3-3『皆さん、大集合』
集合、お呼びメイン会場となったのは、近くにある学校の校庭だった。
普段は人の気配を感じないことすらある地域だが、こうして集めてみると結構人が居るもんだなと感心した。両者の町内会を合わせてこの数と考えると、あまりにも少ないのかもしれないけど。しかしこれだけ集まると、一目では誰がどちらの町内会所属なのかわかりゃしない。
とぼとぼと歩いていると、冷蔵庫くんが頭をヘコヘコ下げているのを見つけた。見ると、背の低い老婆がガミガミとまくし立てていた。
「コルフのクソジジィも焼きが回ったね。こんなガキをよこしてくるなんて、張り合いの欠片もないよ」
コルフとは今回ぎっくり腰で倒れた爺さんの名前だ。
「まあ、せいぜい足を挫かんよう、頑張るんだね。ジジィの隣のベッドに送られて、甘えたいなら別だけどねぇ」
そう吐き捨てて去りゆく老婆を見送りつつ、冷蔵庫くんは拳を震わせていた。よほど好き放題言われたのか、彼は憤怒の形相で歯軋りしていた。
「あんの、ハトムギババァ……!」
俺が聞いてきた中でも、五指に入る酷いあだ名だ。
そんな冷蔵庫くんは俺の姿を見ると、イライラしたムードのまま、ズカズカとこっちに寄ってきた。
「いいか、相手が老人だからって油断するなよ。全力で叩き潰すぞ」
「つーか、君はなんで怒られていたの?」
「ジジィが来ないのが気にいらないらしい。確かに僕はこの行事に参加するのは初めてだけど、だからって言いたい放題……」
冷蔵庫くんは、その名前らしからぬ怒りをじわじわと燃やしていた。
「それにしても、ハトムギババァって何だ。仮にも人生の大先輩相手に」
「お前、あの婆さんのこと知らないのか? 隣町でお茶の専門店を開いてる婆さんだよ。名前は、
「由来が想像以上に安易だ!」
「あの家に嫁いだお嫁さんは、三回実家に帰ったって逸話があるくらい、人に文句を言うのが趣味のクソババァだ。電話口でうちのジジィとガミガミ言い合ってるのは聞いてたけど、噂以上の強烈さだ、まったく」
コルフのジジィも会えばやかましい老人だが、普段は世界を飛び回ってるから、被害に会うことは少ない。あのジジィが毎日うちに訪ねてきてガミガミ説教しにくるかと思うと、俺は背筋に寒気が走った。
木崎の婆さんの周りには、敵方の町内会陣営らしき人々が大勢集まっていた。しかし、冷蔵庫くんの悪評とは裏腹に、あの老婆を中心として、メンバーは団結しているように見える。人に信用されるだけのリーダーシップはあるってことか。
一方、うちの町内会は三々五々に集まって、適当に談笑しているという感じだ。本来のまとめ役であるジジィが居ないせいか、気が緩んでいる感が否めない。
「冷蔵庫くん、うちもそろそろ集合かけた方がいいんじゃないの?」
「お前に言われずとも、そんなことはわかってんだよ! でも、まだ主要メンバーが何人か揃ってないから言い出しづらいというか……」
「リーダーがそんなんじゃ先が思いやられるなぁ、おい」
「ならお前がやるか? 日がな一日昼寝してるような、近所付き合い皆無なお前に誰が付いてくるかは見物だが?」
婆さんにいびられたイライラを、俺にぶつけやがってからに! そう俺が睨みつけると、冷蔵庫くんも睨み返してきた。一戦交えるならやるぞと、双方腕を捲る。
「おはようございます。
そんないがみ合いの火種は、思わぬ横槍で鎮火された。
「き、ききききき、
「……なんで清子くん達がいるの?」
何故か居る清子の後ろには、
「どうもー、私がお誘いしたんですよー」
「く、
困惑する男性陣二人の疑問を解いたのは、もう一人の参加者だった。一体いつの間に俺達の背後にいたのだろうか。いつもと違ってサンバイザーにスポーツウェアという、いつもの印象とは真逆の格好だ。
「さあー、今日は頑張っていきましょうねー」
と、黒木田さんは身体をあちこち伸ばしていた。こんなアクティブな彼女は初めて見たかもしれない。
「うわー、見せつけてくれますね、あの人」
「見せつける、って?」
「……セクハラでしょっぴいて貰いやすよ、旦那」
椿さんにそこまで言われて、意味に気づいた俺は「失礼」と顔を逸した。下手に意識すると墓穴を掘りそうなので、俺は視線を逸した。
少しすると、初老の男性が冷蔵庫くんを呼んでいるのが見えた。清子くん到来の喜びに浸っているところを小突くと、我に返った冷蔵庫くんは、早速集合を呼びかけていた。
この町内対抗運動会は、個人種目と団体種目の二つに分けられている。全員参加などの例外を除き、一人が参加出来る種目数には限りを設けているという。俺達参加者は、申し込んだ際に希望種目を書いた用紙を提出し、当日に参加種目を知ることとなる。
受付でゼッケンとともに参加種目の書かれた用紙を貰った俺は、自分の参加種目を真っ先に確認する。
「羽村さんって、あんまり運動するイメージないんだけど、大丈夫なの?」
「ほ、ほら、私もそこまで得意じゃないし。こういう運動会は勝ち負けより楽しむことだと私思うよ!」
素直な感想を言う草川さんに、清子くんがすかさずフォローを入れる。すまん清子くん、俺はむしろ貪欲なくらい勝利を目指しているんだ。
『こんなに人間がうようよしているのを見るのは初めてだ』
ふと、清子くんの傍らに居るベンがそうつぶやいた。
「あの、言うまでもないと思うけど、他の人や犬に噛み付いたりするなよ。困るのはお前だけじゃないんだから」
『何度も同じことを言うな、そこまで俺は臆病じゃない』
そういえば、清子くんが二匹を連れてきたのは、愛犬家選手権という特別な催しがあるからだった。言われてみると、犬を連れてきている人がちらほら居るのに気づいた。
このイベントは当日の参加受付枠があるため、清子くんは俺を通してベンと相談したうえで、参加するかどうかを考えるつもりだったという。ちなみに当事者達に聞いてみたが、特に異存はないとのことだ。
「今回は、仔犬の部にフォンくんと出てみようと思います。ベンくんはまだ他の犬とすれ違うと怖いくらい唸っちゃうことがあるので……」
それを聞いて、俺はベンにやんわりと釘を刺そうかと思ったが、「吠える頻度は減っていますから」と付け加えた清子くんに免じて控えることにした。確かに今のベンは、野良猫に恐れられた元野良犬とは思えないくらいおとなしい。息子のフォンは相変わらず無邪気で、自由奔放に動き回っているが。
なお、参加者となるフォンに大会の話をすると、『わかった!』とだけ答えて無駄にはしゃいでいた。何をするか、わかっているのだろうか。
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