歓迎会その2
お昼はモール内にあるマックで。私の分は古川さんがみんなからの圧力を受けて出すことになり、彼女に対して申し訳ないなと思いつつも奢られることになった。
ガヤガヤと賑わっている店内でおしゃべりしながら私達はハンバーガーとポテトを頂く。私の歓迎会だから必然的に話の中心は私になって、特に東京に関する話が多かった。過去に何度も話しをしてきたのだけれど、みんなにとってはやはり憧れの土地らしい。
「そういえば、会長はどこに行ったんでしょうかね」
キリの良いところで、私は今津会長の話題を振ってみた。
「さあ? 私にも行き先教えてくれなかったし、私も別に知りたいとも思わないし」
美和先輩がそう言って細い指でポテトをつまんだ。会長とは仲が良いが傍から見てドライな関係だなといつも思う。だからこそ生徒会を引っ張ってこれているのかなとも思うけど。
「いくら御大と言っても一人旅っしょ? 女子高生一人で危なくないっすか?」
古川さんが口周りを食べかすだらけにしながら言うと、私は「家族旅行かもしれないよ?」と口を挟んだ。
「いや、あの子の親は兼業農家だからあまり長い間家から離れなれないの。それに去年、前期課程が修了した後の春休みも別府の温泉まで一人で湯治に行っちゃったからね。一人旅には慣れてるよ」
「と、湯治って……」
「今は夏真っ盛りだけど、温泉は心身を癒やすのに最適のスポットだし。もしかしたらまた温泉に湯治行っているかもしれない」
今津会長の気持ちはわかる気がする。この前の生徒総会を見てたら、
陽気なメロディが流れ出した。音源は美和先輩のスマートフォンだった。
「ちょっとごめん、電話に出るね」
そう言って一旦店を出ていく。先輩の姿が見えなくなった途端、三人のサブは私の方にキッ、と振り向いた。
「さて、鬼のいなくなったところで……菅原さん、いつの間に高倉先輩のことを名前で呼ぶぐらい仲良くなったの!?」
団さんが勢いよく切り出してきたので、思わず仰け反る。
「え、今更それ聞く!? あの人最初からずっと私のこと下の名前で呼んでたじゃん」
「違う違う、私が今話してるのは菅原さんのこと! 菅原さん、前まで『高倉先輩』呼ばわりだったでしょ。だけど怪文書事件で先輩と犯人のところに乗り込んで行ったあたりから『美和先輩』に変わってさ。で、先輩もいつの間にか菅原さんを呼び捨てにしてるし。ずーっと気になってたんだよ!」
「私もそこが気になってた。何があったのか教えてくれ!」
「……私も知りたいな」
古川さんはともかく茶川さんまで身を乗り出して迫ってくる。
「ちょ、ちょっと落ち着こう?」
私が「まあまあ」という仕草をすると、三人は大人しく席に着いた。
「そりゃあ元々、私が緑葉に編入してから一番関わっているのがあの人だしね。怪文書事件という危機を一緒に乗り越えたし、それなりに距離も縮まったわけで」
「ほうほう。まあその、コッチの関係にまでは行ってない?」
団さんが小指を立てたので「行ってない! 行ってない!」と直ちに否定した。
「勘違いしないで欲しいんだけど、別に嫉妬したり嫌悪してるとかじゃないよ。ほらあの人、いろんな女の子と浮名を流してたでしょ。だけど基本的には会長以外に仲が良い人がいないし。そんな先輩と下の名前で呼び合える仲になるって相当難しいからすごいな、って」
確かに美和先輩の普段の生徒会室での様子を見ていると、会長とは他愛もない話もするけれど下敷領、河邑両先輩とは仕事や学業のことしか話していない。仲が悪いというわけでも無いがビジネスライクな関係でしかないといったところだ。
「私、高倉パイセンと四年間一緒の寮に住んでるけど近寄りがたい空気があるっつーか、御大と違って絡みにくいからあまり話をしないんだよなー。嫌いってわけじゃないんだけど。でもすがちーは気軽に話しできてる」
「……よくやる」
みんなして私を褒めちぎるので、かえって困惑して苦笑いしか出なかった。本当は合宿での出来事とか、屋上での告白とかいろいろあっての上でのことなんだけれど、そこは美和先輩の名誉のために隠し通しておくことにした。
