チーム決め

「古川恵、かんぜんふっかーつ!!」

「……」


 一汗かいた後に浴びる秋風は何と涼しいことか。


「ところでさ、次の400メートル走に大谷前会長が出るって」

「あの人、ろくに勉強せずに走ってばっかだったらしいわね」

「古川恵、かんぜんふっかーつ!!」

「今年は優勝するんだって意気込んでるらしいけどその熱意を仕事に活かしてくれって思うよ」

「先輩方、前の生徒会長だった大谷先輩ってどんな人だったんですか?」

「あー、人気はあったけど典型的な口だけ番長だよ。執行部役員全員が単なる麻雀仲間じゃないかって噂されてたぐらい仕事しない集団だったからな、当時サブだったカワムーとシーモに負担がめっちゃかかってた」

「うわー、大変でしたねそれは……」

「古川恵、かんぜんふっかーつ!!

「私、あの人と同じチームだけど練習でも細々ネチネチといろいろ口出ししてきてうるさかったにあ。人の上に立つ資質はやはり今津会長の方が断然上だと思ったよ」

「ははは、ダンロップもお世辞が上手くなったなあ」

「……世渡り上手」

「「「「「「「あはははは!!」」」」」」

「古川め……ってこらああ! ちょっと待てーい!!」


 古川さんが両手を広げて私たちの前に立ちはだかった。


「んだよクリボー、さっきから完全復活完全復活って鬱陶しいなあ」


 今津会長が舌打ちしたら、古川さんは「聞こえてんなら何で!?」と目をひん剥いた。


「いやいやいやいや、私、失格という悲劇を経て復活したんすよ? ここは『よく戻ってきたね!』とか『んもう! 古川さんったら心配かけて!』って泣きながら抱擁する場面っしょ!?」

「だってさっき、話しかけないでくれって言ってたじゃん」


 私はあえて冷たい言葉を投げかけた。そしたら、


「グフッ!」


 出た、大げさなリアクション。


「お、お前までいつの間にそんな悪い子になっちまったんだ……泣くぞ? ガチで泣くぞ?」


 古川さんの目が潤みだした。あれ、これ本当にまずいパターンかもしれない。


「あああ、わかった。わかったって。元気が出てよかった、よかったね」

「すがちーーーー!」


 古川さんが私の体に抱きつこうとすると、今津会長がスーッと前に出てきて両拳を古川さんのこめかみにねじ込んだ。


「よく戻ってきたね!」

「ぎゃあああ!!」


 さっきの古川さんの声色を真似する。古川さん、裏でよく会長のモノマネをするけど会長もモノマネが得意なのだ。


「んもう! 古川さんったら心配かけて!」

「痛い痛いいたーい! いや、もういいっす! 御大の愛情は充分に伝わりましたからああ!!」


 会長が拳を離すと、みんなどっと笑いだした。


「お帰り」


 古川さんの妨害を受けた団さんが抱擁してあげた。古川さんとてあの時は本気で落ち込んでいたのだし、「気にしてないよ」という意図を見せる意味でも団さんが抱擁してあげる方がずっと良い。


