2-11『ぽんすけくんを救出せよ?』
やたらと分厚い木製扉を開け放ち、俺達は別荘の中へと入る。
中は特に荒らされた形跡はない。大抵アライグマは屋根裏などに住処を形成するから、この辺りが荒らされていないのはある意味当然と言えば当然だ。しかし足跡はあるが、あまり歩き回った様子は見えない。意外と日が経っていないのかもしれない。
たまたまアライグマがこの別荘を寝床にした時、点検にやってきた使用人さんと間が悪いことに鉢合わせてしまった、といったところか。
俺は息を潜め、自分の聴覚を限界まで研ぎ澄ませる。すると、やはり天井の方から声がするのが聞こえた。
「
「はい、案内します」
結果として、清子くんを連れてきたのは正解だった。冷静に考えたら別荘の内部を知っているのは彼女しかいないじゃないか。天井裏に続く階段はすぐ目に入る場所にはなく、別荘の奥にある台所の隣にあった。部屋を手当たり次第に探して余計な時間をかけずに済んだのは、この状況下ではありがたいことだ。
階段に血が滴り落ちていないことを確認しつつ、俺は階段に足をかけ、静かに段を登っていく。清子くんには少し遅れて来るように言ってある。
こっそり頭だけ出して覗いてみると、カゴと対峙しているアライグマを見つけた。アライグマは一度住み着くとすぐに増えるので数を心配していたが、今の所一匹しか見当たらない。
ここからではしっかりと確認は出来ないが、ぽんすけのカゴを壊している様子はなかった。中のぽんすけがアライグマのお腹に、ということもなさそうで、とりあえず一安心だ。
アライグマはカゴと向き合って何かを話しているようだった。今すぐ飛び出していきたい気持ちを抑え、俺はより息を潜めて会話を聞くことにする。
『……だからよぉ、オメぇがビビる必要はねぇってこったぁ』
やや小さいが、ぽんすけの声が聞こえてきた。思いの外元気そうに聞こえる。
『そ、そんなこと言われても、簡単に信じられるか!』
一方のアライグマは、腰が引けているようだった。小動物相手にオロオロするその姿は、ちょっと情けなく見えた。
『確かに
『た、確かにあの人間の喋ってる言葉は俺にも聞こえたさ。なんかカラスの野郎と話してるのも聞いたしな』
森で感じた気配は、気のせいではなかったようだ。あの時から見られていたとは。
『でも、お前を攫っちまったんだ。人間にもつい噛み付いちまったし、絶対オレの事を許しちゃくれんぞ』
『安心しろってぇ、アイツにはオイラが話を付けてやらぁ。このぽんすけ様に任せておけってのぉ』
何故か偉そうなぽんすけの声が聞こえてきて、俺は苦笑いした。
カゴという小さな世界でふんぞり返るハムスターと、肝の小さそうなアライグマのツーショットは、まるで昔話のワンシーンでも見せられているかのようだ。まあ、これは会話の内容がわかる俺だからこそ、そう感じるんだろう。例えば下で息を呑んでこっちを見ている清子くんには、違うように映るかもしれない。
意を決した俺は、アライグマと接触することにした。しかし、いきなり話に入っていったら相手もパニックになる。ここは慎重に行くべきところだ。
俺は一息ついてから、自分の存在を知らせるために、階段の出入り口から手だけを出して、床をコツコツと叩いた。
当然アライグマはビックリして飛び退いたが、俺はすぐに姿は見せず、手振りだけを見せた。
「驚かして悪いな。お前とちょっと話をしたいんだ」
『はっ! は……話って、なんだ!』
声を少し裏返りさせつつ、アライグマは俺の声に答えた。驚いてぽんすけを襲うようなこともなさそうなので、俺はそのまま続ける。
「要件だけ言うと、ソイツとこの家を返して欲しい」
『こ、この人間の住処も返せっていうのか?』
「元々、俺はそれをお願いするために来たんだ」
と言いながら、俺は階段をゆっくりとあがっていった。すぐ後に清子くんもあがってくるが、俺は止めなかった。
「素直に受け渡してくれないかな、お互いのために」
『お、俺だってな。住む所がなくなったら困るんだよ! そ、そんなの殺されるのと変わらねぇんだ!』
「本当に、ここは暮らしやすいか?」
俺がそう問いかけると、アライグマは言葉を詰まらせた。
「見たところ、この家に食料はなさそうだから、ここだけで生活を完結させるのは無理だ。危ない目に合うなら人間の家だろうが洞穴だろうが同じ。何よりも、今こうして人間っていう邪魔者が来てる。それで居心地は本当にいいか?」
『そりゃ、そうだけどさ……』
「俺は今日、その人間からお願いされてここに来たんだ。今日、お前が俺の話を聞いてくれないなら、もう助けられない」
息を呑む声が聞こえた。アライグマのかと思ったけど、どうやら後ろに居る清子くんのようだった。なんとなく、話の内容はわかるんだろう。
「次に人間が来たら、お前は問答無用で殺される。例えそれが俺だとしてもだ」
『こ、ころ……』
アライグマは、無意識に口から声を漏らしていた。
「二つに一つだ。俺を信じて新しい家を探すか、ここに無理矢理留まって、人間とやりあうか。さあ、どうするんだ」
俺は、アライグマを遠慮なく脅した。ここで変に優しさを見せると、相手が楽観的になって、強気に断りの返事をすることもあるからだ。
俺の基本的な仕事は動物を駆除することだ。でも、作業工程的にも、そして相手のためにも、殺さないで済むならそれが一番いい。
拙さは否めずとも、これは俺にしか出来ない、立ち退き交渉だ。
『……あ、新しい家を見つけてくれるなら、言うことを聞いてやってもいい』
「そう言ってくれると、俺も助かるよ」
アライグマは、これ以上抵抗しない証としてか、ぽんすけの入っているカゴを持ってきた。人間なら、もっと人質交渉で揉めるけど、コイツは意外と素直な奴らしい。
ぽんすけは少なくとも無事なようで、俺の方を見て少し誇らしげだ。
「ぽんすけくんは、無事なんですか?」
「大丈夫、具合も悪くないみたい。普段はもっと臆病なんだけど、こういうヤバイ時のクソ度胸はすごいね、コイツ」
カゴの扉を空けてやると、俺の手に乗ってきたので、胸ポケットに入れてやった。
『どうして奴がお前ぇの言うことを素直に聞いたかをよぉ、教えてやろうかぁ?』
「まったく、こんなに心配して損したのは生まれて初めてだよ」
俺は苦笑いで答えた。
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