連休はかくして終わる
ゼーゼーハーハーと息を切らしながら歩いていると、ようやく二つ目の鳥居が見えてきた。
「あー……ようやく着いた……」
「違うよ菅原さん。ここ、まだ中間地点だよ。あとひとつ鳥居があるんだから」
「ひええ……」
赫多さんの無情な一言を聞いた私は気が抜けてしまい、へたりこんでしまった。
「じゃあ、ここでちょっと休憩しましょ」
宮崎さんが足を止めた。ちょうどいい具合に参道の側に石で作られたベンチがある。私たちはそこに座って、水筒のお茶に手を付けた。冷たい液体が喉を流れると何とも言えない気持ち良さを覚える。
参道の両脇は雑木林になっていて、太陽光を和らげてくれている。風も吹いていて地上よりは若干暑さがマシになっている。
赫多さんも水筒のお茶で喉を潤し、ふーとため息をつくと、
「ああー……エッチしたいなー……」
「ブフッ!!」
私はお茶を噴き出してしまった。
「と、突然何を言い出すの赫多さん……」
「だってー、一ヶ月以上もお預けくらってるんだもん。もう耐えられないよー……」
「
宮崎さんが話にノッてきた。
「長くて週一かな。覚えたての頃はほぼ毎日ヤッてたなー」
「うひょー、絶倫だねー。私も今は卒業した先輩に仕込まれた時は一日中ヤりっ放しだったこともあったっけ」
「えっ、相手誰よ?」
「今だから言えるけど、野田先輩」
「ええっ!? あの『聖女野田』って呼ばれてた先輩が!?」
私は内輪ネタじみた話に全くついていけてなかった。それを察してか赫多さんが私に説明する。
「二代前の生徒会長で野田っていう人がいたんだ。現会長なんかと違って優しく慈悲の溢れた性格で『聖女』って崇められてたぐらい、凄い先輩だったんだよ」
「へーえ」
遠回しに今津会長を貶した気がするけど、とりあえず私は受け流した。
「実態は慈悲だけじゃなく性欲も溢れた『性女』だったけどねー」
「ていうか、どういう経緯でそんな仲になったの?」
「んとね、野田先輩の写真をこっそり撮ってたのがバレちゃって、『撮影料を体で払ってあげるわ』って防災倉庫に連れて行かれて美味しく頂かれたのが全ての始まり。ま、恋人関係と言うより肉体関係に近かったかな。でも先輩の裏の面を見られたし、美味しい思いもたっぷり味わわせて頂きましたよ、っと」
「その体験談を『GLタイムス』で暴露してみたら? 文◯砲真っ青レベルのスキャンダルになるよ、それ」
宮崎さんは大声を立てて笑った。そして私に振り向く。
「そういや、菅原さんは経験あるの?」
「えっ……」
私の顔が急に熱を帯びてくる。今まで女友達との会話ではせいぜい好みの男性だとか、どこのクラスの男子がかっこいいかぐらいしか話した程度で、こんな露骨に性的なトークなんかしたことがない。実はファーストキスすらまだなのにできるはずがない。
「あの、恥ずかしながらまだ……」
「そうなんだー。女の子相手は?」
「あるわけないでしょ」
「そっか。じゃあ私が教えてあげようか? 私、今フリーだし」
宮崎さんがいやらしい音を立てて舌なめずりした。
「ちょ、ちょっと。冗談はやめて。私その気はないんだって!」
「いや、一回経験してみたら世界観が変わるかもよ? 私も聖良と結ばれるまではあり得ないって思ってたけど、これがなかなか……」
赫多さんが色目を使ってきて、私の手を握ってくる。違和感の正体が、ようやく掴めた気がした。
「何なら、私も教えてあげるよ?」
「ダメダメ! 浮気になるからダメだよ!」
「おっ、いきなり3P? いいねー。一度ヤッてみたかったんだ」
「宮崎さん!」
「ちょうど雑木林あるし。誰の目も届かないところでゆっくりとね」
「青姦もかー。もの凄い高レベルな初体験になるよこりゃ」
「んもう! 二人ともいい加減にしてよー!」
私は手を振りほどいて立ち上がり、叫んだ。まだ回復しきっていない喉にビリッと痛みが走り、咳き込んでしまった。
「本気に取らないでよ。我慢に我慢を重ねてきたからエロい話でもしないとやってられないんだって」
「本気に取るな? いや、赫多さんの手付きはガチでヤバかった! 私に欲情してたでしょ? 正直に答えて!」
「う、うん……ほんのちょっとだけ」
「……」
呆れてしまった。私の顔は飛び抜けて良いわけではないし、古徳さんの方が可愛い。それでも私を狙うなんて度し難いが、だいぶ欲求不満になってしまっているのだろう。だからといって同情して体を許すわけにはいかないのだ。
宮崎さんが「まあまあ」と私の肩を掴んで、ベンチに座り直させた。
「ごめん、調子に乗りすぎちゃった。同性相手の猥談も場合によっちゃセクハラになるって言うしね」
宮崎さんは赫多さんに目配せすると、「はい、気をつけます」と頭を下げた。
