2-終『これからよろしく、清子さん』

 全てを済ませてからも、俺の身には思いがけないことがいろいろと起こった。



 清掃や侵入対策を終えた後、依頼主である椿つばきさんに連絡すると、一時間程で彼女は、くさかわさんと共にやってきた。送迎はすなしろくんだった。

 一通り報告を終えた俺は帰ろうとしたが、砂城くんをこれ以上コキ使うのは気が引けるとかいう理由で、俺はこの別荘地で一泊することとなった。

 夜は昼以上に豪華な食事に囲まれた。一生分の運を使ったのではないかと怖くなるくらい、遠慮なく食べた。ほとんどの料理はきよくんが作ったらしく、俺は思わず手を合わせたくなった。

 ちなみに完食後、この分の食事代は今回の請求代金から差し引いて良いというと、椿さんから「重度の貧乏症っすねー」とからかわれた。俺からすれば、使用人という立場にしては、一番遠慮なくがっついていた砂城くんの神経を疑いたいところだ。でも、お呼ばれした分際でそれは言えなかった。

 その後、みんなでトランプやボードゲームをして遊ぼうということになった。元々は女子三人でやる予定だったそうだが、やはりどちらも人数が多いに越したことはない。

 俺は、はっきり言ってボロ負けした。特にババ抜きと大富豪に関しては惨敗で、草川さんから「そこまで顔に出る人、初めて見た」と面と向かって言われてしまった。

 初対面の時から、彼女は俺に物凄く厳しい態度を取ってきた。それがこのゲームを境に薄れたようだが、代わりに俺を子供扱いするような対応が増えてしまった。警戒されなくなったことを喜ぶべきか、軽んじられていることを悲しむべきか。

 一通り遊んだ後、流石に夜も遅くなったということで、俺と砂城くんは小屋へと移動することになった。これ以上、女子会をむさい男達が汚すべきではない。戻ると、暖房の効いた部屋でぽんすけがぐっすりと眠っていた。

 寝る前、砂城くんがベッドを譲ると言い出したので、俺はソファーでも寝袋でも良いと答えた。すると彼は「そういうことなら俺が使いますね! アハハハ!」と、夜も深くなったというのにでかい声で喜んだ。

 ベッドに入ってからも、砂城くんは頭に思いついたことを口に出しているのか、どうでもいい世間話を、数十分程まくし立てた。そしてそれが途切れたかと思うと、イビキが聞こえてきた。

 彼は夕飯の時も料理には手を貸さず、俺と一緒に待っている側だったが、彼は恐らく運転役以外何もやらせていないんだろうなと思った。

 ようやく静かになると、俺もようやく眠りに落ちることが出来た。

 良くも悪くも、こんなに充実した一日は、もうしばらくは訪れないだろうなと思った。



 忙しい一日が過ぎると、再び俺の身の回りは緩やかになった。まあ、ぽんすけがあんな目に遭うこともないのだから、こういう平穏な日々こそ自分のペースには合っているんだろう。大家からの催促は耳が痛いけど。

『あぁー、毎回あんなに食えるならオイラは仕事ってのを大歓迎するぜぇ』

 別荘からうちに帰る日、ぽんすけの功績と俺の贅沢に免じて、朝食をいつもより多めにくれてやった。そのせいか、コイツはあれ以来朝飯が終わるといつも夢みたいなことをほざく。

「そういうこと言ってると、頑張っても二度とくれてやらないぞ」

『はぁっ、オイラが居ねぇとなぁんにも出来ねぇ癖して偉そうによぉー』

 そんな居候の生意気な態度にイラッとさせられながら、さらに三日程が過ぎた。

 まるで当たり前であるかのように、清子くんがベンとフォンを連れてやってきた。

 彼女は、先日のお礼にと、手作りのクッキーを持参していた。勿論悪い気はしないが、これ以上良い思いをすると、逆に怖くなってきてしまう。なので俺は、あまり気を遣わないで欲しいとだけ伝えて、今回はそのご厚意に甘えることにした。

