3-12『デカブツリレーと黒木田さん』
運動会も残り二種目となった。
次は俺達六人が全員参加することになっているわけだが、さて、ベンとフォンの面倒を誰に見てもらおうか……なんて思っていたら、見慣れてきた呆け面がこちらにやってきた。
「こんなこともあろうかと、ワタシが
なんていう根回しの良さだろうか。砂城くんはいつものように惚けた笑顔を浮かべながら、清子くんからベンとフォンのリードを受け取る。
「……噛まれないといいけど」
そんな不安を口にすると、
「大丈夫っすよ。ほら見てくだせぇよアイツ、あの犬の親子からも軽く見られてるみたいだし」
「
清子くんはああ言っているが、恐らく椿さんの見立てが正しいだろう。
ピクニックシートの上に体育座りする砂城くんの隣には、自分の腹に熟睡したフォンを抱え込んだベンが、興味なさげに寝転がっていた。まあ、取り越し苦労に終わってくれそうならそのほうが良いんだけど。
などど不安そうに俺が見ていると、それに気づいたニコニコ使用人が、こちらに向かって文字通り大手を振ってきた。
なんか本当、心配したこっちが馬鹿だったみたいだ。
さて、次はデカブツリレーというちょっと聞き慣れない競技だ。ざっくり言うと走るペアごとに運ぶバトンを変えていく、という内容らしい。
一組につき三ペアでチームを作り、第一走者は巨大バトン、第二走者は大箱輸送、そして最後に大玉転がしと、三種目を混合させたものになっている。
大きなカラーコーンが置かれている折返し地点には、次のペアが使うバトンが用意されていて、先の走者はそれらをスタート地点に持ち帰らないといけないらしい。
……ややこしくなってきたので、ここで一通りの流れを確認しておく。
まず巨大バトンチームは折返し地点までバトンを運び、スタンドに刺す。次に係員から渡される四段重ねになった長く大きな箱を二人でスタート地点に持ち帰る。そこには板に乗った四段の箱があるので、持ってきた箱を乗せて八段にして交代する。
次のペアは箱を乗せた板を二人で落とさないように折り返し地点まで運ぶ。そこには大きなダンボール箱に詰められた大玉が、台車に乗った状態で用意されているので、それと箱を交換する形で引き取る。そして台車をスタート地点まで押して渡す。
最後に交代したペアが箱から大玉を取り出して転がし、折返し地点をぐるりと回ってスタートへと舞い戻りゴール……という形になっている。
「無駄に手が込んでるな」
「うちのジジィと
老人達への文句はどうでもいいとして、ここで問題になるのが組み合わせなのだが……。
話し合いの結果、俺の相棒となったのは、身の毛もよだつ相手だった。
「
「……よろしく、
失礼を承知で言いたい。最悪のペアになってしまった……!
