることにした。あっちは森林浴向けの道で、よくジョギング目当ての人間が使う道だ。
かつて山にあった小さなお寺の遺構なども残されていて、その行き止まりに繋がる分岐路などもあるところだが、木々が地味に生い茂っているせいで先の見通しがしづらい。
それでも進まず悩んでいるよりはマシなので、とにかく前進あるのみでスタンプ地点を探すしかない。
しばらく走っていると、ガタイの良い男性が地図を確認しているの発見した。キョロキョロする姿は屈強な見た目にまったく合わず、どこかシュールに見えた。
「兄貴、トラこっち!」
「でけぇ声出すな馬鹿!」
スタンプの場所を見つけて喜び勇んだ相棒が駆け寄ってきたところに、ガタイの良い男性は綺麗なげんこつを食らわせていた。そんなやりとりをする二人を横切った時は、すごく気まずかった。
ちょっとした罪悪感を乗り越えて、林道の途中にある休憩所代わりの小さな広場に辿り着くと、そこにトラのスタンプはあった。ピクニック用の簡単な机が置かれている空間で、俺も正直あまり来たことがない場所だ。
俺が間違っていないか何度か確認を取ったせいか、スタッフは少し鬱陶しそうな顔で、叩きつけるようにスタンプを押した。
「と、とりあえず一つ目達成ですね。次はどうしましょう?」
「このまま直進だ。状況次第で手分けしよう。お寺の跡とかも怪しい」
それから林道を抜けて広場に繋がる道を通ったが、見つけたのはもう一つの広場にあったウサギと、お寺の近くにあったカンガルーだけだった。
他に机を広げられると思えるようなところもなく、こちらは調べ尽くしただろう。
広場へ戻ってきて次に目が行ったのは、山の奥の頂上へと繋がる道だった。
整備が中途半端なため、ここだけ妙に険しい道になっている。お年寄りに配慮してか、途中にはベンチの付いた広場が休憩所として一つか二つ作られている。
この林道から出てくる人達は、みんなへばっていた。木組みの階段を埋め込んでいるため一応獣道と言うほど荒れては居ないが、やはり体力は見た目以上に消耗する。
俺も一回避暑を兼ねて暇潰しに登ったことがあるが、頂上には自然公園の前身となった山の歴史が記された看板と申し訳程度の石碑がポツンと置いてあるだけである。つまりはっきり言えば見応えがなく、ただ疲労感だけが募るガッカリスポットだ。
「清子くんには、まだ見てない方を見てきて貰おう」
二人揃ってくたびれる必要はない。分担作業が可能というルールを今こそ活かす時だと思った俺は、そう彼女に提案した。
「は、はい、わかりましたけど、羽村さん大丈夫なんですか? そっちの道、辛そうですけど」
「おっと、お兄さんを甘く見ちゃいけねぇよ。その代わり俺がスタンプ用紙を持っていくから、今はとにかくスタンプを探して欲しいんだ」
そう促すと、清子くんは少し不安そうにしながらも、急いで別の林道へと走り出した。
つい見栄を張ってしまったが、今の俺は大玉転がしで振り回された後で、正直体力に余裕はないが、これくらいで参るようなお兄さんなど、いないのだ。
改めて気合を入れた俺は、勢い良くその長く険しい道へ挑む。
階段は一段一段が高く、登るために足を高くあげないといけないので、やっぱり体力を使う。おまけに木を埋めて踏み込みやすくしているだけなので、コケの生えた足場は滑りそうで怖い。
急ぐ必要がある局面とはいえ、あんまり慌てて蹴躓いて怪我をしたら、文字通りの本末転倒になりかねない。
慌てず急ぐ、を意識して登っていると、見覚えのある老婆が道を下ってきているのが見えた。流石の
が、あくまであの人にしては疲れが見えるな、というくらいで、相変わらず身のこなしは機敏である。まるで時代劇の忍者でも見ているかのようだ。
不安定な足場を避け、転ばない位置に足を置き、そして下り坂の勢いを利用して、姿勢制御以外に無駄な体力を使っていない。忍者どころか人間かどうかすら疑いたくなる俊敏な足捌きと判断力だ。
すれ違う瞬間、婆さんは勝利を確信したような緩んだ口元を見せつけた。
「ハンデをやろう。頂上にはゾウのスタンプがあるよ」
と言い捨て、婆さんはそのまま降りていってしまった。
あっという間に見えなくなった婆さんから視線を外し、俺は拳を震わせた。あのババァめ、ぎっくり腰でぶっ倒れてるあのジジィよりも性格が悪い!
「見てろよ、敵に塩を送ったことを後悔させてやる!」
頭に血が上り、俺は自分の体力も省みずスピードをあげた。
ババァへの恨み節を頭の中で何度も吐き捨てているうちに、頂上のスタンプ地点が見えてきた。婆さんの言う通り、ファンシーなゾウのスタンプが置いてあった。
ここでもスタッフに確認は入れた後、すぐさまそれを押してもらった。
ふと横目で周囲を見渡すと、頂上広場には疲れ切った参加者が二人くらい休憩していた。現代の舗装された道に慣れ親しんだ人達には、やっぱり厳しいものがあるのだろう。
何より、彼等は俺よりも明らかに歳を食っているのだから仕方ない。見たか若人達よ、これがオッサンというものだ。彼等とは違い、元気よく山登りしている俺は、誰がなんと言おうとお兄さんなんだ!
なんて、当人達がいないところで演説していてもしょうがない。スタンプをしっかり押して貰った俺は、さっさと頂上を後にする。
「見てろババァ、俺が心置きなく引導を渡し、運動会なんざジジィともども引退させてやる!」
そして我ながらかなり不謹慎かつ口の悪い意気込みを吐き捨て、一気にボロボロの階段を駆け下った。
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