3-15『最後の種目だ羽村さん』
最終種目は、町内ミニマラソンリレーだ。
内容はさっきのデカブツリレーのように多種目を混合させた競技で、ペアを組んで走るのも同じ。ただしその名の通り町中が主な舞台になっていて、商店街を抜けた先にある自然公園まで使う。
まず第一ペアは校庭内で借り物競争を行い、お題をクリアした後は、スタッフから次のペアが使うバトン代わりのお題が渡される。
次に町内ペアは、指定された色や模様のシャツを着たスタッフを捕まえる鬼ごっこに挑む。クリア後には同じように次のお題を受け取る。
最後となる自然公園ペアは、前走ペアが持ってきた一枚のスタンプ用紙に印刷された、三つのスタンプの図柄を埋め、公園の入り口に戻って首掛けリボンをもらう。
その後、元の校庭に戻ればゴールである。
この種目には両チーム合わせてニ〇チームが参加するのだが、上位三チーム以外にも特別に高ポイントを貰える順位を用意しているという。よりトップに近い順位を取れば勝利に近づくが、それ以外にも逆転の余地は残されているそうだ。
また、この競技では上位入賞チームには別途商品が用意されている。貰えるのは上位三位までで、上から団体旅行券、季節限定グルメセット、商店街で使える商品券一万円分と、なかなか太っ腹だ。
これは最後のスタンプラリーで、同じ組同士の情報共有を避けるためという思惑があるらしいが、たかが町内運動会のためにそこまでやるか。いや、だからうちの商店街では福引をやっている姿を見ないのか。
「にしても、この競技って土地勘のあるうちらが有利じゃないか?」
ふと疑問を口にすると、冷蔵庫くんがため息をつきながら答えてくれた。
「開催地は基本一回ごとに交代してるんだよ。まあどっちが選ばれても不利にならないよう、ガチでこの運動会に参加してる連中は下調べもしてる。僕もジジィの偵察に何度付き合わされたか」
あのジジィは孫のことを杖か何かと勘違いしてないか。さしもの俺も冷蔵庫くんに同情してしまう。
「いいか、もし勝てなかったら、僕がこれまで耐えてきたストレスが、本当にただのストレスで終わるんだからな。無駄にしたら追い出すだけじゃ済まさないからな!」
やっぱり前言撤回しとこう。
競技が始まった今、俺は自然公園の入り口に立っていた。
周囲が軽いストレッチなどで準備を始める中、俺だけは先程の疲れもあるので、のんびりと出番を待つ。
商品がかかっているためだろうか、皆自分と組むペアとしか会話していない。同じ組に所属する面々が半々ずついるはずなのに、なんだか異様な空気だ。
「私、ここに来るのはあの時以来ですよ」
と言いながら、隣で真面目に体操しているのは、ペアとなった
ちなみにこの采配は
町にも公園にも詳しくない草川さんと
町に詳しく、大家と借り主として交流のある冷蔵庫くんと
そして、実際行ったことがある俺と清子くんがアンカーの公園ペア、という編成らしい。
冷蔵庫くんは恨めしそうな顔で俺のことを見ていたが、草川さんの「他に良いアイデアあるなら聞きますけど」という一言に黙っていた。組み合わせの理由を考えれば、文句を言う余地など特にない。
さて、スタッフがルールを説明しているので、改めて整理しようと思う。
俺達は渡された一枚の用紙に記された三つ図柄と同じスタンプを求め、地図でアバウトに示された九つの地点を駆け巡ることになる。
図柄の組み合わせはチームごとに異なるので、必ずしも他チームの後を追えば良いわけではない。いかに自分達が求めるスタンプを探し当てられるかが鍵だ。
ペアになっているのは、分担して探せるようにするためだ。他チームとの情報共有は禁止こそされていないが推奨されておらず、例えば携帯電話は持ち込みが禁止されている。
清子くんは競技前に
「まったく、うっかり預けるの忘れちまったよ」
と言いながら、
「あー、あの婆さん、清子くん達と同じ、ツーってやる……スジコ持ってる!」
「スマホです」
そっけないツッコミを受けた俺は、肩を竦めた。最近は清子くんの俺に対する態度が、時々冷たく感じる時がある。しょうがないでしょ、その前の畳める奴だって持ってないんだから。
いや、そんなことはどうでもいいから、作戦会議をしよう。周囲を見れば既に準備運動を終え、渡された簡易的な地図を見てどう動くか話し合ってるじゃないか。
まずは俺がいつも昼寝に使う広場にスタンプ地点がありそうだ。そこからあちこちの道に繋がっているので、ここを起点に他チームの動向を見て走っていけばいいだろう。
「もし確認出来るなら、他の連中のスタンプも確認していこう。と言ってもどんなスタンプかはまだわからないけど……」
「あ、前の方達が来ましたよ」
清子くんの言う通り、ちらほらと走ってくる人の姿が見えた。みんな揃ってヘトヘトだが、二組目はそういえば町内鬼ごっこだったからな。
次々と交代していく人々から手渡されるスタンプ用紙をちら見する。拳大の大きさ円が三つあり、中には可愛くデフォルメされた動物の図柄が描かれていた。
「二人とも、まだ来ませんね」
「何やってるんだろう。走ってきてるのみんな俺より年上だろう人ばっかりなのに」
とか言っていたら、木崎の婆さんペアも、前走者から用紙を渡されていた。一瞬こっちを見てニヤリと笑いやがったので、俺は手で軽く追い払っておいた。
見てろよ、すぐに追いついてやる、と言いたいが、まだうちの二人の気配は……。
「あっ、見えてきました。でも黒木田さんしかいないですよ」
「いや後ろをよく見るんだ。冷蔵庫くんが死にそうな顔で後を追ってる!」
健康的かつ余裕の走りを見せる黒木田さんに対し、後ろを走る冷蔵庫くんは青白い顔でフラフラしていた。
俺は適当に悪口を言って茶化してみたが、全く反応がない。もしかしたら遠くて聞こえていないだけかもしれないけど。
「
「…………」
黒木田さんの呼びかけにも奴は応答していない。どうやら立っているだけで精一杯なようだ。あれだけ人にデカイ口を叩いておいて、それはちょっと情けなさすぎやしないか。
それを見かねたのか、最終的に黒木田さんは冷蔵庫くんの背後へ周り、えっほえっほと背中を押してあげていた。
「お待たせしましたー、これがスタンプの紙ですよー」
「お二人ともお疲れ様です。私達もアンカー頑張ってきます!」
バトン代わりのそれを受け取った清子くんは、二人にそう告げて早速駆け出した。俺も軽く挨拶をしてその後を追うことにした。
すると冷蔵庫くんが急に右手をあげ、俺に指差してきた。
「な、何だ。何か言いたいことあるのか?」
「……ぜぇ……ぜぇ……早く行け」
「なら黙ってろ!」
なんてくだらないやりとりをしているうちに、遅れ気味の他チームが後方に見えてきた。
「
ちんたらしていたら完全に最後尾になってしまう。俺はもう振り返らずに駆け出した。
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