一番スポーツに詳しくて、実際運動会結果も出していて、何より一番決断力があるといったらこの中で一番は彼女なので、その判断に文句はない。
彼女が重視したのは、一番背の低い椿さんの扱いだ。
八段重ねの箱は高くなりすぎて、椿さんには文字通り荷が重すぎる。そして大玉は、遠目で見てもわかるくらいでかく、椿さんでは転がしながら前方を確認出来ない。
一方、巨大バトンは横倒しで運べるようなので、スタンドに刺す時以外は一番マシ、ということで椿さんはバトン担当となる第一ペア確定となった。
そんなところから始まった草川さんの采配の結果、巨大バトンが清子くんと椿さん、八段箱は冷蔵庫くんと草川さん、そして大玉が俺と黒木田さんということになってしまった。
「あの、なんで俺は黒木田さんと?」
「背丈的には礼蔵さんと組むのがいいとは思うんですけど、また喧嘩されると面倒くさいし、何かあったらミスの原因になるし、何より見ていて鬱陶しいんで」
まさか、大人の俺がこんな青臭い若造と喧嘩だなんてとんでもない、と減らず口を叩こうとしてやめておく。彼女の目が俺の次の言葉を読んでいるかのように光っていたからだ。
一方、草川さんと組むことになった冷蔵庫くんは、なんだか不満そうに腕を組んでいた。
「と、いうわけで、清子とじゃなくて、すいませんね」
「な、ななな、何を言い出すんだ君は!」
「……この人もポーカーフェイス出来ないタイプか」
ガキみたいな反応をしている冷蔵庫くんは放っておいて、改めて黒木田さんと向き合ってみる。
今まで避けていたせいか意識してなかったけど、黒木田さんの背は女性陣の中では一番高い。だからこそ騎馬戦では大差ない清子くんと草川さんを後ろにし、黒木田さんを前にやったのだろうけど。
「そういえばー、羽村さんと一緒の種目に出るの初めてじゃないですかー? 楽しみですねー」
ワクワクと無邪気にしている彼女だが、こちとら内心恐怖一色だぞ。
相手は自覚してないけど、俺と黒木田さんの相性は、もはや天命レベルで最悪だ。しかも俺が一方的に被害者となる形になるから始末が悪い。
冷蔵庫くんと組むんなら、俺が努力して大人の余裕を見せれば良いが、黒木田さんはもはや個人の力でどうにかなるものではない。神様の気まぐれ化イタズラとしか思えないくらい、ありえない不運やミスが発生し、毎度毎度俺だけが実害を被る。
クッキーに間違えて塩を入れちゃました、なんていうのは序の口で、流血沙汰レベルの怪我を負わされたことだってある。おかげで黒木田さんの声を聞いただけで身体が無意識に引いてしまうようになった。
「元気ないですねー。あー、もしかして大玉ころがしが苦手とかですかねー? 大丈夫ですよー、私大玉ころがし、大好きですからー!」
「黒木田さんの好みでどうにかなる競技じゃないからね!」
この噛み合ってない空気が既に恐ろしい。ああ、なんだか今までの嫌な出来事の記憶がどんどん蘇ってきた。
スーパーで最後の値引き菓子パンに飛びつこうとしたら、ひょっこりと彼女が現れて、絡まれているうちに最後の一個を奪われる。
近所の曲がり角でぶつかって尻餅をつかされたあげく、地面に落ちていた画鋲が俺の尻に刺さる。
彼女が壊れた扇風機を粗大ごみに出す時に出くわし、突然扇風機の首が取れて俺の足に直撃する。
冷蔵庫くんの取り立てから逃れるべく路地に隠れていたら、何故か背後から黒木田さんに声をかけられ、ビックリして奴に存在がバレる……。
改めて列挙してみると、黒木田さんは俺のことを殺しにきてないか? 最後なんてどうして、いやどうやって路地から現れたのか、永遠の謎だ。
この人と大玉ころがしをやって起こり得る不幸はいろいろ思いつくが、どれもこれも病院送りレベルの事態ばかりで背筋が凍りつく。
しかし、今更文句を言える空気でもない。今出来るのは、起こり得るだろう神がかり的な不運を想定し、回避するため知恵を絞ることだけだ。
「羽村さーん、頭を抱えてしまってどうしたんですかー? 頭が痛いなら頭痛薬を持ってますけどいかがですかー?」
そう言って黒木田さんは、錠剤の瓶をどこからともなく取り出したので、俺は全力で首を横に振った。
「け、結構! お気遣いだけ頂かせていただきます!」
「そうですかー、あまり無理はしないでくださいねー」
と、笑顔で錠剤を懐にしまう姿を見て、俺は真冬の寒風をもろに浴びたかのように震え上がった。薬での失敗は本気で洒落にならない。
つか運動着姿なのになんで頭痛薬なんて持ち歩いているんだよ……。
これから共に戦う相棒の姿が、黒いローブに見合わぬ笑顔を浮かべる死神に見えてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます