3-9『残り物には意地がある』

 もういくつ運んだか数える気がなくなった頃、「残り三〇秒です」というアナウンスが聞こえてきた。丁度その時、俺達は俵を担ごうとしていた。

「時間的に最後だな。この俵だけは絶対ゴールまで届けるぞ!」

 冷蔵庫くんが血眼になって怒鳴る。言われなくてもわかっとるわい、と言い返したかったが、もう掛け声以外の言葉を出す元気もない。

 いざやってみると、この競技は苦行だった。二人三脚の状態で俵まで持てだなんて、人間の構造を無視しているとしか思えないんですけど。

 しかし、この期に及んで投げ出すつもりはない。俺は全力で結んでいない方の腕で俵を抱え、ポイント加算となるゴールへとひたすら走る。これで冷蔵庫くんが俵を落とさなければ二ポイント入る。

 アナウンスが秒単位のカウントを始め、焦りが生まれる。これで間に合わないなんてオチは付けたくない。

「ラスト、声出せ!」

「冷蔵庫の癖に熱くなりやがってからに!」

 今一度二人で掛け声を合わせ、歩調を整え、必死にゴールを目指す!

 五、四、三、ニ、一……。

「終了!」

 その合図とともにゴールラインを踏んだ俺は、力尽きて倒れた。それに引き倒されて冷蔵庫くんも顔面から突っ込む。

「お、ま、え、なぁ!」

「あーもうダメ、精神的苦痛が限界を越えた。こいつのヘラヘラした顔見ながら俵担ぐとか、本当イライラする。神様仏様助けて」

 我慢していた愚痴が口から次々と飛び出す。ああ、自由に物が言えるってこんなにも尊いことだったなんて。

 そういえば、俺達は間に合ったのだろうか? と、ゴールラインに立っていた審判を見ると、加点の合図を下しているのが見えた。最後の踏ん張りは無駄にならずに済んだようだ。

「僕だって清子きよこさんの応援がなかったら、試合を放棄してお前の首叩き折ってるところだぞ! つーか、とっとと縄を解け!」

 強引に起こされた俺は、結ばれた足の紐を解かれてようやく自由になった。この開放感、まるで暗くじめじめした牢獄から解放されたかのような気分だ。

 へばっていると、集計の結果を発表しまると、アナウンスの人がフィールドの真ん中までやってきた。

 そして、少し焦らした後、俺達の方に向かって手を上げた。

 その瞬間、うちのチームから大きな歓声があがった。

「ふっ、ふふふ。あれだけ嫌な思いをしただけのことはあったな……」

 冷蔵庫くんは苛立ち混じりの半笑いで、そうつぶやいた。そこは素直に喜ぶべきではなかろうか。

 ちなみに最も俵を稼いだのは、木崎きざきの婆さんと孫のペアだった。ヘトヘトな俺達に対し、あの二人達はどこにそんなスタミナとパワーがあるか、平然と立って喜びを分かち合っている。

 しかし、二人が稼いだリードを活かせなかったのは、他のペアが意外と点数を稼げなかったためらしい。

 そういえば走っている間、俵が落ちるような音をよく聞いた気がする。見ればスタッフが散らばった俵の藁をせっせと片付けていた。

 一方こちらは飛び抜けて稼いだ人間はいなかったが、体力のある面子が揃っていたのか、平均数で上回っていたらしい。俺達もなんとかその平均に届く程度には運べていたようだ。

「どうもお疲れ様、残り物のお二方」

 皮肉を言いながらも、冷たいスポーツドリンクを差し出してくれたのは、草川くさかわさんだった。

「ふっ、残り物には福があるってことだよ、君」

「お前みたいな馬鹿の存在を福だと思う奴がどこにいるんだ?」

「疲れてるせいかな。同類に偉そうなこと言われても、全然グサリとすら来ないもんなんだね」

「おい、そこを動くな。俵で思いっきりぶん殴ってやるから」

 案の定と言うべきか、俺達が素直に勝利を分かち合うことはなかった。

「お二人とも、せっかく勝ったんですから、そんなにいがみ合わないでください」

「そ、そうですよね清子さん! いやー疲れてたから、ちょっとイライラしてて!」

 という清子くんの一声に、冷蔵庫くんはコロッと態度を一変させたが、それを見た俺は一言「けっ」と吐き捨て、スポーツドリンクを一気に飲み干した。

 疲れた身体に栄養が染み渡るのを感じる……いや、恐らくその気になっているだけだろうけど。

羽村はむらさーん、そうやってイライラしている時はー、私が作ってきた栄養源も一杯飲んでみてくださーい」

「おお、これはすいませんね……って、まっず!」

 流れで水筒のコップを受け取ってしまったが、よく見たら健康だけを追求したような緑色の液体が投入されていた。緑黄野菜をミキサーして作ったものというのはわかるが、雑草を刻んだジュースでも飲まされたような不愉快な喉越しで、少しむせた。

 貧乏舌の俺の身体すら拒絶反応を起こすこの飲み物、持ち主は誰だと振り返ってみると、黒木田くろきださんが笑顔で水筒を抱えていた。

「自家製青汁ですよー。ここ最近は私もこれで栄養を取りながら運動したんですよー、効いてると思いますよー」

「自分でも効能を断言出来ないものを他人に飲ませないで欲しいんですけど!」

「慣れれば美味しいのにー」

 なんてつぶやきながら、黒木田さんは水筒から直接一気飲みを始め、爽やかに息を吐いた。

 改めて彼女の得体の知れなさを目の当たりにした俺は、黙って震えるしかなかった。

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