 いつものように二匹の調子を聞いて、変わりないことを清子くんに告げると、彼女は嬉しそうに返事をした。前はいつもホッとしていたが、少しは自分に自信を持ってくれたのか、素直に喜べるようになったのは良いことだ。

 それはさておきと、俺はクッキーを何個か味わった後、彼女に向き直り、折り入って話があると切り出した。

「これは、俺の身勝手なお願いだから、嫌なら遠慮なく断ってくれていい。これだけは先に言っておくね」

「はい、わかりました。出来ることなら、精一杯力になりますよ」

 清子くんは、真剣な表情で俺と向き合ってくる。別にふざけた話を始めるわけじゃないが、おのずと身が引き締まる。

「前回の仕事で思ったんだけど、やっぱり、助手が居るといろいろ助かるなって。あの時、清子くんはお客さんだったし、何より仕事には無関係だったから頼めたことは少なかったけど、本当ならお願いしたいことはいろいろあったんだよね」

「は、はい」

「それでその……週に何回っていう感じではうちの経済状況じゃ無理なんだけど、俺が仕事に出るってなった時、都合が合えば助手として付いてきて欲しいんだ」

 そう告げると、清子くんが驚いて目を見張った。

「お給料は、正直そんなに出せない。しかも、この間のことでわかってくれているだろうけど、時間を食うだけで割に合わない仕事だ。でも、俺の変な力を理解してくれる助手なんて、もう会えないかもしれないと思って」

「……」

「それで話だけでも通しそうかなって考えていたんだけど、まあ、良ければ考えておいて」

「やります」

「おお、やってくれるか! そりゃ助かる、ってそんなあっさり決めちゃうの!」

 思わず立ち上がって、俺はベタなツッコミを入れてしまった。しかし、清子くんの決意は固いようだ。

「え、だ、ダメでしたか?」

「いや、もう少し悩まない? もっとはっきり言っちゃうけどさ、給料はべらぼうに安いよ? しかもあんなに時間かかるし、一日絶対潰しちゃうんだよ?」

「私、言いましたよね? 自分にしか出来ないことを見つけて、役に立ちたいって」

 俺は、ブリキの人形みたいに首を縦に振った。

「確かに、羽村はむらさんが言ってくれたように、みんなが私のことを大切にしてくれる意味を考えたら、大分気持ちは安らぎました。でも、やっぱりこうして必要とされるのって、すごく嬉しいんです。それとこれとは、話は別です」

「確かにそうだけど、俺も清子くんに後悔はして貰いたくないから」

「絶対しません。仮に後悔したとしても、私はきっと羽村さんと縁を切ろうなんていうことにはならないと思います。それは、私の問題ですから」

 そこまで豪語されてしまうと、俺はもう何も言うことは出来なかった。早速、給与明細書は作らないとな。

「羽村さん」

「あ、はい?」

 呆けた返事をする俺に対し、清子くんはわざわざ立ち上がった後、深々と頭をさげた。

「これからも、どうぞよろしくお願いします」

「きょ、恐縮でございまする……」

 俺も、恐る恐るお辞儀を返した。

『おい羽村ぁ! ソイツも仲間にいれんのかぁ?』

 横からぽんすけの声が聞こえてきた。思わぬ横槍に辟易としつつ、俺はカゴの近くに擦り寄る。

「なんだよ、お前さんの了承が必要なのか?」

『いいか、仲間増やすんならアイツにこう言っとけよぉ、センパイはオイラだってことを忘れるなってなぁ!』

 ふんぞり返ったように金枠にしがみつくぽんすけに、俺はため息を漏らす。ちょっと調子に乗らせすぎちゃったかな。

「ぽんすけくん、どうかしました?」

 俺は渋々ではあるが、ぽんすけの言葉を翻訳した。すると、清子くんはハッとして、背筋をまた正した。

「すいません、ご挨拶忘れていました。よろしくお願いします、先輩!」

 突然ハムスターに頭を下げる清子くんを、寝ぼけ眼だったベンがビックリして凝視する。

「……一々通訳するの俺だってこと、忘れないでね」

 そんな奇妙かつ複雑な光景を眺め、俺は口元をニヤつかせずには居られなかった。

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