3-8『礼蔵くんと二人三脚』
昼食は、別荘の時以上に賑やかな一時だった。その間、女性陣四人は、しばしば通りすがる人達に褒め称えられていた。
そんな騎馬戦の熱気冷めやらぬまま、運動会も午後の部が始まった。
最初に行われるのは、二人三脚俵運び競争だ。二人三脚の体勢になり、俵が置いてある場所まで走る。そして配置された俵を担いで、制限時間内に多く自陣に運べたほうが勝ちとなる。
言葉にすると簡単に見えるが、実際は大分ハードな競技である。二人三脚という動きを制限された状態で、物を運ぶなんて本当に出来るのだろうか?
どの道、二人の息をしっかり合わせないといけないということには変わりはない……のだけど。
「なんで俺のペアが冷蔵庫くんなんだ!」
ガッチリと結ばれた足を見ながら、俺は嘆いた。
「僕の方が泣きたい……どうしてこんな怠惰の塊みたいな馬鹿と組む羽目に!」
「普通に同じ競技を選んだからでしょ」
外野の
まったく、どうして俺は二人三脚なんかを希望していたのか。確か候補が思い浮かばなくて、一番下の希望欄ならまず当たらないだろうと思って書いたんだっけ。
そんなわけ顔の知れていない俺がほぼ初対面の相手と組めるわけもなく、余ってしまった。
一方の冷蔵庫くんは、本来ならジジイと組む予定だったのだろう。残念ながら当人は病院のベッドでお寝んねしてしまったせいで、互いに望まない状況へと陥ってしまったわけだが。
「あの、そろそろ始めるので、位置についてください」
という係員の迷惑そうな一言に、俺達は渋々とスタートラインへと移動しようとした。が、歩みはちっとも噛み合わず、お互い嫌々肩を組んでいるせいか、何度も揃って転びかけた。
「おいお前、僕の足引っ張ったら家賃免除どころか利子を倍にしてやるからな」
「心配しなさんな、お前さんが足を引っ張ったら、俺が引きずってでもゴールして勝ってやるよ。あ、でも俵はその代わり死んでも離すなよな」
「ああ、一秒でも早くこのロープ引き千切りたい」
ピリピリした空気が払えない中、俺達はスタート位置に付いた。参加者は男女混成なため、中には夫婦で参加しているペアも居るようだった。
相手チームの参加者を見ると、
「あれは婆さんの孫だ。全然似てないけどな」
「すごいデレデレしてるな……孫は目に入れても痛くないとは聞くけど」
「いや、そんなのは迷信だ。僕は爺さんにこき使われた記憶しかない」
そいつはご愁傷様です。などと、肩を叩いてやりたいが、残念ながら肩を組んでいるのでそうもいかない、悪いな冷蔵庫くん。
「二人とも、最初に出す足はちゃんと相談しておかないと」
背後から草川さんにそう呼びかけられ、俺は腕や足を試しに動かしてみる。
「行くぞ、まずは……」
と、繋がれていない方の足を動かそうとすると、冷蔵庫に足を引かれるような感覚がした。
全く噛み合わなかった。俺が繋がれた右足を動かそうとすると奴は同じく右足を動かそうとするし、逆をすれば言わずもがな。わざとやってんのかと自分自身にすら問いかけたくなる。
「おい! なんで外側からなんだ!」
一度大袈裟によろけると、奴は怒鳴り散らしてきた。
「え? まずは自由に動かせる方を……」
「タイミング合わせなきゃいけないんだから、まずは結んでる方だろ!」
「いや、そっちからコケた時のほうが、もし転んだ時痛い気がするんだけど」
「どっちでも転んだら同じだよ! まったく、僕よりも八歳も歳が上の人間が言う台詞とは思えん」
「あ、歳のこと言ったな? 言っちゃいやがったな?」
睨み合う野良犬のようにピリピリした空気で言い争った後、俺はふと気づいてちらりと横を見た。
そこには、思い思いの顔で見つめる女性陣の姿があった。
心配そうに眺める
やがて、女性陣に見られていることに気づいた冷蔵庫くんは、咳払いをしてから俺に耳打ちしてきた。
「いいか、合理的に考えろよ? 結んでる足の方が逆に繋がってるからこそタイミングも合わせやすいだろ。痛い思いをしたくないなら、絶対結んでる方だ」
「……仕方ないな、言うとおりにしてやろう」
「最初からそう言っとけ。僕の方から掛け声だすから、そっちも合わせろよ」
「ストップ、なんでお前に俺が合わさないといけないのかね」
「この期に及んでなんで無駄にプライド高いとこ見せようとしてんだ貴様は!」
「ごめん、冗談冗談」
場を和ませるつもりのジョークだったのだが、冷蔵庫くんは宥めても怒りがまるで冷めないようで、待っている間ずっと歯軋りしていた。
「これで負けたら本当に家賃倍額だけじゃ済まさないぞ……今度こそ叩き出してやる」
おお怖い、いろんな意味でこの戦いは勝たないと本気で生活に関わってしまうぞ。
自らの緊張感を改めて高めつつ、俺はスタートの合図に合わせて身構え、火薬の音とともに駆け出す。
「それ、いっち……おわっ」
「うぐぐっ」
しかしスタートしてすぐに躓いた。次の足を出すタイミングがまるで合わない!
いきなりこれは駄目かという弱気が頭を過ぎる。
「
その時、正面から声が聞こえてきた。見ると、コースの横から清子くんが必死に声をあげていた。
わざわざこうして走りながら応援してくれるなんて、これは諦めてる場合じゃないな。そんなこと思いつつ俺は冷蔵庫くんの顔を見て、凍りついた。
彼は笑顔だった。
まるで自分が信じていた神様が目の前に現れたかのような、またはこの世における最大の幸福を得たような……。
とにかく、なんというか、はっきり言って……気持ち悪い顔だった。
「き、清子さんが、応援してくれている……」
声音すら不気味だ、士気が下がる。
「よし、掛け声だ! ほら気合入れていくぞ!」
「あ? あ、あぁー、お、おう!」
俺は最早抗弁せず、彼の掛け声に合わせていくことに専念することにした。
鼻息を荒くして走る冷蔵庫くんを、心が拒絶するのを抑えながら……。
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