2ー2『健康でいようよ、ぽんすけくん』

 事務所に戻って、俺はクリームパンを手に取った。昨日、仕事の後処理をした帰りに、買っておいた奴だ。

 勿論、自分で朝飯を作ったなんていうのは嘘。そんなことが出来るほど、うちの景気は良くない。

『はぁ、腹減ったなぁ』

「さっき食べたでしょ……って、お前は爺さんか」

『いつも言ってるだろぉ、オイラは育ち盛りなんだよぉ』

 確かに、コイツはまだ生まれて一年も経っていない。しかし、だからといって食べれば成長するというわけでもないだろう。むしろコイツに際限なく食わせたら間違いなく体調を崩す。

「あのな、人間の世界には健康という概念があるんだ」

『けんこぉ?』

「そうだ、不自由なく日々を生きるために大切なものなんだ」

『美味いのかぁ!』

 俺は非常に古典的なコケ方をした。いや、確かに食育によって健康は保てるだろうが。

「そうじゃなくて、好き放題に食べまくったり、寝てばかりいたり……。そんな生活してると、身体の調子がおかしくなるぞって話だ」

 と、俺は親切丁寧に説明してやったつもりなんだけど、ぽんすけはよくわかっていないのか、ずっと唸っている。

 これはもうちょっと直球で伝えないとダメか。

「つまり、お前みたいに遠慮なくがっつくと身体に良くないって言ってんの!」

『そうなのかぁ? んでよぉ、身体に良くないとどうなるんだぁ?』

 突っ込んだことを聞かれて、俺はたじろいだ。健康を損なうと具体的にどういうことになるのかと、いざ聞かれてみるとパッと思いつかない。

 俺は少し頭から記憶を引きずり出しながら、ぽんすけに伝えることにした。

「うーんと、そうだな……。例えば、いきなり血をたくさん吐いてそのまま死ぬとか」

『マジかぁ!』

「他にあるとしたら……全身が物凄い痛くなって、痛すぎて動けなくなって、そのまま死んじゃうとか、かな」

『オイラもう飯食わねぇ!』

 俺は再度ずっこけた。

「そういうことじゃなくて! 限度を考えろって言ってんの! 第一な、飯食わなくても死んじゃうでしょうが!」

『あぁ、そういやそうだなぁ! じゃあ大丈夫だろぉ? 飯くれぇ』

「あのさ、俺の話聞いてた? 健康に悪いからあげられないの! ろくに運動もしてないのに」

『運動って奴ならお前に言われてる通りしてんじゃんかよぉ。ほら、走ると回る奴でよぉ、オイラいつも頑張ってんだぞぉ』

「俺が見に行くと腹出しながら寝てるだろうが!」

『それはオイラが頑張った後に見てるからだろぉ? タイミング悪ぃんだよ羽村はむらはよぉ』

 なんだその、今まで勉強してたけど今は休憩してました的な理論は、ガキか! いや、人間換算ならガキどころか赤ん坊だけど。

 ってこんなの問題じゃない。俺はぽんすけのためを思って忠告してやってるのに、何も聞いちゃいない。

 あの滑車だって滅多に使ってないし、こちとら自分の食費とかも切り詰めてお前の面倒見てるんだぞ……。

 恩着せがましい言い方はしたくないけど、こんなのあんまりじゃないか!

「だぁー! もう知らん! 夜まで駄々こねてろ!」

 不貞腐れた俺は、ぽんすけの訴えを無視してソファーにどさっと寝転がった。

 今日はうるさい冷蔵庫も来ないだろうし、何よりこの空腹を紛らわすには眠るのが一番だ。

 ……冷静に考えると、起きたばかりなのにまた眠りに落ちる生活、これはこれで健康に悪いんじゃないのか。

 こんな様じゃ、アイツに偉そうなこと言える立場じゃないだろう。かといってこの空腹の最中、激しい運動をしたらそれはそれで体調を崩してしまいそうだ。

 やはり、威厳を保つためにも、なんとか仕事が貰えるように新たな手を打たなくては……。

 こういう時にはどうすればいいんだっけ。新聞に広告を載せるとかか? そういえば、いつぞや読んだサスペンスに、金の受け渡しの暗号として新聞の広告欄を使ってたっけ。

 意外に、新聞広告を載せるのって、金が、かからない、の、かも、な。

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