「先輩は悪い人じゃないよ。きっとみんなも正面から接したら仲良くなれるって」
「できるかー?」
「できるできる! 特に古川さん、ご飯時にでもお話ししたらいいじゃん。寮という一つ屋根の下で暮らしてるんだし」
「え?」
「え、じゃないって。そういうところから始めていかないと」
「つーか私、特にあの人と仲良くなりたいってわけじゃないんだけど……」
「うわー、薄情だなあ。実は嫌いなんじゃない?」
「いやいや、苦手だけど嫌いは違うっしょ!」
ワイワイと盛り上がっていたら、美和先輩が戻ってきた。
「もしかして会長からですか?」
「ううん、母親から。閉寮日までまだ先なのにもう電話かけてきて。困っちゃうよ」
とは言ったけれども全然困ったような顔ではない。
「団さん、この後どうするの?」
「隣にカラオケボックスがあるんですよ。そこに行きましょう」
「いいね、行こう行こう!」
というわけで、次はカラオケに行くことになった。去年の夏休み前、転校する私の送別会を開いてくれた東京の友達と一緒に行って以来だ。
*
私は好きなアイドルグループの曲をひとしきり歌いまくって。団さんはラブソングを中心に。美和先輩はお気に入りの男性アーティストの曲を。古川さんはネタ曲に走りまくっていた。そして歌うことすら想像できない茶川さん、一曲だけ昭和歌謡を歌ったけど歌手本人が歌っているんじゃないかと思うぐらいの歌唱力の高さに唖然とした。
「わ、もうこんな時間だ」
三時間パックで入ったけれど、時計を見たらすでに二時間半を少し越えている。みんな歌うだけ歌って疲れている様子だった。
私はもう少し歌いたかったけど、かといってこの調子では私だけ盛り上がって終わりになってしまう。そこでこう提案してみた。
「最後に何か一曲、みんなで歌って終わりませんか?」
「シメの一曲? 良いね。どの歌にする? 千秋が決めてよ」
「私が選ぶんですか?」
「言い出しっぺの法則。それにあなたの歓迎会だしね」
確かに言いだしたのは私だが、まさか自分で決めろと言われるとは思わなかったのですぐに思いつかなかった。誰でも歌えて盛り上がる歌……この条件で脳内検索した結果。
「じゃあ、校歌にしましょう」
「校歌?」
私はあっ、と口を抑えた。何を言っているんだ私は。緑葉女学館の校歌なんか配信されているわけないじゃないか。そもそも校歌というチョイスがあり得ない。遊び疲れて脳がパンクしたか……。
「校歌いいじゃん。歌おうよ、ね!」
呆れられるかと思ったら、美和先輩の意見に他の三人も手を上げて賛成したのだった。
「本当に良いんですか?」
「緑葉の校歌って歌詞も曲調も現代的だからカラオケにも合うと思うよ。音源も
美和先輩がスマートフォンで緑葉女学館のサイトにアクセスし、校歌のページに飛ぶと、歌詞と一緒に音声再生バーがあった。再生ボタンをクリックするとイントロが流れ出す。
「ほら千秋! マイク持って!」
「え、あ、はい!」
「はい、みんなも起立して!」
入学式と始業式の時のように、みんな一斉に立ち上がって歌うことになった。
緑葉女学館の校歌は1986年、創立80周年の節目に高等部生徒会が作詞して、吹奏楽部の生徒が作曲したという全てが生徒手作りの歌である。それまで別の校歌が歌われていたが、古文調の歌詞と陰気な曲調が生徒から不評だったために作り変えたのだ。
歌詞は一番しかないが、長くて歌いきるまで二分以上かかる。入学式で初めてこの校歌を聞いた時、小中学校のそれとの毛色の違いに戸惑ったけれど、生徒手作りの歌と知った途端に愛着が沸いた。まさに、生徒の自主性を重んじる緑葉女学館らしい校歌だ。
緑葉女学館中等教育学校校歌
作詞 緑葉女学館第39代高等部生徒会
作曲 緑葉女学館吹奏楽部
太陽は再び高く昇る
灰の中から希望満ちて
不死鳥が今天を翔ぶよ
清らかな川の流れ
四方の山々緑濃く
澄み渡る紺碧の空
豊かな自然は我が母校
世界の幸福と平和のために
人が人らしく生きるために
愛と心と知恵を磨き上げ
想いを受け継いでゆこう
緑葉の
健やかに伸びよ育てよ
大樹となるその日まで
大樹となるその日まで
*
「あー、楽しかったなー」
