第三話『お願いします、皆々さま』

3-1『情報屋羽村さんの夢』

 現代で最も強い武器は、刀剣や重火器ではなく、ましてやペンでもない、情報だ。

 俺、羽村はむら正貴ただきは、そんな情報を武器としている情報屋である。インターネットなんてちゃちなものは使わない。うちの情報はモニター越しではなく、しかと見聞きした正確なものだけを提供している。

 俺はしがないバーも開いているが、店にやってくる客の会話もまた、情報の種になる。そんな俺だからか、どういうわけか町の嫌な事件に遭遇してしまう。本当は警察なんかと顔を合わせたくはないんだが……。

 おっと、そんなことを言っていたら、誰かが店をノックしているじゃないか。。

 さて、今日俺の元に舞い込んでくるのは金になる情報か、厄介な事件か……。

「マスター、コーヒー豆を買ってきましたよ」

 なんだ、客かと思ったら、従業員のきよくんではないか。彼女は、情報屋稼業のことは知らず、この店で働いているアルバイト店員である。ちょっとした事件がキッカケで、店にはやや不釣り合いな娘を雇うことになってしまった。

 清子くんのおかげで、この店の闇は覆い隠されているのかもしれない。俺としては、こんな純真無垢な娘を隠れ蓑にするなんて、あまり気が進まないのだが。

「おかえり清子ちゃーん、そこに置いておいてねー」

 カウンターから声がした。そうそう、買い物の荷物重そうだからその辺りに置いてって……あれ?

「え、なんでくろさんが居るの?」

「なんでって酷い言い方ですねー、羽村マスターが雇ってくれたんじゃないですかー」

 やだなぁ、と黒木田さんが笑顔のまま手をヒラヒラさせる。申し訳ないが、全く記憶にない。いや、でも確かに、雇った覚えのない人間の名を何故俺は知っているのだろう?

「マスター、大丈夫ですか? ほら、開店させる前に一通り終わらせてしまいましょう」

 清子くんに促され、俺は席を立って荷物をカウンターへと持っていこうとする。が、よく見ると店内はコーヒーの湖が出来上がり始めていた。

「え、どういうこ……」

 黒木田さんに理由を聞くまでもなかった。ドリッパーからコーヒーが溢れ出ているのだ。気づけば、俺達の胸の辺りまで嵩が増しているじゃないか!

「止めて! 早く機械を止めて!」

「はぁー、美味しいですねー」

 黒木田さんは、コーヒー片手にブレイクタイムへと突入していた。どこから出したそのカップ。

 そんなツッコミをする間もなく、店内はコーヒーに侵食されていく。

「あの、もしかしてマスター、紅茶派ですか? 私が買ってきたコーヒー豆は無駄だったんですか?」

「清子くんもいきなりわけわかんないこと言い出さないでくれるかな! ……っつーか清子くん、その紅茶どこから出したの!」

 むすっとして紅茶を飲み干す清子くんを前に、俺はこの不条理かつ突拍子のない展開をなんとか打開しようと試みた。しかし、いくら声をかけても二人は身体の半分がコーヒーに浸かるこの状況を、まるで気にしていない。

 この不条理をなんとか消化して落ち着こうとする俺に、追い打ちをかけるかのような声が聞こえてくる。

「滞納の常習犯! ショバ代を頂きに来たぞ! さっさと開けろ!」

 やかましいノック音とともに怒鳴っているのは、店の貸主である若手マフィア、レイ・ゾウコさんだ。いけない、今扉を明けたら彼まで大惨事に巻き込まれてしまうぞ。そして何より、今はショバ代など払う余裕はいろんな意味でない。

「待ってください! 今ちょっと取込み中で!」

「何ヶ月分溜め込んでると思っているんだ貴様は! ガタガタ抜かしてないでここを開けろ! 蜂の巣にするぞ!」

 扉を壊さんばかりに激しさを増していくノック音とともに、映画で聞いたような銃を構える音がした。まさか、機関銃か何かで扉を強引に開けようとしているのか?

 俺がパニックに陥る中、従業員はことどこ吹く風でマイペースに過ごしている。黒木田さんはケーキを食べ始め、清子くんはそんな彼女にクッキーを薦めている。

 疲れきった俺の意識は、この異常な状況から逃れようとするかのように溶けていった、そのまま倒れた俺は、コーヒーの湖へと沈んでいった。

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