2ー10『ぽんすけくんの一大事』
「さて、飯の前にやることはやっておかないと」
俺は、下のポケットに仕事用の手袋を詰め込んだ。そして、ぽんすけのカゴを片手に、いざ目標のいるログハウスへと近づいていく。
『おい
「不安なら匂いの方を警戒してくれないか。お前の鼻も頼りにしたいんだ」
『そ、そうかぁ? だ、だったら任せやがれぃ! ぽ、ぽぽぽんすけ様の鼻から逃げられると思うんじゃねぇぞぉ!』
と、威勢のいいことを言っていたが、俺がちらっと見ると、ぽんすけは用意した小さな寝床に隠れ、鼻だけ外に出してクンクンと嗅いでいた。
どんなに態度はでかくても所詮は小動物、怖がるなという方がおかしい。ストレスになると良くないから、あまり長居は出来ないな。
俺はまず、進入路がどこなのかを確認することにした。玄関から堂々と侵入したわけじゃないのは確かなので、どこかに穴を空けられてしまったのだろう。
今も俺がどこから臭ってくるかを聞くと、ぽんすけは床下の空間を示した。先に進むと、小さいながらも端っこに穴が空いているのを発見した。じっくり見ると、獣の抜け毛がいくらか引っかかっているのが見えた。サイズといい、毛の色といい、聞いた通りアライグマがここに居座っているらしい。
「やっぱ、人間の鼻よりかはずっと頼りになるな」
『今頃オイラのすごさに気づいたのかぁ? ったくよぉ』
そういう台詞を吐くのは、寝床から全身を出してから言ってもらいたいものだ。とはいえ、仕事に大きく貢献してくれたことには間違いない。今度ばかりはぽんすけの活躍を無視してはならないだろう。
「今日はもう飯をあげられないけど、明日の朝飯は、いつもよりも豪華にしてあげよう」
『マジかぁ! いやっほうぅ!』
「だけど、限度はちゃんと決めるからな」
『んだよぉ、好き放題食えるんじゃねぇのかよぉ』
「死にたいのかお前は」
まあ、食い倒れて死ねるのなら、コイツにとっては一周回って幸せなのかもしれんけれど。
それからしばらく、建物の周囲を簡単に見回って、他に進入路がないかを確認した。窓は全て締め切ってあり、戸締まりはバッチリだった。少なくとも管理者のうっかりで侵入を許したわけではないようだ。あと、換気扇があるにはあるけど、ヤブ蚊くらいしか侵入できそうにない。結局、出入り口となりそうなのは最初に発見した穴くらいだった。
ただ、それは地上から見た限りの情報だ。アライグマは木登りが得意な動物だから、出来れば屋根に登って上の方も調べておきたいところだ。もしかすると屋根にも穴を空けている可能性があるし。
しかし、地上から見るに穴らしいものは空いていなかったし、あそこから頻繁に出入りしている可能性は少ないとは思う。
しかし、今すぐにあそこまで登るのは無理だ。懸念事項は焦らずじっくり潰していくとしよう。
俺がログハウスから離れて鞄のところまで戻ると、美味しい匂いが漂ってきた。見ると窓を開け放った
この香辛料が効いた食欲をそそる匂い、久しく食べていないカレーの香りだ。
「もう少しで出来ますからねー!」
「準備が終わったらすぐに行くよー! いや、別に盗む奴もいないし、このままにして後でやるのもいいか」
とっ散らかした道具を見下ろしながら、俺はそうつぶやいた。
一応少しは準備しようと、傍らにぽんすけのカゴを置きながら、改めて必要な道具とすぐには使わないもので分けていく。疲れたのか、ぽんすけは寝床に入ったままおやすみモードだ。
本来夜行性のハムスターだが、ぽんすけは俺と暮らし始めてから昼間起きている時間の方が増えた。夜にしっかり眠れていれば心配しすぎることはないそうだから、気にはしつつも、当事者の意志に出来る限り任せている。今日みたいに連れて行かないといけない時以外は。
うとうとするぽんすけをチラリと見ながらも、俺は道具に視線を戻して整理を続ける。
「あ……羽村さん、後ろ危ない!」
という清子くんの声が聞こえてきた時にはもう遅かった。
後ろには、牙を剥き出しにしたアライグマが駆けてきていた。俺は咄嗟に頭を庇いつつ、横へと転がった。
俺に対する襲撃に失敗したアライグマは、側にあったぽんすけのカゴを咄嗟に咥えると、直ちに別荘の方へと引き返していった。
慌てて立ち上がった俺は、小屋の中で狼狽える清子くんに声をかける。
「清子くん、別荘の鍵!」
「ま、待ってください、私も行きます!」
「いや、君はそこで……」
おとなしく待っているように言おうとしたが、俺は考え直した。
小屋に動物の気配はないが、もしかすると俺の知らない出入り口があるかもしれない。さっきはすぐに対応できる位置にあったから気にしなかったけど、彼女を一人にするとなると話は変わってくる。
俺はふぅと息を吐いて落ち着いてから、清子くんに答えた。
「ちゃんと火は止めてから出ること、窓を含めて戸締まりを忘れずに!」
「わかりました、すぐ行きますから!」
そう言って清子くんは、言われた通りに支度を済ませてから、間もなく小屋から飛び出してきた。
俺は苦笑いした。もし清子くんを連れてこなかったら、俺がこんな風に焦っていたかもしれないな、と。
やや遅れて合流した清子くんに、俺はまだ真新しさの残る方の手袋を渡した。
「もしものために渡すけど、危なくなったら迷わず俺の後ろに隠れること」
「は、はい」
「じゃあ、急ごう」
出来得る限りではあるが、清子くんの安全確保も出来たところで、俺達は急いでログハウスへと向かった。
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