帰りの電車、美和先輩はずっとニコニコしていた。千尋駅を過ぎて、次の岩彦駅で下車だ。
歌いまくってクタクタで疲れたけれど、今日はぐっすり眠れそうである。古川さんも疲れに任せて、ドア横の手すりを持ったまま器用に立ち寝していた。
「古川さん、爆睡してますね……」
「あはっ、声がドナルドダックみたいになってる」
先輩にクスクスと笑われた。私の喉は少々張り切りすぎたツケが回ってかすれてしまっていたのだ。
「歌うのは久しぶりでしたからね」
「実はこんなこともあろうかとのど飴を持ってきておいたんだ。なめる?」
「いただきます」
先輩はバッグからのど飴を取り出し、袋から一個つまみ出す。私は手のひらを差し出したけれど、先輩は飴を私の口の前に持っていった。
「はい、あーんして」
「え?」
「あーん、して」
飴が口元に迫ってくる。私は先輩の意図を図りかねた。疲れてテンションが上がりきったままなのだろうか。
断ろうとしたけど、せっかく先輩が良い気分になっているのに水を差すのも野暮だ。私は周りが誰も見ていないこと、古川さんが夢の世界に旅立ったままだということを確認し、「失礼します」と一言言ってから口をあーん、と開けた。
ぱくっ、と飴だけ器用に取ろうとしたけど、唇が先輩の指に触れてしまった。
「あ、すみません……」
だけど先輩は指を、自身の唇にチュッ、と音を立てて当てたのである。
「ふふっ、間接キス」
「な、なっ……」
冷房のひんやりした風が当たっているにも関わらず、私の顔が熱くなって汗がブワッと噴き出してくる。
「あの、先輩。そういうのは恥ずかしいので止めてほしいんですけど……」
「だって仕方ないじゃん。千秋のこと好きなんだし」
さらりと口に出してしまった。私はハンカチで汗を拭って、古川さんが夢の世界から帰ってきていないことを再確認してから、
「先輩。前にも言ったと思うのですけれど、私は……」
「ううん、想いに応えてくれなくたっていい。だけど私も前に言ったよね、恋仲になれなくても先輩後輩の仲だけで終わらせたくないって」
怪文書事件の主犯だった寒川恵梨香さんとやり合った後の帰りの電車、確かにそう言われて私は「わかりました」と返事した記憶がある。
「だけどやっぱりね、恋心までは捨てたくないんだ。こんな私を未練がましい女だと思う?」
「『はい』って言って欲しいんですか?」
「今、私が質問してるんだけど」
先輩は頬をかいた。
「未練がましいとは思いません。例え先輩が私のことをどう思おうと、その、間接キスとかしなければ別に構いませんけど……」
「じゃあ直接キスはいいんだ?」
「だめです!」
「そうやってムキになってるの、可愛いよ」
「やめてください!」
「あー可愛い可愛い」
私はもう黙りこくることにした。すると先輩は「ごめんごめん」と謝って私の頭を撫でてくる。抵抗すると余計に調子に乗りそうなのでなすがままになった。
ホディタッチはよくやられているので慣れている。でも何だか、今日に限って先輩の手付きが心地よく感じられた。何故かはわからないけれど。
『まもなく、岩彦、岩彦です。お出口は左側、1番乗り場に着きます。ドアから手を離してお待ち下さい』
車内放送が流れて、先輩は背伸びをした。
「ほら古川さん、起きなさい」
先輩はバチンと音がするぐらいにきつくキノコ頭を叩いた。私に対する扱いと全く正反対だ。
「んああ……いったいな~……いい加減にしてくださいよ御大~」
「お生憎様、私は御大の代理です」
古川さんは「うおお」と唸ってパッ、と目を開けた。
「あははは! 何寝ぼけてんの!」
「すがちー、笑いすぎ!」
やがて電車が止まり、私達はホームに降りる。駅舎から出ると輝く夕陽が私達を照らした。
「じゃあ、また明後日に学校でね。お疲れさま」
「お疲れさまでした!」
私は美和先輩と古川さんと別れて、足取りも軽やかに家に帰った。岩彦橋から眺めた夕陽はとてつもなく綺麗だった。これで喉が痛くなければ最高な気分だったのだけれど。明日も遊ぶ約束があるからぐっすり寝よう。
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