「お前、胸でかくなった……?」

「うわ何! そのモノの言い草!」


 団さんが古川さんの大きな尻を叩くと、また笑い声がした。


 古川さんもすっかり元通りになって、良かった良かった。


 *

 本部テントにて。


「部活対抗リレーに出て欲しい?」


 体育祭実行委員長の林原先輩のお願いに、美和先輩がきょとんとした顔になった。私もだが。


「うん。内藤議員が『何でリレーに生徒会も出ないの?』って館長先生に問いただして、それで館長先生が生徒会も出すように、と」

「おいおい、お友達政治みたいなことすんのやめてくれよなあ」


 今津会長が自分の髪の毛をわしゃわしゃとかきむしる。


「まあしかし、館長先生の言うことなら聞かざるを得ないか」

「どうしよう? 私、ソフトボール部で出ることになっているんだが……」

「私も郷土研究会枠で出るのに」

「その点は安心して。他の手空きの部員に代行を頼んであるから」

「手を打つのが早いな。ということは、最初から私らには断るという選択肢は無かったんじゃないか」


 今津会長は口を尖らせた。自分だってよく無茶を言うのに逆に無茶を言われるのは嫌いなようだ。


「あの、私たちサブまで呼び出されたってことは……」

「もちろんあなた達も出てもらいます。これは館長先生のご意向ですから」


 林原先輩は「館長先生のご意向ですから」にアクセントをつけて話した。どこの官僚だよ、と私は突っ込みたくなった。


「しゃーねーな。でもこちらから条件をつけさせてもらう」

「何?」

「執行部役員とサブという分け方じゃなくて、それぞれ半々ずつの編成にしたい」

「役員二人とサブ二人のチームにするわけね。でも一体なぜ?」

「一回美和ちゃんと競走してみたいなと思ったのと、こいつらに再戦の機会を与えたいんだ」


 会長は親指で古川さんと団さんを指さした。


「なるほど、反則でケチがついた競走をやり直してハッキリ決着させようってことか。わかった。今津さんの粋な計らいに応えてあげる」


 林原先輩は了承した。


「よし、じゃあチーム分けだ。私と美和ちゃん、クリボーとダンロップは別々に分かれて、後はじゃんけんで決めるか」

「待って陽子、私からも一つだけワガママ言わせて」

「何?」

「千秋を私のチームに引き入れたいんだけど」


 美和先輩が私を指名してきた。仮にじゃんけんで私が決める立場になったとしても、美和先輩のいるチームを志望するつもりだったから内心ではしめた、と思った。だって何度もリレーで一緒に練習した美和先輩が一番やりやすいし。


「ああ、そういうことか。わかった。じゃあ、がわちゃは私のチームで良いか?」

「……良いです」


 茶川さんも同意した。


 今津会長はいつの間にか用意してもらった紙とボールペンに二列で名前を書き込んでいく。


「となると、あと残りはカワムーとシーモ、クリボーとダンロップをどう組み合わせて割り振るかだな。よし、もうここまで来たら私の一存で決めちまおう」


 会長は「ワタシ」と書かれた文字の下に「カワムー」「クリボー」「がわちゃ」と、「ミワチャン」「すがちー」の下に「シーモ」「ダンロップ」とササッと書き加えた。


「これで良いな?」


 みんな何も言わない。これにてチーム分けは決定した。


「じゃあ後は走る順番だが、やっぱ会長副会長はアンカーじゃないと盛り上がらんだろ」


 会長は自分と美和先輩の文字の横に「4」の数字を書く。


「じゃあ千秋を第三走者にしてよ」

「ははっ、ワガママ二つ目じゃんかよ」


 会長は嫌味っぽく笑いつつも、「すがちー」の隣に「3」の数字を書き加えた。


 ここで私は待てよ? と思い直す。確かにリレーの練習をしてきたけど、私はバトンを受け渡す方の練習をあんまりやった記憶がない。ちゃんとスムーズにバトンパスできるのかな、と少しだけ不安になってくる。ポイントつかないし失敗しても成績に影響はないけれど、最下位にでもなったら美和先輩の面目を潰すことになるかもしれない。


 そんな心配をしている間に、あれよあれよと走者が決まってしまった。


「よっしゃ。林原、これでエントリーするわ」

「オーケー」


 というわけで、急遽部活対抗リレーに参加することになった生徒会チームはこのような編成となった。



 今津会長チーム:古川さん→河邑先輩→茶川さん→今津会長

 美和先輩チーム:団さん→下敷領先輩→私→美和先輩



 中でも古川さんは団さんとリターンマッチして、かつ実の姉のように思っている河邑先輩にバトンを受け渡せるというポジションにいるのがチーム編成のミソである。古川さんは会長のご配慮に感謝しないといけないかもしれない。