「うん、こっちもちょっと大人気なかったかもしれない。ま、お互い様ということでね」
「うん、じゃあ今の会話は無かったことにしよう」
どうにか喧嘩にならずにすんで良かった。
ブーブー、と振動音が聞こえてくる。赫多さんがポケットに手を突っ込んでスマートフォンを取り出した。
「あ、聖良からだ! もしもし!」
赫多さんは最初うん、うん、と相づちを打っていたが、そのうちちょっと不気味な含み笑いをしだしたので、宮崎さんが「何だろアレ」と耳打ちしてくる。
「んじゃね、今晩楽しみにしてるからね。うふふふ……」
赫多さんは通話を切って、ニタァとした笑みをこちらに向けてきた。
「向こうもとうとう我慢の限界だって。お預けは今日でおしまいになりそう」
「おおー。張り切りすぎて明日遅刻しないでよー」
宮崎さんがからかう。とにかく、私は安堵した。これで元の赫多さんに戻ってくれるだろう。
「よし、再出発しますか!」
宮崎さんが先陣を切って歩き出した。
*
「こ、今度こそ着いたー……」
三つ目の鳥居をくぐると、そこは紛れもなく神社の境内だった。全体的に小さな作りだが参拝客がそこそこいる。
「参道には人一人見なかったけど、どこから来たんだろう」
「あ、裏側に駐車場があるの。ここには車で来る人が多いからね」
宮崎さんが言った。確かにこの時期、クーラーを効かせた車で移動した方が快適に決まってる。
「さてさて、どう撮ろうかな」
宮崎さんが指で四角形を作り、構図を決めようとしている。
「出来たら他の参拝客がいないタイミングで撮りたいんだけどなあ」
しかし拝殿に向かう参拝者はなかなか途切れない。ふと見ると隣にいたはずの赫多さんがいつの間にか社務所の方にいた。お守りを物色しているようだ。
「見てこのペアお守り。可愛くない?」
「あ、本当だ。ちっちゃくて可愛い」
よく知られている形のではなく、ハートを象った一対のお守り。神社というよりお土産店で売っているようなものだけれど、確かに可愛いものだ。赫多さんはためらわず買うことにした。もちろん、古徳さんへのお土産として。
宮崎さんが私達のところに寄って、手を叩いた。
「これだ。これでいこう!」
「いい構図が見つかった?」
「えとね、お参りするシーンじゃなくてそこでおみくじを引くシーンを撮りたいの。『私達の仲を占ってみようよ』的な感じで。具体的には菅原さんがおみくじ引いて赫多さんがそれをワクワクしながら見守る構図で。ドキドキ感が出て読者の気を引くこと間違いなし!」
そう熱く説明する宮崎さんに気圧されて、私達はただうなずくだけだった。
宮崎さんは社務所の巫女さんに写真撮影の断りを入れてから、おみくじ代を渡した。
「はい菅原さん、早速引いてみましょー」
私はおみくじが入った六角形の筒を手に持った。
「赫多さん、表情にワクワク感を出して菅原さんを見つめて」
「こう?」
「あああー! それいいよいい! サイコー!」
赫多さんはきっと、家に帰った後に恋人と甘く熱く過ごそうとしている場面を想像しているんだろうなと思った。
「菅原さんは真剣で引き締まった顔で」
「こう?」
「もうちょっと硬くコチコチに……そうそう! それ!」
返却された期末テストの点数を恐る恐る見るような感じを出してみたが、大当たりだったらしい。
「はいじゃあ、そのままおみくじ引いてー……」
筒を振っておみくじを取り出したところで、連続でシャッターが切られた。「グッド! サイコーのショットだよ!」と宮崎さんは親指を立てて叫んだ。
巫女さんに引いたおみくじの番号を告げて、紙を受け取る。結果は「小吉」で、内容も特に当たり障りのないことしか書かれてない。ただひとつ、「恋愛」の項目には「成就す」とあった。
「おおー、やったじゃん!」
赫多さんが囃した。
「うーん、でも宮崎さんの出したお金だし。成就するのは宮崎さんじゃない?」
「私はしばらくカメラに集中するからいいの。でも菅原さんみたいな真面目でいい子に恋人がいないのは勿体無いよ? 本当に」
私は曖昧な愛想笑いで返した。恋人は今の私には想像できない存在だ。女子校じゃ男子との出会いはまず無いし、団さんみたいに外に探しに行こうとも思わない。かといって緑葉の同窓を恋人にしようという気も起こらない。同性どうしの睦み合いは何度も目撃してるけど、だからと言って私も、という気は起きない。
要は、恋人が欲しいという欲求が薄いのだと思う。別に出会いはこの先大学や会社でもあるだろうし、今は勉強に、遊びに、そして生涯の中でこの時にしかできない生徒会活動に勤しみたい。
「じゃあ菅原さんに素敵な恋人ができるよう、今から住吉さんにお祈りしようか」
