3-7『戦乱の結末』
俺は、口をポカンと開けながら、その合戦を眺めていた。
もう少しキャッキャ言いながらやりあうのかと思ったが、それはさながら戦国時代の縮図と形容したくなるような混戦だった。
騎馬戦は当然ながら一騎減れば減るほど不利になるルールだ。戦う際、相手より数に劣れば、それだけ多方向からの襲撃を受けることになる。そのことを参加者の多くは熟知していて、相手に側面や後ろを取らせないよう塊を作って旋回している。
さりとて膠着しているわけではなく、少しでもぶつかれば取っ組み合いが始まる。刀の鍔迫り合いのようなそれが続くうちに、我が軍の騎馬が一騎、帽子を奪われ崩された。
隊列を形成していた我が陣営は徐々に乱されていく。
そこから一気に戦いは動いていった。じりじりと見合っていた騎馬同士が、いよいよ本格的な奪い合いを始めたのだ。
好戦的な騎馬は貪欲に帽子を奪い、狡猾な騎馬は交戦している他の騎馬を見つけ、虎視眈々とその帽子を狙っていた。
中でも目立つのはやはり
的確に婆さんは指示を飛ばし、襲撃者達を次々とかわしていく。隙あらば相手の帽子を奪い、そうでなければひたすら受け流す。
「さあ、次はどいつがくる! 私は逃げも隠れもせんよ!」
小柄な老婆が、まるで野生で肉体を育んだヒグマのような気迫で周囲の相手を威嚇する。その威勢に慄いている間に、騎馬は次々と攻撃を受ける。
「他愛もない、所詮ジジィの指示がなきゃ烏合の衆も同じよ!」
あの爺さん、騎馬戦の作戦にまで口を出していたのか……。恐らく男子の部が開催出来なくなったのが悔しかったんだろう。まあ、今は病院で寝てるから関係はないけど。
「流石に自分で企画を通すだけあって、あの人の騎馬は強いよ」
「確かにすごいな、っていつの間に戻ってんだ、お前……」
「一々嫌そうな顔をするな。でも、うちも案外負けてないぞ、見ろ」
そう顎で示され、ムッとしながらも俺はそちらを向く。すると、腕を組んで堂々とした表情の
「騎馬役の屈強さはババァに劣るだろうけど、身軽さなら一番だ。予想外の人材だよ、彼女は」
などと言っているうちに、椿さんの騎馬は前後から囲まれてしまった。前の騎馬が囮になり、後ろの騎馬が帽子を奪うというわかりやすい手だ。
しかし、椿さんが何か叫ぶと騎馬がグッと後退し、その瞬間椿さんが振り向きざまに後方の騎馬から帽子を奪い取った。
焦った前の騎馬が遅いにかかろうとすると、椿さんはすんでのところで攻撃をかわし、逆に相手の帽子をカウンターで強奪した。
椿さんの騎馬による活躍を見て、観客が大きな盛り上がりを見せる。それを見て木崎の婆さんも嬉しそうにニヤついていた。
「なんで強いのかはさておき……清子くんがちょっと辛そうだな」
勝ち誇る椿さんの下で、清子くんだけはしんどそうに腕を震わせていた。彼女の運動神経の良し悪しを俺は知らないが、他の二人に比べて疲れが見える。
「騎馬は組むだけでも体力がいる。婆さんもあの椿って子も体重は軽いだろうけど、それでも米袋より何倍も重い人間を担ぎ続けるんだからな」
「……何解説者ぶってるんだ、お前」
「僕は戦況を冷静に見ているだけだ」
「でもなんだか馬鹿っぽいぞ」
火花が飛びちりかけた瞬間、観客がざわめいたので、俺達はすぐに視線を戦場へと戻した。外野が専門家を気取っているうちに、騎馬は次々と減っていき、気づけば椿さんと木崎の婆さんの二組だけになっていた。
「アンタ、強いじゃないか。久々に血が騒いできたところだが、残念ながらもう勝負は付いたようなものだ」
木崎の婆さんは、首で右方の清子くんを指す。体力を大分削られているのがわかるくらい、疲労が見て取れる。
「こっちは勝ちに来てるんでね。弱点は容赦なく突かせて貰うよ!」
すると木崎の婆さんは騎馬役に指示を飛ばすと、椿さんの後ろを取るべく、右回りに騎馬を移動させ始めた。当然それに応じるため椿さん側の騎馬も方向転換して迎え撃つが、清子くんにさらなる負担がかかる。
「あっ、汚いぞババア! 正々堂々真正面から戦えよ!」
「そうだそうだー! 若い娘を虐めるなんてサイテーだー!」
本気で怒鳴る冷蔵庫くんの後ろで、俺も一緒になって野次を飛ばしてやるが、婆さんは聞く耳を持っていない。
そしてついに、清子くんの足元が揺らぎ始めた。
「貰ったぞ!」
騎馬の右面が弱くなった隙を逃さず、婆さんの手が伸びる。
しかし、その手は空を切った。
「な、何っ?」
椿さんの騎馬は、滑らかな動きで後退していた。
「今だ、行くよ!」
と、
婆さんはなんとか抵抗しようとしたが、既に勝負は付いていた。
「敵将、討ち取ったぁ!」
椿さんは勝利の雄叫びをあげ、終了の合図となるスターターピストルが三発空中に放たれた。
それを合図に、お互いは騎馬を崩した。清子くんは少ししんどそうだが、しかし何かをやり遂げたような笑顔を見せていた。
「小娘、ふらついてたのは見せかけか」
「見ての通り、ヘトヘトですよ。でも、だから
という清子くんの答えに、婆さんはケラケラと笑った。
「悔しいが、この戦いは私達の負けだ。アンタらの顔は、よーく覚えておくよ」
そう言って去っていく木崎の婆さんは、少しだけ嬉しそうだった。
「なんか、すごかった。騎馬戦ってあんな駆け引きするもんだったっけ」
「流石清子さん、素敵だぁ……」
知能指数が極端に低下した冷蔵庫くんを殴りたい気持ちを抑え、俺は戦場の余韻に唖然としていた。
そんな俺達の前を、戦い終えた婆さんが通り掛かった。そして俺達の顔を見ると、フンとわざとらしく鼻で笑う。
「あの姉ちゃん達、頑張ったのに可哀想にな。このヘナチョコどもが居る限り、どの道うちらの組の勝ちは目に見えてるね」
そんなことをさらっと言い残して、婆さんは戻っていった。
しばしの沈黙、俺達は婆さんの言葉を改めて噛み砕いた。とんでもない嫌味と事実上の勝利宣言である。それを受けて正気に戻ったのは冷蔵庫くんだった。
「なっ、なんだ今のは! ただの負け惜しみじゃないか!」
確かにその通りだが、実際に婆さんを唸らせたのは女性陣であって、俺達ではない。ただ野次を飛ばしていただけだからだ。特に俺は、そう言われても仕方ないくらい負けてしまったのだし。
まあ、俺とてこのまま負けっぱなしでいるつもりはない。
「怒るな怒るな、今は言わせておけ」
婆さんの態度に怒る冷蔵庫くんを、俺は冷静に宥めた。
「いずれ引導を渡してやるのは、俺達さ」
『お前が一番怒っていないか?』
横に居たベンが、至極冷静なツッコミを入れた。よく見ると、俺の握り拳は震えていた。
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