 問題はやっぱりバトンパスが上手くいくかどうか、だ。


「下敷領先輩、バトンパスの練習やりました?」

「二、三回だけな」


 勝敗は度外視だとわかっていると、やっぱり練習量はガクンと落ちるようだ。河邑先輩も練習はしているだろうけどそんなにやりこんではなさそうだし、他は美和先輩除いて全く練習をしたことすら無いだろう。


 何だかんだで、こうして見ると私と美和先輩が一番要領がわかっているんじゃないか。やれそうな気がしてきた。


「前もって言っておくけど、私の足には期待するなよ。自慢じゃないがチームで一番鈍足だから」


 下敷領先輩は自嘲した。まあ遅いと言っても運動部だし、実は速いというオチだったりして。


 トラックでは400メートル走が行われている。六年生限定の競走で各チームから選ばれた二名が最後の思い出作りに燃えていた。


「うわー、大谷のヤツ、トップ走ってやがる」


 今津会長が舌打ちして、こけろこけろ、と呪いの言葉を吐くが誰も止めはしない。どれだけ嫌われてたんだか……。


 だけど大谷先輩には呪いは効かず、一着でゴールイン。団さんと同じチーム、つまり朱雀に20pt入る。そして二着以下は団子状態でゴールインしたが、長いビデオ判定の末に何と同じく朱雀が二着を確保のワンツーフィニッシュ。三、四着は白虎という朱雀と白虎が上位独占という結果に終わったのである。


 青龍は騎馬戦優勝が効いて150ptでトップを維持しているが、白虎と朱雀が140ptで同率二位。そして玄武は115ptと、また最下位に沈んでしまった。


 芳しくない成績だが、午前の競技は残念ながらこれで終了である。


 お昼休憩に入る前に、前期課程の生徒たちによる応援合戦が行われた。ポイントがつかないにも関わらず、どのチームもこの種目に練習時間のほとんどを割いてきた。


 それは最優秀応援団賞を得るためではない。応援合戦の練習を通じて先輩後輩同級生の心は一つになり、緑葉生としての仲間意識が育まれていくのだ。……と玄武チーム団長の山本先輩はおっしゃっていた。


 残念ながら私は後期課程からの編入だからその機会は無かったけれど、応援合戦を応援することで、緑葉女子独特の連帯感が産み出す熱意にあやかりたい。


 青龍白虎朱雀ときて、最後の玄武チームの応援が始まった。アップテンポにアレンジされた『ソーラン節』に合わせて、黒い半纏をまとった子たちが躍動する。


 ♪ドッコイショー ドッコイショ!

 ♪ソーラン ソーラン!


 応援席からも掛け声をあわせる。玄武以外のチームも一緒になって。


 一糸乱れない動きは観衆を魅了している。自チームの贔屓目があっても、玄武の応援は一番だと言い切れる。


 しかし応援のクライマックスは次の曲だった。


 ♪~


 イントロが流れただけで場内大爆笑。そう、スーパーの魚売り場で流されている『おさかな天国』が市営グラウンドに大音量で響き渡ったのである。


 一応選曲には理由がある。ソーラン節はもともと漁の唄ということで、魚繋がりで二曲目として選ばれてしまったのがこの『おさかな天国』だった。奇しくも漁で獲れた魚がスーパーで売られていくというストーリーが出来上がってしまったものだからウケにウケて、馴染みのある曲というのもあってそのまま採用となった。


 力強さを重視した『ソーラン節』の振り付けに対して、ちょこちょこと細かく可愛く元気よく踊るのがポイントだ。もちろんさかなさかなさかなーの大合唱つきで。


 ♪さかながぼくーらをーまってーいるー


「おー!!」


 最後の天高く拳を突き上げるポーズが決まった。


 万雷の拍手が、応援合戦のトリを飾るりにふさわしい応援だったということを証明している。これは最優秀応援団賞間違いなしだ、と確信した。閉会式が楽しみである。


 今は最下位に甘んじていても午後の部で逆転優勝に向けて弾みをつけられる、そんな素晴らしい応援だった。


 さあ、ちょうどいい具合にお腹も空いてきたし、まずは腹ごしらえだ。弁当のおかずに魚が入ってないかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る