「あ、ちょっと待って。その前に見せたいものがあるんだ」
赫多さんがそう言って手招きする。行く手には「この先展望台」という看板があった。さらにその先を進むと、陽光を浴びてきらめく太平洋の雄大な光景が私を出迎えたのである。
「うわあー、良い眺め!」
喉の調子が良ければ叫びたくなるぐらいに、気分が高揚する。これを見るだけでも長い階段を上ってきた甲斐があるというものだ。
「どう? 東京で見る海とはまた違うでしょ」
「うん、これぞ大自然って感じだね」
青い海にポツポツと浮かぶ島の緑が鮮やかに映えている。人の手が一切加わっていない景色を私は存分に堪能した。
その後、私達はお参りをすませて麓に降り、大衆食堂で海鮮丼を頂いて空腹を満たし、特に中身のない雑談をしながら乃理の町を散策して帰路についたのだった。
宮崎さんと別れて東雲寺駅構内のベンチに座って電車を待っている間、赫多さんが言い出した。
「スガちゃん、夏休みは東京に帰るの?」
「す、スガちゃん?」
「菅原さん、じゃどうも味気ないと思って勝手に呼んじゃった」
赫多さんはいたずらっぽく笑う。東京にいる友達からは「ちーちゃん」とか呼ばれていたけど「スガちゃん」呼ばわりはありそうでなかった。
「もちろん帰るよ、カクちゃん」
私がノッてきたからか、嬉しそうに笑いだした。
「スガちゃんにカクちゃんって水戸黄門っぽいよね」
「そりゃ助さん格さんでしょ」
私は漫才のツッコミのように手の甲を「カクちゃん」の胸に当てて、笑った。
*
連休明けの十八日。赫多さんことカクちゃんが病欠という連絡を受けてクラスメートは心配していたが、私と宮崎さんは「やっぱりね」と口を揃えた。遅刻どころかお休みということは……つまりはそういうことである。
一方で、生徒会長の今津先輩が旅から帰ってきて久方ぶりに生徒会室に顔を出した。
「おいーっす、久しぶりだな皆の衆!」
さわやかな笑顔で片手を上げて挨拶する会長の肌は、ツヤ肌メイクでもしているのかと思うぐらいツヤツヤだった。
「シーモ、だいぶ日焼けしてんなー。他はそうでもないが連休はどこか遊びに行ったのか?」
「今津こそどこに行ってたんだ? 家出の置き手紙みたいなもの残しやがって」
「秋田の温泉で湯治してたんだって」
美和先輩が代わりに答えると、一斉に「秋田で湯治!?」と声を上げた。美和先輩の予想はズバリ的中である。
「温泉から帰ってきたら浦島太郎状態になっててびっくりしてない? 休みの間、テスト開けでも授業が結構進んじゃったわよ」
河邑先輩が少し皮肉っぽく言っても、会長は「んなもん、美和ちゃんにノート写させてもらったから楽勝だよ」と一切悪びれた様子もない。
「ん?」
会長が私達の「お土産」を見つけたようだ。いつも会長が使っている席の後ろにある棚の上に、私達は多木星矢のフィギュアを飾った。
「何の人形だこれ?」
「『ファストピッチ』の多木星矢だよ。知らないのか?」
「ああ、野球漫画な。名前だけは聞いたことある。悪いが野球にゃ一切興味ないんだ」
「ソフトボール漫画だっての」
下敷領先輩のツッコミは耳に届いてない様子で、会長はポケットから何やら取り出して多木星矢の隣に置いた。それは秋田名物、なまはげの人形だった。
「おおお、なかなか良い絵面だなあ。飾りになるかと思って土産に買ってきた甲斐があったというもんだ」
会長は自画自賛したが、私の目にはイケメン眼鏡の多木星矢といかついなまはげ人形が隣同士に置かれている光景は何ともアンバランスで奇妙に映った。でも会長はご機嫌だし、まあいいかといった感じで私達も苦笑交じりで受け流したのである。
「さーて、仕事すっか。もうほとんど美和ちゃんがやることやっちゃったみたいだけど」
「あ、陽子がいない間に千秋の歓迎会やったの。まずその報告と感想を本人の口からしてもらおうかな」
「へえっ!?」
美和先輩が唐突に私に振ってきたので、心臓がドキンと跳ね上がった。欠席した下敷領先輩河邑先輩も「是非聞きたい」と身を乗り出してくる。サブたちもニコニコ笑いながらプレッシャーをかけている。
「じゃ、どんだけ楽しかったか、じっくり聞こうか」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「ん? 声おかしいぞすがちー。どした?」
「ちょっと、カラオケで」
私の喉はまだ完治していなかった。だけど今津会長は歯を剥き出しにして笑ってこう言うのだった。
「んなもん、三十分ぐらいおしゃべりしてたら治るよ」
会長はやっぱりなまはげ、じゃなかった。鬼だ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます